基本計画に掲げるべき「KPI設定」の視点

食料自給率と安全保障 第7回

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2024.6.5

全社連携事業推進本部稲垣公雄

食と農のミライ
将来起こりうる最悪のリスクシナリオに備えるためには、「農地の維持」「農業経営体・人材の確保」「農業生産額」などのKPI(重点とすべき目標指標)の3点が重要であることを、第6回のコラムでは示した。第7回では、まず、農地について、KPIとして目指すべき水準を確認する。最後に、上記の3指標も含めて、食料安全保障を維持するために必要となる「KPI設定の全体像(設定のための視点)」について考えてみたい。

不測時には緊急増産に対応した農地確保が不可欠

今回の基本法の改正に合わせて、3つの関連法案が提出されているが、その1つに「食料供給困難事態対策法案」がある。この法律は、食料安全保障にかかる不測の事態が発生した際に、国民の食料を確保するため、「食の危機管理」対策の具体的な実効性を担保しておくための法律である。この法案では、緊急事態時に対策本部を設置することや、どんな措置をとるのか、などが定められることになる。

緊急事態としてどのような事態を想定し、具体的にどうなった時に、どのような手順をとるかについては、農林水産省が数年おきに実施している「緊急事態食料安全保障指針に関するシミュレーション演習」が参考になる(図表1はその演習資料からの抜粋)。これによると、「食料の供給に影響を及ぼす不測の要因」のうち、「(1)国内における要因」の各事象が発生した場合は、主に「レベル0」にある「備蓄の活用と輸入の確保」で対応していくことになる。

「(2)海外における要因」の各事象は、第6回コラムの「①世界の食料生産と供給システムが、安定的に機能している」状況を毀損する要因を細分化したものだと言えるだろう。これらの不測の要因により、「レベル1:特定の品目の供給が、平時の供給を2割以上下回ると予測される」場合は、「緊急の増産」が検討されることになる。「特定の品目」とはあるものの、万が一の際に実際に緊急の増産が検討される対象品目は、主に小麦や大豆などの主食穀物類となるだろう。

「これらの不測事態への対応が必要になった時に、すぐに使える十分な農地があることが、(穀物類の)緊急の増産に対応するためには不可欠である」というのが第6回のコラムの要旨だ。もちろん、その緊急事態の発令と実際に緊急事態に陥るまでにタイムラグがどの程度あるのか、追加的な農業生産が実現されるまでの期間を備蓄でしのげるのかなど、具体的に検討しなければならないことはたくさんある。しかしながら、これらの対応を行うためには、穀物類を緊急増産できる農地が確保されていることが大前提である。このことに、大きな異論をはさむ余地はないだろう。
図表1 農水省が想定する食料供給のリスク要因とリスク顕在化時の3つのレベル
農水省が想定する食料供給のリスク要因とリスク顕在化時の3つのレベル
出所:農林水産省「不測時における食料安全保障のための演習」 (令和4年度「緊急事態食料安全保障指針」に関するシミュレーション演習の実施結果について 令和5年1月)
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/anpo/attach/pdf/simulate-3.pdf(閲覧日:2024年4月29日)

食料自給「力」から維持すべき農地面積を考える

では、緊急増産をするための農地はどの程度必要なのか? そもそも今、十分な農地があるのだろうか?

参考となるのが、「食料自給力」指標だ。農林水産省は、平成27年以降、定期的に「食料自給力」指標を算出している。食料自給力とは、農林水産省によれば「農林水産業が有する食料の潜在生産能力」を表すものである。日本の現状の農地や農業労働力を前提として、どの程度国民の食料供給が賄えるかを試算したものだ。

図表2によれば、国民一人あたり2,260kcalの供給熱量のうち、現状の農業生産の在り方では、国内生産分で38%の860kcalしか供給できていない(これが、カロリーベースの食料自給率の数字そのものになる)。

これを、「国内生産のみによるコメ・小麦中心の作付け(栄養バランスを一定程度考慮しつつ、二毛作など、コメ・小麦を中心に熱量効率を最大化して作付け)」にした場合、供給可能熱量は1,720kcalになる。しかしながら、これでも人間が生きていくうえで必要とされるエネルギー量(推定エネルギー必要量)をかなり下回る。さらに「国内生産のみによるイモ類中心の作付け(栄養バランスを一定程度考慮して、イモ類を中心に熱量効率を最大化して作付け)」にすると、供給可能熱量は2,368kcalまで増加し、推定エネルギー必要量を上回ることができると言う。
図表2 日本の農林水産業の「食料自給力」(令和4年度版)
日本の農林水産業の「食料自給力」(令和4年度版)
出所:農林水産省「日本の食料自給力」(令和4年度の食料自給力指標)より、赤点線矢印、「860kcal・38%」部分を三菱総合研究所が追記し作成
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012_1.html(閲覧日:2024年4月29日)
ここで紹介した食料自給力指標をめぐっては、さまざまな議論がある。例えば「作付け転換がそんなに簡単に実現できるのか」「イモ類なら足りると言うが、そんな食生活は耐えられない」といったものだ。しかし、ここで1つ希望が見えるのは、「万が一、食料輸入が途絶するような事態になっても、国民全体がなんとか食いつないでいくことはできそうだ」ということである。

一方で、「これ以上、農業生産基盤が弱体化すると、本当に厳しそうだ」ということも言えるだろう。将来の日本の農林水産業を考えるうえで、大きな目線として、「現状の国民一人あたりの農業生産基盤を維持すること」が1つの目安になる、と三菱総合研究所は考えている。

食料自給「率」向上のための国内生産転換ではない

無尽蔵に財源を使うことができるのであれば、「農地をすべからく守る」とか、「全ての輸入作物を国内生産に切り替える」ということを考えてもいいかもしれない。しかしながら、財源は無尽蔵ではない。

そもそも、前回のコラムで確認したとおり、現状の食卓に大きな問題はない。こうした場合の食料安全保障とは、「現状をより良い方向に改善せねばならない」ということではなく、「万が一の備えとして準備しておく」ということであり、リスクマネジメントの一種である。

つまり、今求められているのは、「食料自給率を向上させるために、輸入農産物を国内生産にどんどん切り替えていく」ということではない。「目指すべき農地の維持水準」があって、「それを実現し続けるために、農地維持の方法論として、輸入農産物の一部を国内生産に切り替えていく」ことなのだ。

不測の事態での食料安全保障の観点に立てば、現状の国民一人あたりの農業生産基盤は、ギリギリの水準である。であれば「国民一人あたりの現状の農業資源を維持する」ということが、最低限目指さなければいけない1つの目標水準、ということになる。現状の経営耕地面積約430万ha・総人口約1.25億人をベースに考えるのであれば、一人あたり経営耕地は約3.5aである※1。2050年に日本の人口は1億人程度と考えられているので、一人あたり農地を一定で維持するためには、概算で2050年に350万ha前後が最低限必要な農地面積、ということになるだろう。「具体的にこの水準をどのような形で、どのような財政コストをかけて維持すべきか」は、三菱総合研究所が、現在、試算中である。夏ごろを目途に、詳細なレポートを公開する計画だ。

食料安全保障関連のKPI設定のポイント

最後に、改正基本法後に検討される「食料・農業・農村基本計画」において、食料安全保障関連で設定されるべきKPIの方向性を図表3に示す。枠組みは3つ、大きく4つの視点で整理できる。
図表3 食料・農業・農村基本計画で設定されるべきKPIの設定イメージ
食料・農業・農村基本計画で設定されるべきKPIの設定イメージ
三菱総合研究所作成
食料安全保障と言うと、不測の事態における食料調達に関心が集まりがちであるが、本来はもう少し、広い概念である。国連食糧農業機関(FAO)は、食料安全保障を「全ての人が、いかなる時にも、活動的で健康的な生活に必要な食生活上のニーズと嗜好を満たすために、十分で安全かつ栄養ある食料を、物理的、社会的および経済的にも入手可能である時に達成される状況」と定義している。今回の基本法改正でも、FAOの考え方は踏襲されている※2。この定義が大前提であるならば、まず何よりも「日本人の食が満たされている」という食卓側の状況が大切である。図表3の下段「視点1:食卓の充実」で例示したような指標が、最重要指標として位置づけられるだろう。

「万が一の不測の事態への対応の視点」も欠かせない。第6回コラムで示した「農地の維持」「経営体や人材の維持」などが最後の砦であり重要なKPIとなる。ただし万が一のリスクマネジメントのためだけに、平時から農地や人材を維持することは困難である。したがって農地の維持などの「視点2:食料安全保障観点からの生産基盤確保」に合わせて、「視点3:農業/食品産業の産業力強化」がセットで達成されていることが重要である。

そして最後に、「視点4:農業・食品の環境対応」の視点があげられる。改正基本法でも大きく強調してとりあげられているとおり、これからの農業・食品産業でも、温暖化対策など地球環境対応がより重要になる。世界共通の課題として、環境問題に対応していかなければ、サステナビリティが確保できない。「みどりの食料システム戦略」で方向づけられている、「減農薬/減肥料・環境保全型農業推進」「GHG削減」や、「食ロス削減」などに関するKPI設定が非常に重要になる。

このほかにも、より詳細で具体的な目標指標が議論されるだろう。例えば足元では、「生産コストの価格転嫁」に注目が集まっている。「スマート農業の普及促進」なども重要な取り組みだ。さまざまな議論を重ね、より詳細で具体的なKPIを複数持つことは全く否定されない。その際に、「最終目標」と、最終的な目標を実現するために「必要な要素としての目標」の違いを明確にしておくべきである。例えば、「スマート農業の普及」というKPIは、「少ない農業就業者で目指すべき農業生産額を達成すること」のための1つの手段である。基本計画におけるKPIの設定においては、こうしたKPI間の構造化も不可欠になるだろう※3

最後に、食料安全保障の観点ではないが、食料・農業・農村基本計画のもう1つの主題として、「農村・コミュニティ問題」があることも指摘しておきたい。能登半島地震以降、特に地方の農村集落の今後の在り方が問われるようになった。農林水産省だけではなく、国土交通省や総務省とも連携しながら、農村コミュニティの目指すべき姿を描いていくことが求められるだろう。

※1:自給力の複雑な概念を持ち出すまでもなく、「国民一人あたり3.5a」という農地面積を見るだけで、どれだけの農産物が生産できるかの目安になる。一般にコメの生産は、10aあたり9俵程度(1俵=60㎏で540kg)を目安とすることが多い。若干余裕を見て500kg/10aとすると、3.5a全てでコメを作った場合175kgとなる。現状、日本人のコメ麦の一人あたり合計消費量が120kg程度であり、それよりは少し余裕がある。一人あたり2.5aでコメを作り1aで野菜を作る。(家族4人分だとすると10aでコメを作り、4aで野菜を作る。)この規模の農業であれば、なんとか自給自足が可能そうな規模だと言えるだろう。
しかしながら、一人あたり面積が少しでもこれを下回ることになれば、たちまち飢餓につながるような不足になる可能性がある。それは、作況不良で1割2割生産量が減った場合でも同じである。また、飼料用穀物については全く考慮していない。牛・豚などの畜産物は現状のようには食べられないことが前提となる。現状は、それぐらいギリギリの農地しかない、と言えるだろう。一方で、国際貿易の経済性とのバランスにおいて、必要農地をギリギリの水準で持つのがある意味、最も経済合理的である、と考えることもできるだろう。社会全体で、そういう選択をしてきた結果として、現状の農地規模となった、ということが言えるのかもしれない。

※2:食料安全保障について、今回の基本法改正案の第2条では、下記のとおり言及している(赤字)。この赤字部分が、図表3の視点1に直接対応するものである。また、青地部分は、図表3の視点2・3に関連する箇所である。
食料安全保障の確保
第二条 食料については、人間の生命の維持に欠くことができないものであり、かつ、健康で充実した生活の基礎として重要なものであることに鑑み、将来にわたって、食料安全保障(良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人ひとりがこれを入手できる状態を言う。以下同じ)の確保が図られなければならない。
2 国民に対する食料の安定的な供給については、世界の食料の需給および貿易が不安定な要素を有していることに鑑み、国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、これと併せて安定的な輸入および備蓄の確保を図ることにより行われなければならない。
3 食料の供給は、農業の生産性の向上を促進しつつ、農業と食品産業の健全な発展を総合的に図ることを通じ、高度化し、かつ、多様化する国民の需要に即して行われなければならない。
(後略)
農林水産省「第213回国会(令和6年 常会)提出法律案」
https://www.maff.go.jp/j/law/bill/213/index.html(閲覧日:2024年4月29日)より抜粋。赤と青の文字色は三菱総合研究所追加。

※3:民間企業の経営管理では、KGIとKPIを分けて管理することが多い。KGIは「Key Goal Indicator」、KPIは「Key Performance Indicator」の頭文字である。KGIを最終目標とし、そのKGIを達成するための中間目標(プロセス目標)をKPIとして位置づける。プロセス目標としてのKPIが達成できていたとしても、最終目標であるKGIが達成できていなければ本来は意味がない。その場合は、指標の遅効性によって、まもなくKGIも改善していく見通しがあるのか、もしくはKPIが適切に設定されていたのかについて確認し、適宜見直しをしていくことになる。

KPIとKGIの関係
三菱総合研究所作成

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