コラム

カーボンニュートラル時代の原子力エネルギーサステナビリティ

世界の原子力3倍化 COP28から見る日本

日本は国内既存炉の再稼働と国際貢献を両輪で

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2023.12.26

社会インフラ事業本部吉永恭平

エム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社 技術・安全事業部久間詩奈子

カーボンニュートラル時代の原子力
地球温暖化の解決に向けて、地球規模でのネットゼロ達成、エネルギー安定供給、経済成長を同時に実現するには、これまでにない野心的な取り組みが必要である。COP28では、再エネ拡大の誓約が採択されるとともに、2050年までに世界の原子力設備容量を3倍化する宣言が出され、日本はこの両方に賛同した。また、COPの合意文書として初めて、原子力が脱炭素化手段の1つとして採り上げられた。原子力に着目すると、各国さまざまな思惑が伺えるが、日本は国内の原子力再稼働を進めつつ、技術・人的な世界貢献を進めることが重要だ。

再エネ+原子力の「新しい道」が必要

パリ協定で定められた、「産業革命前と比較した今世紀末の地球の平均気温上昇幅を2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力」は、温暖化対策を進める上での世界共通の長期目標である。その一方で国連環境計画によれば、各国が現行の温室効果ガス削減目標を達成したとしても、今世紀末の世界平均気温は2.5℃から2.9℃上昇するという見方もある※1

2023年の「国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)」では、パリ協定で定めた長期目標と現状見通しとのギャップを縮めるため、より野心的な「新しい道」※2を見いだす合意形成が強く求められた。その一環として、再生可能エネルギー(再エネ)発電設備容量を2030年までに現在の3倍にする誓約が採択※3されたことに加えて、合意文書とは別の国際イニシアチブとして原子力発電設備容量を2050年までに2020年比で3倍にする有志国による宣言(以降「原子力3倍化宣言」とする)※4が発表された。「原子力3倍化宣言」には、これまでに日本含む23カ国※5が賛同している。

いずれの目標も、従来施策の延長線上では達成できないこれまでにない野心的な内容だ。しかし再エネか、原子力か、の「二者択一」ではなく、両者を最大限活用しなければ、地球規模のネットゼロとエネルギー安定供給、経済成長の実現は遠い。原子力を除外せず、脱炭素エネルギー全体を考慮した国際レベルでの議論が必須である※6。COP28の合意文書においても、脱炭素化に向けて加速すべきゼロ・低排出技術のひとつとして、原子力が再エネ等とともに記載された※7。COPの合意文書における原子力への言及は初である。

こうした流れを踏まえ、本コラムでは原子力3倍化の宣言賛同国の内訳と、日本の原子力の立ち位置に注目する。

原子力3倍化宣言の賛同国事情は多様

世界の原子力3倍化はどれくらいのインパクトがあるのだろうか。

3倍化は直近の主要な国際機関見通しを大幅に上回る目標である。具体的に見てみよう。国際エネルギー機関(IEA)が毎年更新・発表する「世界のエネルギー見通しWorld Energy Outlookの2023年版(WEO2023)※8」で示される3つのシナリオとCOP28での世界の原子力3倍化宣言を重ねると、その差は明らかだ(図表1)。WEO2023での原子力発電設備容量が最も大きい「ネットゼロエミッションシナリオ」(NZEシナリオ)では2050年に2020年の約2倍となることを見込んでいた。
図表1 WEO2023の3つのシナリオとCOP28での原子力3倍化宣言における原子力発電設備容量の関係
WEO2023の3つのシナリオとCOP28での原子力3倍化宣言における原子力発電設備容量の関係
※公表政策シナリオ(STEPS)は、現在の政策設定を反映したシナリオ。発表誓約シナリオ(APS)は、現在発表されている国家公約を各国が完全に履行すると想定したシナリオ。ネットゼロエミッションシナリオ(NZE シナリオ)は正味のCO2排出量2050年ゼロの達成を目指したシナリオ。

出所:国際エネルギー機関(IEA) “ World Energy Outlook2023”、米国国務省(2023年12月2日) “Declaration to Triple Nuclear Energy”を基に三菱総合研究所作成
図表2は、世界の既設・建設中・計画中の原子力発電設備容量と原子力3倍化宣言における目標との関係を表したもので、同目標がどれだけ野心的かを示している。2023年時点で確認されている建設中・計画中の原子力発電設備容量は約180ギガワット(GW)存在するが、既存炉の閉鎖を考慮すると2050年までに新たに約750GW(1基1GWのプラントで約750基)の新設が必要となる。
図表2 世界の既存・建設中・計画中の原子力発電設備容量と原子力3倍化目標との関係
世界の既存・建設中・計画中の原子力発電設備容量と原子力3倍化目標との関係
※2020年、2023年の既設炉、建設中、計画中基数は世界原子力協会(WNA)データによる※9※10
※2050年までの世界の廃炉設備容量見通しは国際原子力機関(IAEA)「2050年までのエネルギー、電力、原子力発電の予測」2023年版※11の高位ケースによる。なお、低位ケースの場合は、さらに約100GWが廃炉により閉鎖、2050年までに新たに必要となる計画・建設は約850GWとなる。

出所:世界原子力協会(WNA)“World Nuclear Power Reactors & Uranium Requirements”、国際原子力機関(IAEA)“Energy, Electricity and Nuclear Power Estimates for the Period up to 2050 2023 edition”を基に三菱総合研究所作成
賛同した23カ国の原子力状況はさまざまである(図表3)。米国、フランス、韓国といった原子力主要国は、原子力プラント輸出に積極的である。東欧地域は原子力比率(電力量)が高い(30%以上)国が多い。寒冷・内陸など再エネ資源の面で不利な国も多く、ロシア産ガスへの依存低減、エネルギー安全保障の観点から原子力への期待が高い。ポーランドのように新規導入を予定している国もあれば、モルドバのように、自国で直近の原子力計画はないものの、ロシア産ガスによらない安定した電力輸入という観点から賛同に名を連ねる国もある。なお、ロシア、中国、インドも原子力主要国だが、米国などが主導したこの宣言には参加していない。

このように足元の現実的な数値や各国の状況を鑑みると、原子力3倍化は決して容易な目標ではない。地球規模のネットゼロ達成には再エネ・原子力を含む脱炭素化施策への各国のさらなるコミットが必要不可欠だ。
図表3 原子力3倍化宣言への賛同国の原子力事情(2023年12月14日時点)
原子力3倍化宣言への賛同国の原子力事情(2023年12月14日時点)
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※設備容量順位は世界順位
※運転中、建設中、計画中のプラント基数および設備容量(MWe)は2023年11月時点のデータ、原子力発電比率(電力量)は2022年の実績を利用。また、運転中のプラント設備容量は送電端出力、建設中と計画中のプラント設備容量は発電端出力
※日本は、33基中21基(20,633MWe)が長期停止中
※ガーナ、モルドバ、モロッコ、モンゴルはWNAにデータなし

出所:世界原子力協会(WNA)“World Nuclear Power Reactors & Uranium Requirements”を基に三菱総合研究所作成

日本での課題対応と同時に、世界の原子力市場に貢献を

COP28で日本は「原子力利用を検討する第三国への革新炉の導入支援や、同志国と連携したサプライチェーン強靱化などの取り組みを通じて、世界全体での原子力発電容量の増加に貢献する観点から、本宣言に賛同」※12した。これが意味するところは、日本国内の原子力発電容量の増加ではない。第三国の原子力発電容量の増加に貢献しつつ、国内の課題へも向きあう姿勢だ。

国内の足元の課題と政策方針は、原子力3倍化宣言の有無により変わるものではない。日本は、世界第4位の原子力発電設備容量を有する一方で、半数以上の原子力プラントがいまだ再稼働しておらず、現在の原子力発電比率(電力量)は10%以下にとどまる(図表3)。これまでの政策方針である稼働可能なプラントの早期再稼働、および運転期間延長の議論を前に進めることが直近の課題となるだろう。これは、後述する、世界の原子力市場に貢献するための、日本国内の技術・人材基盤の維持にも寄与すると考えられる。

世界の原子力市場に向けては、「安全・安定な原子力の稼働への貢献」が期待される。例えば、新規制基準への対応の中で原子力産業が培ってきた技術基盤やリスク評価、人材育成のノウハウを活かすことは、日本が世界で存在感を発揮できる役割の1つだろう。また、これまでの実績を活かした原子力関連機器・部品の供給も欠かせない。拡大の機運が高まる原子力市場に対して日本企業の機器や部品が組み込まれ続けるためには、他国と比べた競争優位性が不可欠であり、性能・品質のさらなる高度化も必要だろう。

日本は、再エネと原子力を組み合わせたグリーンエネルギーの最大限の導入を目指している。COP28の動向を踏まえると、特に原子力は、これまでの再稼働等への取り組みに加えて、世界の安全・安定な原子力稼働に積極的に貢献すべきだ。

※1:国連環境計画(UNEP)(2023年11月20日)“Emissions Gap Report 2023”
https://www.unep.org/resources/emissions-gap-report-2023(閲覧日:2023年12月22日)

※2:COP28の議長を務めたアラブ首長国連邦のジャベル氏は、11月30日の演説で「我々がこれまで歩んできた道では、目的地到達に間に合わない。このことは科学的にも明白だ。いまこそ、新しい道を見出すとき」だと述べ、参加国による野心的な合意を促した。

※3:2023年12月18日までに日本を含む130カ国以上が署名。COP28(2023年12月)
“GLOBAL RENEWABLES AND ENERGY EFFICIENCY PLEDGE”
https://www.cop28.com/en/global-renewables-and-energy-efficiency-pledge(閲覧日:2023年12月18日)

※4:米国国務省(2023年12月2日)“Declaration to Triple Nuclear Energy”
https://www.state.gov/declaration-to-triple-nuclear-energy/(閲覧日:2023年12月14日)

※5:2023年12月14日時点。宣言が公表された12月2日時点での賛同国は22カ国だった。

※6:直近の国際機関による分析からもその傾向は明らかである。経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)の分析によれば、カーボンニュートラル(CN)達成には2050年までに世界で現在の3倍規模の原子力発電設備容量が必要とされる。
OECD/NEA(2022年)“Meeting Climate Change Targets The Role of Nuclear Energy”
https://www.oecd-nea.org/jcms/pl_69396/meeting-climate-change-targets-the-role-of-nuclear-energy?details=true(閲覧日:2023年12月20日)
国際エネルギー機関(IEA)や国際原子力機関(IAEA)の直近の年次見通しは原子力についてより保守的な予測をとるが、程度の差はあれ、いずれも2050年までに再エネと原子力の両方の拡大を見込んでいる点で共通している。

※7:UNFCCC(2023年12月13日)“Outcome of the first global stocktake”
https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2023_L17_adv.pdf(閲覧日:2023年12月22日)

※8:国際エネルギー機関(IEA)(2023年10月24日)“World Energy Outlook 2023”
https://origin.iea.org/reports/world-energy-outlook-2023(閲覧日:2023年12月22日)

※9:世界原子力協会(WNA)(2023年11月)“World Nuclear Power Reactors & Uranium Requirements December 2020” https://www.world-nuclear.org/information-library/facts-and-figures/world-nuclear-power-reactors-archive/world-nuclear-power-reactors-and-uranium-requ-(4).aspx(閲覧日:2023年12月18日)

※10:世界原子力協会(WNA)(2023年11月)“World Nuclear Power Reactors & Uranium Requirements November 2023” https://www.world-nuclear.org/information-library/facts-and-figures/world-nuclear-power-reactors-and-uranium-requireme.aspx(閲覧日:2023年12月18日)

※11:国際原子力機関(IAEA)(2023年) “Energy, Electricity and Nuclear Power Estimates for the Period up to 2050”
https://www.iaea.org/publications/15487/energy-electricity-and-nuclear-power-estimates-for-the-period-up-to-2050(閲覧日:2023年12月18日)

※12:経済産業省、ニュースリリース(2023年12月8日)「吉田経済産業大臣政務官がCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)に出席しました」
https://www.meti.go.jp/press/2023/12/20231208006/20231208006.html(閲覧日:2023年12月18日)

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