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新型コロナ 経営環境変化に必要な対応力

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2021.7.30

政策・経済センター田中嵩大

世界主要企業の利益率は急回復も、ばらつきを伴う回復

コロナ危機により、世界の企業の経営環境は一時的に大きく悪化したが、1年以上が経過し、企業収益は急回復をみせている(図表1)。世界主要企業の売上高純利益率をみると、コロナ危機前の平均的な利益率は8.7%(2017-19年平均)であったが、2020年4-6月には4.5%まで低下したあと、2021年1-3月にはコロナ危機前の平均を上回る10.6%という高い利益率を達成した。

2021年に入り欧米を中心にワクチン接種が加速しており、段階的に経済活動の正常化が進んでいるほか、3月に成立した1.9 兆ドル規模の経済対策「米国救済計画」の効果もあり、世界経済の4分の1を占める米国経済の回復ペースが加速している影響が大きい。
図表1 世界主要企業の売上高純利益率
図表1 世界主要企業の売上高純利益率
注: 日米欧中の主要株価指数における構成銘柄のうち、時価総額が100億ドル以上、2018年1-3月期から連続して財務データが取得可能な764銘柄のデータを基に作成。

出所:Bloombergを基に、三菱総合研究所作成
このように世界主要企業の売上高純利益率では、平均的には改善しているが、二極化も進んでいる(図表2)。世界主要企業の売上高純利益率の分布をみると、欧米を中心に全面的なロックダウンが実施された2020年4-6月は、赤字企業の割合が23%に達した一方で、利益率20%超の企業の割合は14%とコロナ危機前から小幅減にとどまった。直近の2021年1-3月は、赤字企業の割合は5%まで縮小した一方で、利益率20%超の企業の割合は20%と、コロナ危機前を上回る水準に達している。
図表2 世界主要企業の売上高純利益率の分布
図表2 世界主要企業の売上高純利益率の分布
注:日米欧中の主要株価指数における構成銘柄のうち、時価総額が100億ドル以上で、2018年1-3月期から連続して財務データが取得可能な764銘柄のデータを基に作成。

出所:Bloombergを基に、三菱総合研究所作成

業種間のばらつきが大きい

二極化の背景には、業種によるばらつきがある(図表3)。産業セクター別に世界主要企業の売上高をみると、2021年1-3月時点で、小売・Eコマースの売り上げは、コロナ危機前の2019年を+44%上回る水準に達しているほか、情報通信機械・ITサービスは同+26%、ヘルスケアは同+19%となっている。世界主要企業の売上高シェアで82%の業種がコロナ危機前の売り上げを上回る水準まで回復している。

一方で、残る18%の業種がコロナ危機前の水準を下回ったままだ。最も厳しい状況にあるのが娯楽・飲食店・宿泊であり同▲39%と大幅なマイナスが続く。そのほか、運輸とエネルギーがともに同▲10%台前半である。オンライン化やデジタル化の進展や感染症対策を背景に需要が増した業種と、防疫のための外出抑制や行動変化の影響が顕著に表れた業種とで明暗が分かれている。
図表3 世界主要企業の業種別の売上高
図表3 世界主要企業の業種別の売上高
注:日米欧中の主要株価指数における構成銘柄のうち2019年1-3月期から連続して財務データが取得可能な2,030銘柄のデータを基に作成。業種はGICS業種分類に準拠。

出所:Bloombergを基に、三菱総合研究所作成
さらに、業種別に個別企業の売上高変化率の分布をみると、特に運輸、娯楽・飲食店・宿泊、小売・Eコマースなどの業種では、業態や企業の間でばらつきが大きくなっている(図表4)。運輸業では大手航空会社が前年比▲50%を超える大幅な売り上げ減となった一方で、巣ごもり需要によるEコマースの拡大を受けて物流企業は売り上げを増加させている(図表5)。娯楽・飲食店・宿泊では、宅配ピザなど飲食宅配企業が売り上げを伸ばした一方で、リゾート・遊興施設、宿泊・旅行予約などのサービス提供企業は深刻な売り上げ減に見舞われた。コロナ危機の企業収益への影響は、業種間の差にとどまらず、業態や企業による差も大きい点が特徴の一つである。
図表4 世界主要企業の業種別の売上高変化率の分布
図表4 世界主要企業の業種別の売上高変化率の分布
注:日米欧中の主要株価指数における構成銘柄のうち2019年1-3月期から連続して財務データが取得可能な2,030銘柄のデータを基に作成。業種はGICS業種分類に準拠。円は業種内平均を、上端/下端は上位/下位20%を表す。

出所:Bloombergを基に、三菱総合研究所作成
図表5 世界主要企業の業種内の売上高変化率の分布(運輸、小売・Eコマース、娯楽・飲食店・宿泊)
図表5 世界主要企業の業種内の売上高変化率の分布(運輸、小売・Eコマース、娯楽・飲食店・宿泊)
注:2020年平均売上高の前年比から作成。日米欧中の主要株価指数における構成銘柄のうち2019年1-3月期から連続して財務データが取得可能な2,030銘柄のデータを基に作成。業種はGICS業種分類に準拠。

出所:Bloombergを基に、三菱総合研究所作成

コロナ危機で生まれた事業機会をつかむ動き

世界的にワクチン接種は加速しており、今後、先進国を中心に段階的に経済活動の正常化が進むとみられる。ただし、世界全体での新型コロナの感染収束には、なお時間を要するほか、仮に感染が収束したとしても、戻る需要と戻らない需要がある中で、全ての企業の経営環境がコロナ危機前の状態に戻る訳ではない。

企業を取り巻くマクロ環境が激変する中、変化への対応力が今後の収益力、ひいては各国の経済力を左右しよう。例えば米国では、起業数(新規事業申請件数)が2020年に大きく増加した(図表6)。内訳をみると、特にEコマースを含む無店舗小売(前年比+77%)や、物流を含む運輸(同+27%)など、コロナ危機下で需要が増加している業種において申請件数が大幅に増加した(図表7)。現金給付など、政府の財政支援により資金に余裕ができたことも起業を後押しした。新規事業が大きくなるには時間を要するものの、今後給与支払いを伴う見込みの高い事業申請(High-Propensity Business Applications)も、2020年には前年比約23万件増加しており、将来的に米国経済を支える存在になることも期待できる。同様の傾向はフランスでもみられ、需要の増加をいち早くビジネスにつなげていると言えよう。
図表6 起業件数(米国・フランス)
図表6 起業件数(米国・フランス)
注:米国は新規事業申請件数(New Business Applications)、フランスは新規事業数(Enterprises births)のデータ。

出所:米国勢調査局、仏国立統計経済研究所を基に、三菱総合研究所作成
図表7 産業別起業件数(2019年比)
図表7 産業別起業件数(2019年比)
注:共通業種分類を抜粋。米国は40週までのデータ。

出所:米国勢調査局、仏国立統計経済研究所を基に、三菱総合研究所作成

日本は経営環境変化への対応力が課題

一方、日本では、コロナ危機下での起業の増加は限定的だ。東京商工リサーチによる調査※1では、2020年に日本で新たに設立された法人は、前年比▲0.1%と前年からほぼ横ばいとなった。

日本で起業が少ない背景には、コロナ危機前からの課題である起業人材の少なさがある(図表8)。Global Entrepreneurship Monitorの2019年の調査によると、18-64歳人口100人あたりの起業人材(定義は図表8の注参照)の比率は、日本は5.4%となっており、調査対象の50カ国中、47番目である(米国は同17.4%で10番目)。
図表8 世界各国の起業人材比率(2019年)
図表8 世界各国の起業人材比率(2019年)
注:TEAスコアは、起業の準備を始めている人、創業後42カ月未満の企業を経営している人の18-64歳人口100 人当たりの割合。

出所:Global Entrepreneurship Monitor 「2019/2020 Global Report」を基に、三菱総合研究所作成
コロナ危機のような突然の需要の構造変化に合わせて、迅速に新たなビジネスを生み出していくには、起業家の果たす役割は大きい。日本の場合は、身近に起業している人がいない、起業家に対する社会的評価が低い、起業機会が少ない、などが課題とされる。初等・中等教育からの起業家教育のほか、意欲ある人が起業できる環境の整備も重要だ。

また、雇用の流動性が低い日本の場合、新たなビジネスを生み出す担い手として、既存の企業の役割も大きい。日本政策投資銀行が大企業向けに実施した調査※2では、次世代技術開発やデジタル化に向けた設備投資はコロナ危機下でも増やす意向が確認されている。当社の推計では、2021年1-3月時点で企業内過剰雇用は100万人を超えるとみられる。こうした企業内に抱える余剰雇用を新たなビジネスに配置転換できるかが一つのポイントとなる。

こうした企業の経営環境の変化に対する対応力を高める取り組みが、パンデミックのような未曽有の危機に対する経済的なレジリエンスを高めることになる。

※1:東京商工リサーチ「2020年「全国新設法人動向」調査」

※2:日本政策投資銀行「全国設備投資計画調査(大企業)(2020年6月)」