マンスリーレビュー

2022年6月号トピックス2サステナビリティ

カーボンニュートラル実現を推進する競争政策

2022.6.1

サステナビリティ本部高橋 尚子

サステナビリティ

POINT

  • カーボンニュートラル実現のために企業間連携は不可欠。
  • 近年欧州を中心に競争政策上の議論が活発化、適用事例も。
  • 日本も企業間連携の指針となる競争政策の検討が必要である。

カーボンニュートラルに向けた競争政策の意義

地球温暖化対策の要であるカーボンニュートラル(CN)の推進において、企業間連携は不可欠である。しかし複数企業の密な連携は独占禁止法に抵触するおそれもある。例えば、競合他社と共同で特定の発電所から再生可能エネルギーによる電力を購入することは、環境負荷低減の観点からは望ましくとも、カルテルなどの不当な取引制限に該当しかねない。

ただし、企業間連携がCN実現という社会経済全体の中長期的な利益に資する場合、独占禁止法を柔軟に解釈すべきという議論もある。とりわけ、欧州の競争当局を中心に近年議論が活発である。

欧州で進む競争政策上の議論

欧州委員会は2022年3月、企業間の協力に適用される「水平的協力協定ガイドライン」の改正案の中で、サステナビリティ協定の章を新設し指針を提示した。その他欧州各国でも、競争法の改正、ガイドラインの導入などが進んでいる。

欧州各国では具体的な適用事例も出始めた。2022年2月、オランダ競争当局は自身が制定したサステナビリティ協定に関するガイドライン草案を適用した。まず、事業用エネルギー・水の需要家団体の加盟企業同士が、風力発電電力を共同購入することは、気候変動目標の達成に貢献し風力発電所の建設を促進するとして、競争法に抵触しないと判断した。次いで、複数の配電事業者によるCO2排出価格の合意についても、CN実現のためには、価格が高騰しても全てのエネルギー需要家が合意の恩恵を受けるとして競争法に抵触しないと判断した。ドイツでは2019年、発電機や船舶で使用される部品の生産活動を統合した合弁事業の可否が議論された。持続可能なエネルギー転換のためのノウハウとイノベーションの可能性が最も重要な公共の利益であるとして、連邦経済エネルギー大臣が承認した※1

日本でも新たな競争政策の必要性の検討を

日本も競争政策の見直しの必要性を検討すべき時期に差し掛かっている。国際的にCNを推進する企業が増加傾向にある中で、今後欧州と類似の問題事例が生じる可能性は高い。例えば水素・アンモニアなどをエネルギー源として用いる新技術が確立し、技術を保持する企業間の連携が本格化すれば、公正取引委員会の評価にいっそう関心が高まるだろう。

独占禁止法が問題となりうる場面は、競合他社との原材料の共同購入、生産プロセスの統合、共同研究、生産設備の集約、共同配送プロセスの構築など、さまざまである。ただし、法令への抵触を気にするあまり、正当な企業間連携が萎縮することは避ける必要がある。CN実現に向けた企業の望ましい取り組みを積極的に推進するため、ガイドラインの整備やQ&Aの公表などを通じて、多様な企業間連携において競争の制限に該当しない典型例や考慮要素を明確化した指針が、早期に策定されることが期待される※2

※1:大臣の承認には、少なくとも5年間の合弁事業の運営や、その間のドイツ国内における最低5,000万ユーロ規模の投資の義務などの条件が付された。

※2:経済産業省経済産業政策局競争環境整備室では、2022年3月に「グリーン社会の実現に向けた競争政策研究会」を設けて検討を開始している。