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政策提言食品・農業サステナビリティ

【提言】世界の持続可能な食料システムに向けて

豊かな食生活と環境の両立のために

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2023.7.19

株式会社三菱総合研究所

食品・農業
株式会社三菱総合研究所(代表取締役社長:籔田健二)は、2050年に向けた将来シナリオを設定し、食料の需要や供給方法が環境負荷に与える影響について試算しました。その結果を踏まえ、持続可能な食料システム構築に向けた実現方策の方向性を提言します。

増大する食料需要に比例して増える食農分野の環境負荷

人為的な温室効果ガス(GHG)排出量の34%にも相当する量を、食農分野が排出している。世界の人口増と経済成長により、2050年にかけて主食源の需要は1.2倍、タンパク源(肉・魚・乳など)の需要は1.4倍に増加する。タンパク源の需要増加によって食農分野のGHG排出量は現状の約1.4倍まで膨らむ見通しだ。

特に牛肉の消費拡大による影響が大きく、増加量の46%は牛肉の消費拡大に起因している。牛肉の消費拡大は、他の品目と比して、GHG排出量だけでなく土地利用・水利用にも影響が大きい。他方で、牛肉を始めとした動物性食品は世界中の多くの農村部の人々にとって生計の重要な源であることに変わりはなく、かつ、食料安全保障上も、栄養の摂取源としても重要な存在だ。持続可能な食料システムの構築には、豊かで健康的な食生活を保ちつつ、供給側・需要側の両方で環境負荷削減の取り組みを進めることが不可欠である。
図 2050年までのGHG影響拡大に対する品目別の影響の分析
2050年までのGHG影響拡大に対する品目別の影響の分析
出所: 国際連合食糧農業機関(FAO)のFAOSTAT Food Balancesなどに基づき三菱総合研究所作成

豊かで健康的な食生活と環境負荷削減の両立に向けた方向性

解決の方向性① 生産の環境負荷削減技術導入

  • 牛肉の場合、生産過程における工夫や新技術により家畜飼養のGHG排出量を最大で半減できる可能性
  • 全く新しい生産方法として、培養肉などにも期待

解決の方向性② タンパク質摂取源の多様化

  • 牛肉需要増加分の一部を他のタンパク源に変更することで、一定の効果

複数の対策に、同時並行で取り組む必要性

  • 複数の対策を組み合わせることで、人口増加率以下の水準に環境負荷の増加率を抑止
    (逆に言えば、複数の対策に、総合的に取り組まなければ、解決は難しい)

畜産の環境負荷削減技術としては、例えば、家畜の給餌改良や排せつ物を堆肥化する際の副資材投入によって、家畜飼養のGHG排出量を最大で50%程度削減できる可能性がある。また、近年注目を集めている「培養肉」技術は、従来の牛肉生産に対してGHG排出量を約9割削減できる可能性があり、供給側の環境負荷削減に貢献し得る有望な技術である。一方で、培養肉の製造と普及にはさまざまなハードルがあることには留意が必要だ。

もう一つの方向性として、牛肉の摂取量を抑制するために、他のタンパク源に切り替える、という方向性がある。しかし、一様にそれを推し進めることは現実的ではない。各国の現状の栄養状態や、食文化に目を向けながら、取り組む必要性がある。

生産の環境負荷削減技術導入、タンパク質摂取源の多様化、培養肉の一定の普及を組み合わせることにより、世界のGHG排出量は2050年時点で成り行き175億トン(CO2換算値)となるところ、17.4%の削減効果が見込めることがわかった。これは、2020年と比較して1.14倍であり、人口増加率を下回る水準となる。

これらの対策の実行に当たっては、極端に牛肉を食べることを我慢したり、各国が有する食文化を犠牲にしたりする方策は望ましくない。重要なのは、豊かで健康的な食生活と環境の両立である。世界人口の拡大と新興国の経済成長が見込まれる中、現状の食料システムの単純な維持・拡大は環境負荷が大きく望ましい形とはいえない。供給側と需要側の対策を組み合わせた、持続可能な食料システムを考える必要がある。

食農分野における環境負荷削減に向けて

食農分野の環境負荷削減を実現していく上での方策や、有望なイノベーションは既に存在する。問題は、いかにそれらを社会実装していくかである。
 

①生産現場への環境負荷削減技術の導入・普及ポイント1:GHG削減効果の価値化による動機づけ

  • GHG削減効果の価値化では、近年導入が始まった農林水産分野のJクレジット等のカーボン・クレジット制度が有望。食料サプライチェーンの環境負荷削減に、サプライチェーン外の資金が入る余地が生まれることの意義が大

②生産現場への環境負荷削減技術の導入・普及ポイント2:サプライチェーン連携

  • 個別企業による取り組みの限界を見極め、同業他社をまたいだ全体の巻き込みが重要

③生産現場への環境負荷削減技術の導入・普及ポイント3:コミュニケーションによる消費者の行動変容

  • 生産の環境負荷削減に関する取り組みや、健康増進上の意義といった情報を見える化し、商品に付加して消費者に提供することにより、参加意識を高め行動変容を促すことを目指す必要性

④次世代タンパクの普及ポイント

  • 培養肉は、早期のルール作りや、表示などの消費者とのコミュニケーションの仕組み作りが優先課題。欧米で先行する植物性肉・乳でも、日本の食品製造業の食味・食感向上技術に期待。また、陸上養殖システムも日本が技術的に優位性を持ちうる領域

これらの取り組みを実現していくには、豊かな食生活と環境の両立に向けて、グローバルに市場展開したりグローバルな原料調達網を有している商社・食品製造業・流通業などが中心となって、技術的・社会的なイノベーションを起こしていくことが求められる。個々の企業の取り組みだけではなく、大企業間の連携・協業や、課題解決に対し有望な技術を有する研究機関・スタートアップ・ベンチャー企業等との連携を通じた、この分野へのさらなる投資、研究開発・ビジネス展開、消費者を巻き込んだ取り組み促進に期待したい。

※:農林水産分野のJクレジット制度
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/climate/jcredit/top.html

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