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どうなる米国経済 景気悪化と低失業率の併存は続く?

再雇用コスト増加で人員削減には慎重に

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2023.4.13

政策・経済センター田中嵩大

POINT

  • 米国の失業率は、景況感が悪化する中でも歴史的な低水準を維持
  • 再雇用コストの増加から、企業が人員削減に慎重になる可能性
  • 自発的な転職は活発化しており、労働者起点の流動性は高い

景気悪化懸念が高まるも労働市場は逼迫

米国の失業率は約50年ぶりの低水準を続けている(図表1)。歴史的な高インフレを抑制するための金融引き締めに伴って、米国経済は減速しつつあるが、労働市場の逼迫感はいまだに根強い。Challenger, Gray & Christmasによる企業の人員削減調査を見ると、2022年第4四半期(10-12月)以降、全体的には増加傾向だが、増加している業種は、IT・テクノロジーなど一部の業種にとどまる。同業界ではGAFAM を中心に、コロナ危機下の巣ごもり需要急増に伴って雇用や新規投資を増やしてきた※1。しかし、インフレと利上げによって景気が減速感を強めるなかで巣ごもり需要が剥落したことや新規事業の伸び悩みから、増加する人件費が負担となり、人員削減に踏み切らざるを得なくなっている状況だ。
図表1 企業の人員削減数と失業率
企業の人員削減数と失業率
注:IT・テクノロジーの集計は2018年以降。
出所:Challenger, Gray & Christmas、米国労働省を基に、三菱総合研究所作成
図表2 企業の景況感と雇用計画
企業の景況感と雇用計画
注:2022年以前は年次平均。2023年は第1四半期の数値。
出所:ManpowerGroup、Institute for Supply Management🄬を基に、三菱総合研究所作成
インフレ抑制のための金融引き締め長期化が予想されるなかで、2023年の米国経済が大幅に減速・悪化することは避けられないだろう。しかし、先行きの労働環境については、比較的楽観的な見方が多い。企業の景況感は低下傾向にあるものの、ManpowerGroupが雇用主を対象とした調査では、今後「雇用者数が減少する(減らす)」と回答する企業の割合は高くない(図表2)。FOMC参加者の失業率予測を見ても、2023年末で4.5%と、長期的な中立水準(4.0%程度)と比較して緩やかな上昇予想にとどまっている(2023年3月時点、予測中央値)。

後述するように、景気悪化に対してレイオフ(一時解雇)を含む雇用者数で調整するのが一般的な米国では、景気悪化に伴って失業率が他国と比べて大きく上昇するのが常であり、失業率の上昇が景気下振れ幅を大きくしてきた。今回の景気悪化局面では景気悪化と低失業率とが併存し続けるのか、その場合はどのような背景があるのか、このコラムでは労働者の就労スタンスと、企業の雇用スタンスの変化という観点から考察する。

コロナ禍初期の人員削減から深刻な人手不足に

足元の労働需給が逼迫する背景の一つには、コロナ禍に企業が行った大量の人員削減がある。米国ではコロナ禍初期のロックダウンに伴い、大規模なレイオフやリストラが実施され、失業率は一時15%近くまで上昇した。その後、経済活動の再開に伴い労働需要が高まったものの、失業者の一部が労働市場から退出したことや、移民流入減やスキルのミスマッチ拡大といった構造的な要因も重なったこともあり、深刻な人手不足に繋がって今に至る。人手不足感は他の主要国でも高まってきているものの、雇用保蔵によって対応した国と比較して、米国は一つ頭が抜けている状況だ(図表3、UV曲線のシフト)。
図表3 主要国の失業率・欠員率(UV曲線)
主要国の失業率・欠員率(UV曲線)
注:四半期ベース。2019年第1四半期~2022年第3四半期。白丸が直近を示す。欠員率は、未充足求人数÷(雇用者数+未充足求人数)。日本は、(有効求人件数-就職件数)÷(雇用者数+有効求人件数-就職件数)で計算。
出所:各国統計を基に、三菱総合研究所作成
そもそも、景気悪化に対する雇用の調整には大きく分けて、①雇用者数による調整(=解雇による調整)と、②労働時間による調整(=雇用保蔵)、の2パターンがある(図表4)。雇用調整方法の違いは労働政策にも表れ、前者①では失業給付の拡充や失業者の職業訓練など「事後救済型」であるのに対し、後者②では雇用を維持した企業への援助など失業率の上昇を防ぐ「事前救済型」の政策が取られることが多い※2。米国で見られる雇用者数で調整することは、企業にとっては固定費の調整が容易となるほか、中長期的に見ると失業者が他の企業や産業に移動することで、構造変化を促される側面がある。実際、世界金融危機からの回復速度と雇用者数の調整速度を比較すると、両者には緩い正の相関関係がみられる(図表5)。

ただし、コロナ禍の場合、景気後退は短期間にとどまり、経済活動の回復が急速に進んだことに加え、前述したスキルのミスマッチなどの構造的な要因が重なって、「再度人員を補充するのにコストがかかる」というデメリット面が強調される形となった。
図表4 雇用調整の方法と長所・短所
雇用調整の方法と長所・短所
出所:三菱総合研究所
図表5 雇用調整速度と不況からの回復速度(世界金融危機からの回復局面)
雇用調整速度と不況からの回復速度(世界金融危機からの回復局面)
注:雇用調整速度の推計式はlnE=C+a*lnY+b*ln(RW)+c*lnE(-1)+d*T。
E:雇用者数、Y:実質 GDP、RW:実質賃金、T:トレンド、雇用調整速度=1-c。雇用調整速度の推計期間は2000-2013年。
出所:IMF、OECDの統計を基に、三菱総合研究所推計

再雇用コストの上昇から企業は採用方針を変更

労働者の意識の変化も人材補充コストを上昇させる要因となった。労働需給が逼迫して売り手市場となる中で、賃金や福利厚生、就労環境に関して、労働者が企業に要求する水準が上がった。NY連銀の調査によると、賃金面では「留保賃金(労働者が働いてもよいと考える賃金水準)」と「実際にオファーされた金額」を時系列で見ると、前者はコロナ危機後に上昇傾向にあるのに対し、後者は横ばいにとどまっており、企業が求職者の要求に応えられていない状況が浮かび上がる(図表6)。

こうした状況を受けて、企業も採用方針を変化させた模様だ。採用条件で求めている学歴別に求人件数を見ると、人手不足が顕在化し始めた2021年頃から「最低限の(Minimal)」学歴を要求する求人が増加している(図表7)。人材確保のために、企業は従来求めてきたスキル水準要件を緩和し、採用後の教育を通じてスキル向上を図ったものと考えられる。実際、米国企業はスキル向上や人材確保・定着を目的に、従業員の能力開発投資を増やしている。Training Industry Reportによると、企業のジョブ研修支出は2017年から減少傾向にあったが、20221、2022年には前年比10%以上増加し、過去最高額となっているほか、一人当たりの研修時間はコロナ危機以降に急増している(図表8)。

このように、①コロナ禍で再雇用コストの重さを企業側が認識したことや、②能力開発の投資効果を回収する必要があることなどから、2023年の景気悪化時には、米国企業は人員維持コストの増加を多少許容してでも、人員削減ではなく雇用保蔵で対応しようとする可能性がある。企業経営者の多くが今回の景気悪化は軽度かつ短期にとどまると見ていることも、その判断を後押しするだろう。
図表6 留保賃金とオファー金額
留保賃金とオファー金額
注:回答者平均値。直近は2022年11月調査。
出所:NY連銀の統計を基に、三菱総合研究所作成
図表7 要求学歴別の求人件数(コロナ前比)
要求学歴別の求人件数(コロナ前比)
出所:Economic Trackerを基に、三菱総合研究所作成
図表8 企業の職場内研修支出・一人当たり研修時間
企業の職場内研修支出・一人当たり研修時間
出所:Training Industry Reportを基に、三菱総合研究所作成

労働者起点の市場のダイナミズムは健在

2023年以降の景気悪化局面において、米国企業による人員削減が抑制され、失業率の上昇も限定的にとどまる場合、景気のバッファーになるという意味では望ましいことであるが、図表4で示した「構造変化を促す」という長所が損なわれる懸念が出る。しかしその場合でも、米国の労働市場の構造変化は進むと考える。

確かに、人員削減という企業起点の流動性は過去と比べて低下する可能性があるが、労働者起点の流動性はむしろコロナ禍をきっかけに高まっている。例えば、離職者数を見ると、企業による強制的な解雇(=企業起点)は減少している一方で、労働者による自発的な離職(=労働者起点)は高止まりしており、企業も転職者を獲得するために、高い賃金を支払っている(図表9、10)。

加えて、起業件数はコロナ危機後に急増しており、2022年には2019年比で4割以上増加している。内訳を見ると、小売業(特にノンストア)や運輸・倉庫業など、コロナ下で成長した産業(=付加価値増加率が高い産業)で顕著になっている(図表11)。背景には、労働者自身が成長分野に目をつけ、主体的に新規事業の創出を進めていることが考えられる。

こうした労働者起点の雇用の流動性向上や、新規事業の創出の動きが今後も続けば、今回の景気悪化を乗り切る原動力となるとともに、中長期的な構造変化が促され、成長を後押しするだろう。
図表9 要因別の離職者数
要因別の離職者数
注:自発的離職は、労働者による自発的な離職を示す。
強制的解雇はレイオフ(一時解雇)を含む。
出所:米国労働省の統計を基に、三菱総合研究所作成
図表10 転職者・非転職者の賃金上昇率
転職者・非転職者の賃金上昇率
注:12カ月移動平均。
出所:アトランタ連銀の統計を基に、三菱総合研究所作成
図表11 産業別の付加価値・起業件数
産業別の付加価値・起業件数
注:名目付加価値は、2022年第3四半期と2019年第4四半期の比較。起業件数は雇用主納税者番号(EIN)の新規取得数で、2021・22年と2018・19年の比較。バブルサイズは起業増加件数。
出所:米国労働省と国勢調査局の統計から三菱総合研究所作成

米国経済を見通す上でのカギは?

このように、現在の米国の人手不足は、コロナ危機初期に企業が大規模な人員削減を行ったことが要因の一つである。再雇用コストが大きくなっていることと、人材投資コストを回収する必要があることを踏まえると、2023年後半にかけての景気悪化局面では、企業による人員削減が過去局面と比べて軽度にとどまることで失業率の急上昇が抑えられ、ひいては景気下振れ幅が緩和される可能性がある。

もっとも、過去の景気悪化局面と比べれば、失業率は小幅とは見られるものの、現在の約50年ぶりの低水準からは一定程度は上昇しよう。冒頭で述べたように、足元の雇用の調整状況は産業や企業によってバラつきがある。対面サービス業のように、いまだに雇用の回復が完全に戻っていない業種では雇用の増加が堅調に推移する一方で、過剰に雇用を増やし過ぎた業種や金利上昇の影響を大きく受ける業種では、人員削減の動きが進むだろう。

また、景気悪化が深刻化・長期化する事態となれば、人員削減を行わざるを得ない業種・企業が増加し、失業率の上昇幅も大きくなるだろう。景気悪化が深刻化するシナリオの一つは、低水準の失業率と高い賃金上昇率が継続するなかで、FRBが一段の金融引き締めを行うケースだ。

「物価の安定化」と「雇用最大化」の二つを目標に掲げるFRBにとっては、雇用の悪化が見られなければ、インフレ抑制に向けて思い切った利上げを行うことが可能となる。しかし、雇用は景気に遅行する側面がある。雇用への影響を見誤って過度な利上げを行えば、失業率が急上昇する恐れがある。足元の雇用が強すぎるあまり、結果的に将来の失業率が大きく上昇するという皮肉な結果になりかねない。

景気悪化と低失業率の併存という、従来起こりえなかったことが起こるのかどうかが、2024年にかけての米国経済を見通すうえでのカギとなる。

※1:GAFAMはGoogle(Alphabet)、Amazon、Facebook(Meta)、Apple、Microsoftの総称。例えばAmazonでは2019年から2022年にかけて正社員数が約2倍になったほか、MicrosoftやGoogleでも1.5倍以上となっている。

※2:コロナ禍において、ドイツでは「操業短縮手当」によって操業短縮を迫られた企業・労働者の支援が行われたほか、日本でも「雇用調整助成金」によって休業者の給与が助成された。米国でも、コロナ禍においては、過去の景気後退局面では異例の「事前救済型」の雇用政策(給与保護プログラム、中小企業の人件費の一部を援助する策)が導入され、失業率上昇の抑制に一定の効果があったとされる。ただし、予算や条件の面で課題もあり、援助の目玉は失業給付の増額・期間延長という「事後救済型」であった。特に、失業給付の増額幅は大きく、一部労働者では労働収入を上回る額が給付されたことから、労働意欲をそぐ要因となったと指摘されている。