「農業生産現場の危機的状況」について考える

食料自給率と安全保障 第4回

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2023.12.25

全社連携事業推進本部稲垣公雄

食と農のミライ
農業生産現場の危機的な状況を訴える報道が相次いでいる。報道から見えてくるのは2つの視点だ。第1は、「農家が高齢化により急減している点」。第2は「生産コスト上昇により農家の経営継続が厳しくなっている」というものである。今回は、第1の視点、実際に起こっている「農家数の急減」と、食料安全保障の関係について考えてみたい。

農業経営体の減少=食料安全保障上の危機ではない

2023年11月から12月にかけて、NHKスペシャル シリーズ 食の“防衛線”が放送された※1

シリーズの第1回「主食コメ・忍び寄る危機」で報じられたのは、コメ農家が高齢化によって減少し、将来は供給力不足になる可能性があるということだった。当社の推計でも、2020年に107万だった農業経営体は、2050年には約18万まで減少する見通しである。

しかしながら問題は、「経営体数の減少」そのものではなく、それによって農業生産量や耕作される農地までもが減少してしまう可能性がある、ということにある。当社の推計でも、農産物全体で、2050年には現状の5割程度しか耕作できなくなる可能性がある。もし、そうした状況下で不測の事態が起こった場合には、食料安全保障上の大きな脅威になる懸念がある※2

過去のように大規模農家への集積が進まない可能性

農業生産のボリューム維持を

農業経営体の減少自体は必ずしも今に始まったことではない。実は、すでに2010年から2020年にかけて、農業経営体数は約40%も減り107万となっているのだ。一方でこの間、農業生産額はほぼ変わらず、9兆円程度を維持している。重要なのは、農家の数を維持することではなく、全体として農業生産のボリュームを維持することである。これまで農業生産額を一定程度、維持できたのは、大規模農家への集積が進んだからである。今後も、政策的には大規模農家への集積を続けることが、まずは最重要課題になる(もちろん、同時に、関係者の個別事情に応じた配慮も不可欠である)。

これまでのように農地集積が進むのか

この10年間は30ha以上のコメ農家が全国に多数誕生し、中には、200haというような経営体も出現してきた。背景には高齢化などを理由に離農した農家の農地が、比較的若手の農家に集積する余地がまだあった、という状況がある(彼らの多くが、結果的に30haを耕作するコメや小麦の専業農家となった)。あるいは、政策による誘導もあることから、かつては集落の50世帯の農家が1haずつ耕作していた集落で、企業を定年退職した団塊世代5、6人が中心となって、全員分の耕作をする営農法人を設立するようなケースが各地で出現した。

こうした動きにより、コメ農家も一定の規模集積ができてきた(図にあるとおり、20ha以上を耕作する農家は全体のわずか3%であるが、生産量ではこの層だけで38%を占める。ただし、コメ以外の他の営農品目では、主業的農家が全体の8割程度を生産しているものが多い)。標準的な地域であれば、20~30ha相当のコメや小麦を家族で耕作することが可能で、それだけの規模があれば、家族で生計を立てていくだけの所得を得ることができる。あるいは、70代の6人で60haを営農する集落営農法人であれば、それぞれの理事が年金以外に年間100~200万円程度の所得を得るような営農を行うことは可能である。
図 上位3%の農家で38%を耕作するが、その集積度合いは他の品目に比べると著しく低い
上位3%の農家で38%を耕作するが、その集積度合いは他の品目に比べると著しく低い
出所:農水省「農産物生産統計」「農業センサス」データより三菱総合研究所作成
だが、今後も零細農家の農地が手放されたときに、これまでのように農地の集約が進むのか、というと、かなり疑問が残る。条件のよい農地はすでに集積がかなり進んでいる。現状の30ha農家の大半は、すでに手一杯になっており、農地をこれ以上増やす余地は乏しい。コメ農業には少なくとも、田植え機、稲刈り機、トラクターという3台の農業機械が必要で、農地の特性にもよるが、この3台1セットを1人が操作して30haぐらいまでは耕作可能だが、40haやろうとすると2セットが必要になりコスト的に全く合わなくなってしまう場合が多い。一定の規模を超えると、それ以上の中途半端な規模拡大は非常に難しい※3

近年のコメの卸価格の低下や、資材価格高騰も経営の重荷になっている。5年ぐらい前であれば20ha程度の家族経営でも多くの地域で生計を立てられていたが、近年では上手にやらないと十分な所得を得られなくなってきている。

地域計画づくりを通じて広域での対策を

これまでのような経営の大規模化を通じた農地の集積が続かないとすると、どのような事態が想定されるのか。耕作されない農地が各地に虫食い的に、あるいは集落ごと営農されない、というような事態も出てくる可能性がある。そういう状況を避けるため政府は2023年4月から集落ごとに、「地域計画づくり」を義務付けた。具体的には、「農地1筆ごとに10年後は誰が耕作するのか」に関する計画をつくるよう、指導している。まずは、この地域計画の動きを着実に進めて、農地の維持を図ることが取り組みの土台となる。

しかし各地でこの計画づくりの現状を伺ってみると、計画が作れる集落は作れるが、計画が作れない集落では、「そもそも、計画を作る相談相手すら特定できない」というような話を現場の行政担当者から聞くことが少なくない。中心となる担い手が出てこない集落は、「農地そのものや水利の状況が悪く、家族で20~30ha以上の営農をできるような条件」を整えにくく、「担い手として農業だけで食べていける稼ぎを生む農地の状況にない」ため、新しい担い手が出現しにくい場合が多い※4

一方で、こうした地域でも5~10ha程度の集約はできる場合が多く、フローベースでみれば、収支的には十分プラスにできる※5。コメや小麦に関して10ha程度の中規模農家を増やすとしたら、旧来的な零細兼業農家ではなく、現代的な意味での副業としてやっていく農家を新しく育成する、という視点が必要になるだろう。県レベル、あるいは市町村を超えた広域で、10haぐらいの耕作をする、あるいは、集落営農法人に協力する人材を募集して、地域にマッチングさせて育成していくフランチャイズシステムのような取り組みが有効なのではないだろうか※6

全国には約14万の集落があるが、その5分の1程度に、1つないし2つの10ha程度の中規模農業経営体を設立し、合計で約4万の経営体を育成すれば、約40万haの経営農地をカバーできる計算になる。

これらの取り組みを進めるうえで重要なのは、地域計画づくりの進展をみすえつつ、2040年あるいは2050年に向け、農地や経営耕地を、どの地域でどのような状態で残すのか、そのためにどれぐらいのコストをかけるのか、という具体的な目標とビジョンを明示することである。

2024年の通常国会で行われる見込みの「食料・農業・農村基本法」改正後、2025年に策定されるであろう基本計画に期待したい。

※1:NHKスペシャル シリーズ 食の“防衛線”
https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/MVV5LQ387X/(閲覧日:2023年12月17日)

※2:食と農のミライ—変革に向けたMRIのアプローチ(FRONTLINE)
図1 2050年の国内農業生産力はこのままだと半減

※3:この種の状況を紹介すると「スマート農業で解決すればいい」という意見が上がることが少なくない。しかし日本の通常の農地ではスマート農業で解決できる問題は限定的である。コメ農家の農機は「農場の中を走っている時間以上に、農場から農場を移動している時間のほうが長い」からだ。30haの農地が大規模農家に集積されているとはいっても、東京ドーム7つ分に当たる30haの農地が1カ所にまとまっていることはほぼない。実際の農地は10筆ずつが10カ所に分散していると考えてもらっていい。そもそも、一般的な農家においては、通常の農機ですら非常に費用負担が重く、初期コストが大きすぎて参入や規模拡大をあきらめることが少なくない。

※4:概念的な最良の解決策は、農地の所有権の在り方を変えることである。何らかの形で農地集積への強制力を働かすことができるようなれば、この議論は根本から変わってくる可能性がある。だが、その実現は相当に難しい。本コラムでは、現状の農地所有権の在り方が変わらないとの前提で考え方を整理している。

※5:当社の推計によれば、コメ農家は「所得ベース」でみれば、数ha以上の耕作でプラスの所得を得ることができる。
コメ農家はみんな赤字なの? 食料安全保障と農業のキホンの「キ」(3)(食と農のミライ 2023.7.10)

※6:例えば行政が主導する場合、週に3日ないし4日は市役所などで勤務し、副業で農業就業を週に1~2日認めるような新たな行政職を設定する。農業だけではなく、介護サービス職の不足などへの課題解決につなげていくこともできる。

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