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踊り場を迎える世界のサステナビリティ開示

事業戦略と連動させ未来へのストーリーを描け

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2024.7.1

エネルギー・サステナビリティ事業本部戸上亜美

山口建一郎

環境・エネルギートピックス
サステナビリティ関連情報は、投資家からの要請を超え、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)や各国金融当局などにより開示基準のルール化が進められつつある。しかし最近になって、その足取りが重くなっているように見えないだろうか? 気候変動対応における目標年の1つである2030年が近づくにつれ、開示基準の「現実路線」への揺り戻しが起こっているようだ。この変化をどう捉えればよいのか。各国の最新動向を分析した上で、日本企業が目指すべき針路を探った。

サステナビリティ開示は世界的に「足踏み」中

プライム上場企業へのTCFD※1対応の必須化、有価証券報告書へのサステナビリティに関する記載欄の追加など、サステナビリティ開示は、投資家・NGOからの要請を超え、守るべき法規制・ルールとして整備されつつある。ただし、昨今はそうした動きが足踏みしているかのような事象が起きている。

例えば日本では、2023年6月に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)により最終版が公表されたサステナビリティ開示基準を踏まえ、国内での開示基準の検討が進んでいる。これは有価証券報告書における開示基準とすることを念頭に検討されているものであり、当初より有価証券報告書を発行するすべての企業、あるいは全プライム上場企業がその対象となると予測されていた。

そうした中で2024年3月、金融庁・金融審議会の「サステナビリティ情報の開示と保証の在り方に関するワーキング・グループ」は、国内基準の適用対象について、当面(2027年または2028年適用開始)の対象は時価総額3兆円または1兆円以上の大企業のみとして段階的に拡大し、プライム企業全体を対象とする時期は2030年代とする案を提示した。これは驚きをもって受け止められた。時価総額3兆円以上の企業は、時価総額ベースではプライム市場の55%と過半であるものの、数で言えば69社、同1兆円以上の企業は173社(時価総額の74%)にすぎない。審議会委員からは、当初段階の適用対象が他国と比較しても狭すぎるのではないかとの意見が出されているが、現時点で大きな方向性は提示案から変わっていない。つまり日本におけるサステナビリティ開示基準の運用は、数の上ではごく限られた企業のみが当初の対象となると予想される。

また、欧米でもそれぞれに事情は異なるが、日本同様に停滞ともとれる事象が発生している。アメリカでは、米国証券取引委員会(SEC)が2024年3月に上場企業に対して温室効果ガス排出量などの気候変動関連の情報開示強化を義務付ける開示ルールを発表した。これはSECで2年近くの検討を経たものであり、当初案からScope3排出量※2が開示義務から外されるなど、緩和された内容となっていた。しかも公表直後より、「気候リスク開示をSECが求めるのは越権行為である」といった訴訟が相次いだため、2024年4月4日より司法判断が出るまで、ルールの執行が停止されている状況にある。

欧州では2024年2月に、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)のうちセクター別基準・域外企業向け基準の採択期限を、2026年6月30日まで2年間延長することが欧州理事会(閣僚理事会)と欧州議会の間で暫定合意されている。この理由として、現状で気候変動だけでなくESG全般にわたる開示項目がすでに公表されていることに鑑み、それらの開示にまずは傾注すべきなどの点を挙げている。欧州企業の開示への負担がすでに重いことがうかがわれる。また、セクター別基準を期限までに策定することが困難なことに起因している可能性もある。

これらの事象は、多くの国・企業などが気候変動における目標年の1つとして掲げていた2030年が近づき、理想論よりも実現可能性などの現実的な目線が強まっているがゆえに起きていると解釈できる。

定型化・ルーティン化する日本の情報開示

一方、日本企業のサステナビリティ開示への対応は、一時の山を越えた状況にあるとも見受けられる。気候変動に関しては、2017年6月のTCFD最終提言や、そのプライム上場企業への義務化(2022年4月)、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報記載欄の新設(2023年3月期~)などにより開示が求められてきた。多くの企業が初回の検討を乗り越えたことで、サステナビリティ開示対応の作業はある程度定型化・ルーティン化しており、一部の機関投資家からは、逆に企業が何を重視しているか本音が見えにくくなっているとの声も聞かれる。

今を準備期間と捉え、本質的な検討を

それでは、サステナビリティ開示への対応は、現状の開示基準をひとたび満足させれば十分な状況にあるのだろうか。そうではなく、今後を見据え、より自社事業の特徴を捉え、戦略と整合する本質的なサステナビリティへの取り組みを検討するための準備期間とすべきである。この理由は3つある。

まず、投資家から要請される範囲の広がりが挙げられる。気候変動についてはScope3排出量をはじめ開示内容が高度化しており、気候変動以外のESGテーマ(自然資本、人的資本・人権)の開示への対応も求められつつある。

次に、重要性(マテリアリティ)の再認識が挙げられる。上記の多様な情報すべてを同程度に開示するのではなく、企業が重要と考えるものに絞る必要がある。これは開示側にとって負担の軽減につながるが、同時に「企業として何を重要と考えるか。その理由は何か」という検討を強いる。各種ESGテーマを横断的に検討し、事業の特性やありたい姿と一貫性のあるサステナビリティに対する認識を確立する必要がある。

最後に、企業の事業戦略との整合が求められていることが挙げられる。気候関連において、脱炭素への貢献と企業価値の向上の在り方を示す「移行計画」の開示が、脱炭素への影響の大きい大企業を中心に求められつつある。TCFDでもそれを受けたISSBの基準でも、移行計画の開示を「事業戦略の一側面」と位置付けている。単に開示基準を満たしただけの定型的な開示では不十分と見なされよう。

事業戦略と連動したストーリーライン構築を

では、具体的に日本企業は今何をしておくのがよいか。日本政府の温室効果ガス排出削減やSDGsの目標年である2030年が近づきつつある中で、特に気候変動について目標達成に向けて大きく政策などが動く可能性は高い。他のESGテーマにも投資家からの要請が広がる中、各国や重要なステークホルダーにおける議論の状況を把握しておく必要性は変わらない。それに加え、将来的な開示要求事項にスムーズに対応できるよう、未来の社会や自社事業を想像して、自社・社会が持続可能であるために重要なこと=マテリアリティが何かを明確化しておく。その上で、事業戦略とサステナビリティ対応を一貫したストーリーのもとで語れるよう備えておくのがよいだろう。すでに数年前に一通りの「マテリアリティの特定」を実施している企業であっても、それが幅広いサステナビリティテーマを含む形で特定されているのであれば、最新の動向を反映し、本当に重要度が高いものは何か、経営の一環として考え続けるべきであろう※3。その後、自社にとってマテリアルな課題から優先的に、国内外の規制や要請の動向を踏まえた着実な対応を進めていくことが企業価値の向上という観点から望まれている。

※1:気候関連財務情報開示タスクフォース。2017年に最終提言を公表し、企業に対し気候変動による自事業のリスクと機会に関連する財務情報を開示することを求める

※2:事業者の活動に関連する温室効果ガス排出量のうち、他社からの排出量(事業者が直接排出するScope1、他社から供給されたエネルギーによるScope2を除く量)

※3:参考 企業価値を最大化するサステナビリティ経営へ 意思と戦略に基づくマテリアリティ特定がカギ(MRIオピニオン2024年6月号 オピニオン)

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