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地域から拓く人的資本経営

半導体の人材戦略とリスキリング

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2023.6.21

政策・経済センター宮下友海

人材
スマホをはじめAIから自動運転——。次世代産業に欠かせない半導体は世界的な大競争時代に突入した。かつて世界を席巻した日本の半導体産業。カギは産業の未来を担う人材の「リスキリング」と「人材移動」だ。

“復活”狙う日本半導体産業

日本では半導体産業の復活に向けた官民の取り組みが活発化している。

かつて世界シェアの過半(売上高ベース)を占めた日本の半導体産業だが、2010年代以降その国際的地位は大きく後退した。一方で、世界的なDXの進展や経済安全保障への関心の高まりから、国内半導体産業の復活に向けた取り組みが水面下で始まっていた。2020年代に入り、半導体産業のグローバルプレーヤーによる国内投資が活性化。さらにはこうした状況を加速させるべく経済産業省と国内外半導体事業者が中心となり国内各地に「半導体コンソーシアム」(以降、半導体コンソ)を相次いで設立している。半導体コンソは、特に外国半導体メーカーによる大規模投資(事業所の新設・強化)を契機として、地域の関連産業や国内半導体関連メーカーなどの投資促進をもくろむものだ。これらの投資活動は、政府が「半導体戦略」として取りまとめ、2030年には半導体売上高で15兆円を目指すとしている。
図1 全国の地域半導体コンソーシアム設立状況
全国の地域半導体コンソーシアム設立状況
出所:三菱総合研究所

待たれる「現場人材」の確保育成策

「半導体企業」というと、設計から製造、販売まですべての工程を単独で担うと考えられがちだが、現在は工程ごとに分業化した企業や材料メーカー、装置メーカーなどが組み合わさって、「半導体産業」が形成されることが多くなっている。分業化が進んだ構造の中で、設計後の製造を担うファウンドリーなどの外国企業から半導体コンソに対する投資が増加している。一方、国やそれぞれの半導体コンソの人材確保策は、主に設計開発人材の獲得を想定したもので、大学などにおける新卒人材への投資が中心である。しかし半導体産業の復活には、足元の生産量増大に迅速に対応できる生産技術者などの「現場人材」の確保が急務となっている。
図2 半導体関連産業の構造(工程に沿った整理)
半導体関連産業の構造(工程に沿った整理)
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※IDM: Integrated Device Manufacturer(垂直統合型デバイスメーカー)。半導体デバイスの設計、製造、販売までを自社で一貫して行う。

出所:菊池正典(2023年)『半導体産業のすべて』(ダイヤモンド社)、中国地域半導体関連産業振興協議会 第1回会合資料、国立国会図書館「米国の半導体関連政策の動向」『調査と情報(No.1234)』(2023年4月18日)などを参考に三菱総合研究所作成
現場人材の確保に欠かせないのが、「リスキリング」と「労働移動」である。他産業や他職種で稼働している人材のうち、半導体産業で共用可能なスキルや経験をもつ人材のリスキリングを支援し、必要に応じて半導体産業への労働移動を促す。この結果、新卒を育成するよりも短期間で半導体産業の「現場人材」の確保や育成の可能性が高まるのだ。

こうしたリスキリングと労働移動に必要となるのが、「人材ニーズの可視化」「人材シーズの可視化」「教育リソースの可視化」の3つの可視化と、これらを地域人材の需給調整と結びつける「地域の『人的資本投資計画』策定と関係機関調整機能」だ。

現場人材の迅速な確保に向けた「3つの可視化」

半導体人材については、今後5年間で4万人程度の人材が不足するとの国の推計結果がある。各半導体コンソの人材需要に関する調査※1でも、短期・中長期双方のスパンで「現場人材」を中心とする人材不足が生じる可能性が示唆される。こうした状況に対し当社は、職業に関する情報を集めたオンライン総合データベースである米国の「o*net」を中心とした取り組みなどを参考として、職業別に「タスク・スキルの束」を定義し、産業や職種が異なっても共通するスキルの有無を把握できる「職の共通言語」を開発した。このツールを用いて半導体産業側で必要となる人材要件を明確化できる。すなわち「人材ニーズの可視化」だ。

あわせて地域の他産業・他職種で働く人々のうち、半導体産業での活用可能性を持つスキルや経験を持つ人材を推計する「人材シーズの可視化」も現場人材の迅速な確保の面で重要な取り組みと考えている。

これら2通りの可視化の情報を、都道府県単位に設置が義務付けられている「地域職業能力開発促進協議会」の参画メンバーである行政、労使団体、教育機関代表等が、職業能力開発政策の検討材料として共有することで「教育リソースの可視化」も実現する。

このアクションにより、「半導体の将来を担う人材の候補がどういった産業や職種に、どの程度の人数が在籍しているのか」、「需給ギャップを埋めるために職業訓練機関が介在する必要があるのか」、「職業訓練のための新たなプログラム開発が必要なのか」——といった現状と課題が明確になるのである。

地域の「人的資本投資計画」にも活かす

ここまで情報が整備できれば、半導体産業の「人材ニーズ」と、地域の他産業で働く「人材シーズ」とのスキルのマッチ率(人材シーズが持つ職業スキルのうち、人材ニーズと共通するスキルの割合)が算出できる。このマッチ率の高い職種の間であれば、比較的短期間のリスキリングによって労働移動が可能になる。マッチ率に応じて、半導体産業での適切な職務遂行に必須のスキルについての能力開発を行うことで、職種・産業転換を伴う越境転職も可能になり、地域人材の「適材適所」化を進める土台が整う。
図3 3つの「可視化」イメージ
3つの「可視化」イメージ
出所:三菱総合研究所
これまでは形骸化しがちであった「地域職業能力開発促進協議会」のような場を活用し、地域産業の「成熟領域」と「成長領域」を把握し、地域での人的資本投資計画を立案する。リスキリングを通じて成熟領域の人材が成長領域へと無理なく労働移動することを地域の行政、労使や教育機関が相互調整を行いながら支援していくことで、半導体産業は即戦力となる「現場人材」を獲得できる。

何より重要なのは、成熟産業の労働者がより成長力のある産業で従来の生活の基盤を維持しながら、キャリア継続のチャンスをつかむ可能性を高められるのだ。そしてリスキリングと労働移動を通じて、より成長力の高い産業への構造転換を図ることが可能となる。こうして地域は人材戦略を核として、人と経済社会の持続的な成長を実現できる可能性を高められる。
図4 地域における人的資本投資計画イメージ
地域における人的資本投資計画イメージ
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出所:三菱総合研究所

※1:九州半導体人材育成コンソーシアム第2回会合(2023年3月30日)「資料4 九州半導体人材育成等コンソーシアム人材育成ワーキンググループ(WG)2022年度活動報告」、中国地域半導体関連産業振興協議会第2回会合(2023年3月6日)「事務局説明資料(調査結果)」等