マンスリーレビュー

2022年12月号特集1エネルギー・サステナビリティ・食農

あらためて食料安全保障と向き合う

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2022.12.1

政策・経済センター山本 奈々絵

政策・経済センター木村 元則

POINT

  • 国内農業生産力の維持と流通の高度化・効率化が鍵。
  • 世界の食料生産・流通のカーボンニュートラルにも寄与を。
  • 日本はフードテックによる大変革で世界に先駆けるべき。

世界需要は3割増、国内生産力は半減

当社の推計によると、途上国や新興国の人口増加や生活水準向上により、2050年の世界食料需要は2020年比で1.3倍となる見込みだ。20世紀の技術革新で農業生産性は大幅に高まったが、自然資源の消費と窒素・リン循環阻害、将来の気候変動による生産減少も懸念される。さらに米中を中心とする世界の分断やロシアによるウクライナ侵攻など不安定な国際情勢もあいまって、食料安全保障への注目が集まっている。

日本では安全保障策として、食料自給率の引き上げが挙げられることが多い。しかし当社推計によると、現状のままで行けば生産者の大幅減を受け、2050年の農業生産額は2020年の半分にまで減少する(図)。自給率引き上げは困難と考えるのが自然だ。生産者の大規模化や経営強化、新規参入促進などを大胆に進め、現状の生産力を維持するのが精いっぱいであろう(詳細は特集2「2050年の国内農業生産を半減させないために」)。
[図] 目指す将来像と現状延長との違い
[図] 目指す将来像と現状延長との違い
出所:三菱総合研究所

農業にもカーボンニュートラル

このため、国内の食料調達の多くは引き続き輸入に依存せざるを得ない。食料安全保障の観点からは、日本が食料調達のための経済力を維持するとともに、調達先との関係強化や調達の分散化などが不可欠だ。さらに新たな課題としてクローズアップされているのが、食料生産・流通システムのカーボンニュートラル(CN)である。

食料生産・流通システムからの温室効果ガス(GHG)排出量は思いのほか多く、世界全体の31%に相当する※1。これまで家畜の消化・排せつや、水田から出るメタンなどは、生理現象に由来するとともに農業特有であり、早くから問題視されてきた機械・設備エネルギー起源のCO2削減に比べ、排出抑制の技術開発が遅れがちだった。

輸入依存度が高い日本にとって国内はもちろんのこと、世界の食料生産・流通システムのCNをリードすることが、自国の食料安全保障につながるといえる(詳細は特集4「食料由来の温室効果ガス削減で世界に先駆け」)。

国内流通システムの機能向上と効率化が重要

国連食糧農業機関(FAO)による「フードセキュリティ」の定義※2では、食料安全保障には量的な需要を充足させるだけでなく、必要性と嗜好(しこう)に合った食料を安全かつ安定的に消費者へ届けることまでが含まれる。

国内流通には「2024年問題」※3という大きな課題がある。農産物流通については近年、生産者と消費者を直結させる新たな流れが増えつつあるものの、依然として卸売市場が大きなポーションを占めている。2024年問題への対応を契機として卸売市場改革を進めることも、日本の食料安全保障上の重要な課題だ(詳細は特集3「食料安全保障は『届け続ける』ことが不可欠」)。

食卓を大変革するフードテックの可能性

フードセキュリティ確保に向けては、以上述べてきた「国内生産力の維持」「世界食料システムのCN」「流通の高度化・効率化」の3つの課題に加え、食料の生産・加工・流通における革新的技術である「フードテック」の活用が不可欠だ。

特に、持続可能な食料システムを実現する技術は将来、食卓の景色を大きく変えると期待されている。例えば、世界の食料需要を押し上げ環境にも大きな負荷を及ぼしている畜産物について、その主要な栄養素であるタンパク質を代替物で賄えるようになれば、どうなるだろうか。

世界で消費される牛肉・豚肉・鳥肉の増加分全てを大豆由来の代替肉に置き換えると仮定すると、現状延長であればタンパク源※4と飼料用穀物が2020年比37%増となるところを同26%増に抑制できる。大豆消費が1.8億トン増える一方で飼料用穀物消費が大幅に減り、14.5億トンから11.5億トンに抑制されるからだ。

こうした代替タンパクの浸透に加え、特集4で述べるような持続可能な農業生産方法を組み合わせることで、需要抑制と環境負荷低減を図りたい。

日本人は古来、大豆由来などの植物性タンパクや魚類を多く摂取してきた。戦後は食の欧米化に伴い、国内の畜産物生産技術も確立されてきた。こうした経緯からすると、日本はフードテック競争を食文化と技術の面でリードできると考える。

ただし画期的な技術が開発されても、消費者に選ばれなければ浸透しない。食料生産・流通におけるサステナビリティに関する情報開示や表示など消費者の判断を助け行動を促す仕組みも重要であり、世界に先駆けて実装すべきだ。

危機を直視し中長期的な観点で課題を捉えたい。そして成果を世界と共有することで、日本独自のフードセキュリティ実現を目指したい。

※1:食料システム由来のGHG排出量には、森林減少などの土地利用変化による吸収量減少分が含まれる。 

※2:FAOほか「世界の食料安全保障と栄養の現状2018」によると「すべての人がいかなる時にも、活動的で、健康的な生活に必要な食生活上のニーズと嗜好を満たすために、十分で安全かつ栄養ある食料を、物理的、社会的及び経済的にも入手可能であるときに達成される状況」とされる。

※3:働き方改革の一環として、2024年4月からトラックドライバーの年間総拘束時間の上限が3,300時間となる。業態別では農産物流通への影響が最も大きいとされる。詳細は特集3「食料安全保障は『届け続ける』ことが不可欠」参照。

※4:タンパク源には、牛・豚・鳥・羊・ヤギ・魚類・卵・乳などを含む。168カ国のデータを基に当社推計。