マンスリーレビュー

2022年6月号トピックス1経済・社会・技術

偽情報が拡散する時代の基本原則

2022.6.1

デジタル・イノベーション本部安江 憲介

POINT

  • 偽情報・フェイクニュースや情報操作の影響が改めて注目されている。
  • 欧米では人権や表現の自由を前提とした議論や立法化も急進。
  • 日本も基本原則を明示した上でより具体的な取り組みを進めるべき。

諸外国で進む偽情報対策

ロシアのウクライナ侵攻を契機に、真実を装って人々を欺く偽情報やフェイクニュース、情報操作の影響が改めて問題視されている。これまでも、2015年ごろにロシアの偽情報攻撃への対応の必要性がEUで指摘され、2016~2017年ごろには欧米の大統領選や国民投票で大きな問題となるなど、具体的な偽情報対策の取り組みはあった。特にEUの危機感は強く、SNSや検索エンジンなどのオンラインプラットフォーム(OP)に自主規制での対応を求める一方、法制化も急進。2022年4月下旬にはOPなどの事業者の義務を定める「デジタルサービス法(DSA)」の暫定合意に至った。

DSAでは偽情報に限らずさまざまな義務が設けられているが、偽情報については、公共の安全や健康への脅威といった危機が発生した場合に、非常に大規模なOPに対し時限的な緊急対応を欧州委員会が求めることができる規定が提案されている(詳細未公表)。米国でも議会で偽情報対策に関する公聴会や議論が行われている。

偽情報対策の難しさ

ただし、偽情報対策は簡単ではない。第1に、実効的な偽情報対策と言論表現の自由とのバランスを取ることが非常に難しい。EUの偽情報対策の基本的方針を検討した「ハイレベル専門家グループ」の報告書(2018年)では、人権および表現の自由の保護を基本原則とし、「単純すぎる解決策(例えば検閲)」をとらないよう忠告している。

第2に、偽情報にはさまざまなプレーヤー(偽情報の首謀者、メディア、広告主、OP、ユーザーなど)が関係しており、その関係性や役割分担は複雑であると同時に、意図せずに偽情報を拡散させてしまう場合もある。その中で実効的な対策を講じることは簡単ではない。

日本での対策強化に向けたポイント

日本でも、新型コロナウイルス感染症に関するデマの拡散や、ロシアやウクライナによる情報戦が注目を集めたことで、偽情報やディスインフォメーションという単語がメディアから聞こえることが増えてきた。偽情報対策は、総務省の研究会で継続的に議論されてきているほか、OP事業者による自主的な取り組みや多様なステークホルダーによるフォーラム活動なども実施されている。

さらに実効的な取り組みを進める上で、偽情報や違法・有害情報への対策における事業者の義務を、どこまで踏み込んで求めるかが最大の論点となる。その際、日本社会が守るべき、かつ拠って立つべき基本原則を明示した上、事業者の責務や技術開発も含めた政策を検討することが重要だ。

日本国憲法や各種法令に加え、2022年4月に日本政府も含め60カ国・地域が賛同した「未来のインターネットに関する宣言」※1も参考になる。「人権及び基本的自由の保護」や「デジタルエコシステムへの信頼」などの原則に基づいた具体的な偽情報対策の検討は、インターネット利活用のさらなる進化、成熟化を促進するものとなる。

※1:デジタル権威主義が台頭する中で、グローバルインターネットやデジタル技術の可能性を再確認・再生することを目的として、米国が日本を含む60カ国・地域と立ち上げた宣言。宣言参加国・地域はこれらの原則を既存の多国間枠組みで推進し、具体的な政策を実行していく。