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ASEANの脱炭素に向けたインドネシアの立ち位置

日本は長期的なパートナーシップを

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2023.8.9

政策・経済センター石田裕之

エネルギー

POINT

  • インドネシアの重要性がひときわ大きいASEANの脱炭素。
  • 脱炭素化に向けてはエネルギー消費増と豊富な石炭資源が大きな課題。
  • トランジションには日本との共通課題も。脱炭素を起点とする連携強化を。

ASEANの脱炭素はインドネシアがポイントに

2023年5月30日に当社が発表したニュースリリース「カーボンニュートラル達成に向けた移行の在り方」では、脱炭素を契機とする日本・ASEAN連携の重要性を指摘した。ASEANと一口に言っても、その構成国は多様で個性が強い。ASEAN各国と具体的な協力関係を構築するにあたり、それぞれの特徴や背景を適切に理解することが重要になる。

図1はASEANのエネルギー起源CO2排出(以下、CO2排出)と人口構成を示す。CO2排出、人口いずれの観点でもインドネシアはASEAN全体の約4割を占める最大の国である。また、いずれも上位4カ国の合計がASEAN全体の8割以上を占めており、一部の国にCO2排出や人口が偏在している。

図2は「世界の1人当たり名目GDP」と「1人当たり最終エネルギー消費の関係」を示す。ASEAN10カ国のうち、シンガポールとブルネイの1人当たりGDPは6万ドルを超える水準である一方、他の8カ国は同3万ドルを下回っていて、ASEAN内で状況が大きく異なることがわかる。シンガポール・ブルネイ以外では、今後の大きな経済成長も見込まれており、図2に示す関係のように1人当たりエネルギー消費量も増加する可能性が高い。

本コラムではASEANの中で最大のCO2排出量および人口規模を有するとともに、現状の1人当たりGDPが1万ドルで今後の大きな成長が見込まれるインドネシアに焦点を当て、その脱炭素に向けた立ち位置を分析する。
図1 ASEANのエネルギー起源CO2排出と人口構成
ASEANのエネルギー起源CO2排出と人口構成
※CO2排出量はエネルギー起源CO2排出を示す
出所:IEA GHG Emissions from fuel combustion, UN World Population Prospectsを基に三菱総合研究所作成
図2 世界の1人当たり名目GDPと1人当たり最終エネルギー消費(2019年)
世界の1人当たり名目GDPと1人当たり最終エネルギー消費(2019年)
※横軸・縦軸それぞれ11万ドル/人以上、250GJ/人以上は省略
出所:IEA World Energy Statistics and Balances, IMF World Economic Outlookを基に三菱総合研究所作成

「人口」「需要増」「自国石炭」が脱炭素への高いハードル

2060年までのカーボンニュートラル実現を表明するインドネシアは、2030年までに32%(国際支援ありの場合は43%)の温室効果ガス削減目標を掲げている。この目標達成の難易度を高める要因は、人口規模や経済成長だけではない。インドネシア国内の石炭資源が豊富である点も脱炭素へのハードルとして挙げられる。

図3はASEAN各国と日本の人口、1人当たり最終エネルギー消費、化石燃料の自給率を示す。ASEAN最大の人口を抱えるインドネシアの1人当たり最終エネルギー消費量は、日本の4分の1程度である。今後の経済成長を実現する原動力の一つとして、従来であれば国内の豊富かつ安価な化石燃料の活用が期待されるが、現状では同国においても脱炭素対応に伴う代替エネルギーの必要性が高まっており、エネルギーコストの増加が懸念される。

図4は石炭・天然ガス・石油についてASEAN各国の正味輸出量を示す。ASEAN全体としては「石炭と天然ガスが輸出超過」、「石油は輸入超過」である。輸出のうち特に石炭の輸出量が多く、その大部分はインドネシアが担っている。石炭はインドネシア国内のエネルギー供給の主力であるだけでなく、輸出産業としての位置づけもあり、脱石炭を進めることは経済への影響の懸念もあるだろう。

このようにインドネシアはエネルギー供給としての化石燃料依存に加え、輸出産業である石炭が経済へ及ぼす影響が大きく、脱炭素に向けた構造的なハードルに直面している。
図3 ASEANと日本の人口、1人当たり最終エネルギー消費および化石燃料自給率(2019年)
ASEANと日本の人口、1人当たり最終エネルギー消費および化石燃料自給率(2019年)
※化石燃料の自給率は国内の生産量を消費量で割ることで算出
出所:IEA World Energy Statistics and Balances, UN World Population Prospectsを基に三菱総合研究所作成
図4 ASEANの化石燃料種別の正味輸出量(2019年)
ASEANの化石燃料種別の正味輸出量(2019年)
出所:IEA World Energy Statistics and Balancesを基に三菱総合研究所作成

産業視点でも早期の脱炭素化が必要

日本にとってASEANは、主要な対外直接投資先の一つだ。欧米に比べて直接投資残高に占める製造業の比率が高い点に特徴がある(図5)。ASEAN各国に対する日本の直接投資残高の業種別内訳(製造業)をみると、国によって直接投資先の分野にはバラつきがある(図6)。特にインドネシアでは自動車を含む輸送機械が製造業の直接投資の約半数を占めている。

インドネシアはニッケル資源などが豊富なことなどから、産業戦略としてEV化を推進する動きもある。他方で、石炭火力への依存度が高いため、電力排出係数はASEANで最も高い(図7)。電力からのCO2排出が多い状況が続けばEV化による排出削減効果が限定的になる懸念もある。自動車のEV化と電力脱炭素化をセットで推進することも、インドネシアおよび世界全体の排出削減に向けて必要な視点である。

またサプライチェーンの脱炭素化が近年、多くの企業にとって重要課題として挙がっている。インドネシアには多くの日系の製造業が進出しているが、脱炭素化への対応も今後ますます求められてくるだろう。欧州で先行する炭素国境調整措置(CBAM)などの将来的な通商リスクに備える観点からも、早期の脱炭素対応の重要性が高まっている。
図5 ASEAN・欧米への日本の対外直接投資残高に占める製造業比率(2021年末)
ASEAN・欧米への日本の対外直接投資残高に占める製造業比率(2021年末)
出所:日本銀行 業種別・地域別直接投資を基に三菱総合研究所作成
図6 ASEAN諸国への日本の対外直接投資残高の業種別内訳(製造業、2021年末)
ASEAN諸国への日本の対外直接投資残高の業種別内訳(製造業、2021年末)
※日本銀行統計で国別データが示される6カ国について作成
出所:日本銀行 業種別・地域別直接投資を基に三菱総合研究所作成
図7 ASEAN諸国と日本の電力排出係数(2019年)
ASEAN諸国と日本の電力排出係数(2019年)
※電力排出係数は発電由来のCO2排出を単位当たりで示すもの
出所:IEA World Energy Statistics and Balancesを基に三菱総合研究所作成

脱炭素を契機に中長期的なパートナーシップを

インドネシアの今後の人口増・経済成長や化石燃料の自国産出などを勘案すると、カーボンニュートラルに向けたハードルは日本以上に高くなる可能性がある(図8)。その高いハードルを越えるために、先行して開発に取り組む日本の脱炭素技術が、インドネシアに貢献することも期待される。太陽光・地熱・バイオマスといった再エネや省エネ技術に加え、地震対策に豊富な経験を有する原子力、水素・アンモニア、CCUS※1による化石燃料の脱炭素化など、協力関係を構築できる分野は多い。
図8 日本とインドネシアの脱炭素に向けたハードルのイメージ
日本とインドネシアの脱炭素に向けたハードルのイメージ
※「脱炭素エネ」にはCCSなど化石燃料利用の脱炭素技術も含む
出所:IEA World Energy Statistics and Balances, An Energy Sector Roadmap to Net Zero Emissions in Indonesia等を基に三菱総合研究所作成
2023年3月に開催されたアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)官民投資フォーラムで日本とインドネシアの企業がアンモニア製造・石炭混焼や地熱資源開発など複数のMOU締結を発表したように、既に民間企業間で協業に向けた具体的なアクションも確認される。日本からの脱炭素支援は、既にインドネシアに進出している現地日系企業の脱炭素化オプション確保にも間接的につながることになる。

また、両国連携は必ずしも日本からインドネシアに向けた支援だけではない。例えば水素・アンモニアなど脱炭素燃料の製造・調達では、インドネシアと協調することでスケールメリットを生み出すなど、日本の脱炭素推進に資する効果も期待される。両国ともに石炭火力の比率が高いなど、トランジションにおける共通の課題に対し、手を携えて乗り越えていくための協調もポイントとなる。

米中対立が深まる中でインドネシアの立ち位置や、経済安全保障・サプライチェーンへの影響には留意が必要だが、両国関係の重要性はこれまで以上に高まっている。日本がインドネシアから信頼の置けるパートナーとして選ばれるためにも、短期のみならず中長期的な視座に基づいた協調が重要であろう。

特にエネルギーは投資回収までの期間が長い分野である。インドネシアが構造的に抱える課題に対して、脱炭素ロードマップの策定支援や、それにひもづく再エネ・省エネ、脱炭素燃料の実装に資するファイナンススキーム構築など、実効性のある連携が期待される。脱炭素を契機に両国のパートナーシップをより強固にし、双方の経済成長や経済安全保障にまでつなげたい。

※1:CCUS:Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage(二酸化炭素回収・利用・貯留)