コメ農家はみんな赤字なの?

食料安全保障と農業のキホンの「キ」(3)

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2023.7.10

全社連携事業推進本部稲垣公雄

食と農のミライ
「日本のコメ農家は赤字だ」という話はよく耳にする。その一方で 「近年、コメ農家が大きく規模拡大した」という話を聞く機会も増えた。
少子高齢化の中で後継者不足にあえぐ国内農家にとって、魅力的な就業環境の整備は欠かせない。実際のところ、日本のコメ農家はどんな状況に置かれているのだろうか?

データでみれば95%のコメ農家は赤字

2020年の農業センサスによれば、日本の農家数は107万経営体、うち70%はコメを作っている。また55%は販売額に占めるコメの割合が最も大きい※1。日本全体の農業生産額でみれば水稲は、いまや畜産や園芸(野菜など)の後塵(こうじん)を拝している。しかし経営体数ベースでみる限り、今でも日本の中心的な農産物であることは疑いようがない※2

日本全体の耕地面積は約430万haである。2015年から2020年にかけて面積の減少は約12万haで、経営体数の減少スピードに比べると、その減少率は極めて小さい。この事実は、小さい農家が廃業し、大規模農家に集積される、という流れがある程度進んできていることを示している。図1に示した通り、経営体数では3ha未満の農家が全体の84%を占めているが、経営体数で見ると、全体の3%に過ぎない大規模農家(経営規模20ha以上)だけで、実に全体の38%の面積を耕作していることになる。10ha以上の農家まで合わせれば、全体の5%の農家で全体面積の50%、3~10haも合わせれば、上位16%の農家で全体の70%の面積を耕作している状況にある※3
図1 個人経営体の営農規模別の作付面積
個人経営体の営農規模別の作付面積
出所:農林水産省「農産物生産統計」「農業センサス」データより、三菱総合研究所作成
図2は、コメ生産60kg(1俵)あたりの生産コストを、経営規模別にみたものである※4。直近の農水省の調査によれば、全国平均の卸売業者の買い取り価格は60kg当たり約1万4,000円である※5。地域や時期によってもバラツキがあるが、経験的に、販売額下限の一つの大きな目安は1万2,000円である。その前提に立つと、図2にあるとおり、10ha未満の農家は60kgあたりの平均コストが1万2,000円を越えている。これが、「基本的にコメ農家は赤字だ」といわれる所以である。10ha未満のコメ農家は、前述した通り、農家数で全体の95%を占めており、経営面積で全体の約50%を占める。この見方が正しいとすると、コメ農家の95%が赤字で、生産量の半数のコメは、赤字の状態で作られている、ということになる。

この事実は、農業界では「誰もが知る」と言っていい常識である。しかしながら、一般のビジネス界の感覚からすれば、全く理解できない事態だと言っていいのではないだろうか。本当に、この常識が真実なのかどうか。これから、本コラムシリーズで3回にわたって、その真偽を解き明かしていこう。
図2 コメ農家・経営規模別の60kgあたりの生産コスト
コメ農家・経営規模別の60kgあたりの生産コスト
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出所:農林水産省「農産物生産統計」データより、三菱総合研究所作成
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/seisanhi_nousan/index.html(閲覧日:2023年5月8日)

典型的なコメ農家4類型の経営規模

農家の経営実態を明らかにするために、典型的なタイプ分類を行ったうえで、その経営状況を確認していくこととしたい。図3で、典型的な4つのコメ農家の類型を示した。
図3 4つのコメ農家のタイプ
4つのコメ農家のタイプ
出所:三菱総合研究所
第1のタイプが、「昭和的一般農家」。35アール(以下a)(≒3.5反)程度を耕作している農家である(左上)。昭和のサラリーマン兼業農家主流の時代は、ほとんどの農家がこのタイプに属していたと考えていい。現在でも農家全体の約23%・約24万経営体(コメ農家以外も含む)が該当する。さらに「自給的農家」といわれる30a未満の、より小規模な農家も全国に70万経営体ほど存在する。これらも類似した状況にあると考えてよいだろう。

第2のタイプが1.7ha(≒1.7町)(1ha=100a)ほどを耕作する農家である(右上)。ここでは「平成的兼業農家」と名付けた。昭和であればこの規模ならば、「かなり大きい農家」といえる。自営業の兼業農家、あるいは60歳以上の年金を受け取っている層の一部が専業的に取り組んでいた規模でもある。平成の後半から令和の時代における兼業農家としては、上限の規模だといえるだろう。現状ではタイプ2(1~3ha規模の農家)は、全体の約31%・約34万経営体を占めている(このタイプ1とタイプ2の間の0.5ha~1ha層にも約32万ほどの経営体が存在している)。

そして第3のタイプが20ha弱を耕作する「平成的専業農家」である(左下。農水省の農産物生産統計の15~20ha規模の農家の平均面積、17haで例示)。17haという規模は東京ドーム4つ分に相当する。昭和時代にはめったに存在しなかったような規模であり、平成時代に増加した大規模農家だといえる。ただし、近年ではより大型化が進んでいるため、必ずしもこの規模を、大規模農家とは言わなくなってきている。

最後のタイプが「令和的大規模農家」で、30ha以上耕作する農家である(右下。農水省の統計上の一番大きいカテゴリー(50ha以上)の耕作面積にあわせて、63haで例示)。タイプ3、タイプ4とも経営体数でみると、それぞれ全体の1%にも満たない。

職業として成り立つには15ha以上の経営が必要

図4では、売り上げを60kgあたり1万2,000円と仮定して、各タイプ別の利益を算出してみた。推定利益1でみる限り、十分に利益があがるのはタイプ4だけであり、この層であれば1,600万円の利益が見込める。同様にタイプ3では280万円の利益が生じ、タイプ2と1では、それぞれ61.8万円と41.4万円の赤字となる※6
図4 経営規模別の推定利益
経営規模別の推定利益
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出所:農林水産省「農産物生産統計」データより、三菱総合研究所作成
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/seisanhi_nousan/index.html(閲覧日:2023年5月8日)
2020年時点で全国の107万の農業形態のうち、103万は家族経営体であり、法人化されていない(コメ農家は特にその傾向が強い)。家族経営体ではコストに含まれている家族労働費は実際には外部流出せず、農家からみれば所得として加算される。このほかにも実際には費用として発生していない自己地代費などの非外部流出コストを加算して所得として計算したものが「推定所得1」である。これをみると、タイプ3の推定利益は約767万円となる。実際にこの規模の経営体は、家族のみ(家族以外の労働があったとしても非常に限定的な外部委託)で営農されている場合が多い。農村であれば家族所得767万円は十分生活できるレベルだといえるだろう(もちろん、価格や収量が10%下がれば、200万、15%上がれば300万円所得低下に直結するため、決して安定的な水準といえるものではない)※7

タイプ2の経営体でも推定所得1でみると黒字に転換する。しかしながら、400時間の労働投入に対して23万円の所得というのは、決して採算が見合うものではない。さらにいえば、タイプ1や1ha未満の農家は所得レベルでみても赤字となる。これらの層が経営体数で全体の50%以上を占める。やはり、半数を超える農家が所得レベルでも赤字なのである。この中間に位置付けられる3~5ha、5~10ha農家でも、年間683時間、959時間もの時間を費やしているのに見合うだけの所得が得られているとはいえないだろう※8

農業経営体の大規模化・土地利用型農業における大規模農家への農地集積の必要性が叫ばれる背景には、ここまで述べてきたような現況がある。農業を持続的な職業にしていくには、農業経営体の大規模化は不可欠だといえる。

しかしながら、一方で不思議におもわれる読者も多いのではないだろうか。全体の50%以上の小規模農家は、利益ベースでも所得ベースでも赤字である。それにもかかわらず、営農を継続している。これまでよく言われてきたのは、「農家は兼業農家が多く、ほかに所得があるから」という説明である。しかしながら他に所得があるからといって、誰が好き好んで赤字の事業に取り組み続けるのだろうか。なぜ、赤字にもかかわらず、多くの農家はこれまで営農を継続してきたのだろうか。(次回コラム食料安全保障と農業のキホンの「キ」(4)に続く)。

※1:2020年農業センサス:日本全体の農業経営体数は107万、うち103万が個人経営体。5年で30万経営体、10年で60万経営体が減少している。ここでいう農業経営体とは、経営耕地面積が30a以上あるなど、一定の規模がある農家(主として「販売農家」)をさしており、それ以下の規模の農家は「自給的農家」と定義され、約70万の自給的農家が存在する。

※2:2020年度の国内農業産出額は約9兆円。うち36%が畜産、25%が野菜で、コメは18%と第3位。

※3:10ha以上農家でいえば、経営体数で5%のこの層の農家が、全体の約50%の生産を担っている。この層がおおむね「主業的農家」といわれる農家だが、酪農、畜産、野菜などの水稲農家以外では、近年、主業的農家が経営体数でも過半を占め、全体の8割以上の生産を担うようになっている。水稲だけが、いまだに例外的に零細農家が多数存在する状況だといえる。

※4:図2のグラフの元データは次の通り。本来であれば、家族経営体と法人経営体のそれぞれのデータを使って計算すべきだが、煩雑になるため、本コラムでは家族経営体のデータのみを使っている。そのため、あくまで全体感を把握するためのものであり、概算結果だと理解されたい。

参考 水稲・経営規模別 経営面積・収量・生産コスト
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出所:農林水産省「農産物生産統計」データより、三菱総合研究所作成
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/seisanhi_nousan/index.html(閲覧日:2023年5月8日)

※5:農林水産省「令和4年産米の相対取引価格・数量(令和5年4月)」 
https://www.maff.go.jp/j/seisan/keikaku/soukatu/aitaikakaku.html

※6:「稲作農家は補助金が多いと聞いているが、所得に補助金は入らないのだろうか」と疑問があるかもしれない。その疑問にここで答えておきたい。結論的に言うと、「主食用米に補助金はでない。ただし、コメ農家は、主食用米とそのほかの転作作物の組み合わせで営農されている場合が多く、後者に対して、補助金が支出される。その補助金の水準は、収支が主食用米で全て営農した場合と同程度になるように設計」されている。したがって、全体の売り上げと利益に影響はないため、本コラムでは主食用米だけを営農していると仮定して、収支を算出している。ちなみに概算ではあるが、飼料用米であれば、売り上げの8割から9割は補助金、小麦であれば、半額ぐらいが補助金による売り上げになるだろう。

※7:5年から10年ほど前までは、20ha弱あれば相当な大規模経営であり、家族経営であれば十分に経営が成り立つ農家が多かったが、近年は「その規模ではかなり厳しくなっている」という声を聞くようになった。最近の現場の実感としては、30haぐらいが、しっかりと経営を成り立たせられる規模の一つの目安になっているようである、ということを付言しておく。

※8:ちなみに、全体の労働時間と家族労働時間の関係をみると、タイプ1・2の3ha未満までは、年間の全労働時間が400時間程度まで(かつほとんどが家族労働)であり、タイプ2でいえば、月当たり約35時間と、兼業でなんとか対応できる労働時間だといえる。5~10haぐらいの農業がある意味一番中途半端で、年間1,000時間ぐらいの労働時間となり、サラリーマンによる兼業は現実的ではない。これより上のタイプ3の15~20haや30haまでの農業の場合も、その労働の大半は家族によって担われており、家族労働中心で営農するのが一般的な規模だといえる。それ以上の30ha以上の規模になってはじめて、家族的な経営ではなく、外部雇用により営農される農業となる。
なお、タイプ2を「平成的兼業農家」と名付けたが、図4における労働時間はあくまで、平成後期から令和時代の現代化した農業機械や資材を利用することを前提とした労働時間である。タイプ2の10aあたりの投入労働時間は現状は約25時間だが、1960年代前半では約150時間(10aあたり)、70年代終盤でも同60時間を超えていた。60年代、70年代であれば現在の年間400時間に対して、60年代前半であれば5倍の2,000時間、70年代終盤でも2.5倍の1,000時間程度の時間が必要だったと推定される。60年代前半であれば、この規模はほぼ専業農家でしか対応できなかった規模だといえるだろう。