マンスリーレビュー

2022年12月号特集3食品・農業

食料安全保障は「届け続ける」ことが不可欠

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2022.12.1

経営イノベーション本部森 直樹

政策・経済センター稲垣 公雄

食品・農業

POINT

  • 生産だけではなく「届ける」ことでフードセキュリティは成立。
  • ドライバーの働き方改革が農水産品の輸送を直撃する恐れ。
  • このピンチをきっかけに卸売市場の本格的な改革を進めたい。

「量」だけではなく「流通」も肝要

意外に思われるかもしれないが、2021年度における世界全体の小麦やとうもろこしの生産量は、前年度よりも増加したと見られている※1。ロシアに侵攻されたウクライナは世界第5位の小麦輸出国ではあるが実際の輸出量は2,000万トン程度と、世界全体の生産・消費量約8億トンからすればわずかでしかない。それでもこれだけの食料価格高騰が起こっている。

食料価格の高騰による食料危機が意識される状況では、どうしても「量」が注目されがちだが、実際には「流通」の問題である場合が少なくない。食料安全保障上、最も重要な観点は「なるべく多くを国内自給する」ことではなく、「誰からどのように調達しているか」である。

その意味では米国、オーストラリア、カナダ、ブラジルなど国内自給率が200%を超えるような友好国から小麦、とうもろこし、大豆などの主要穀物を輸入している現状を見るかぎり、日本で穀物が急に大きく不足するような事態は考えにくい。

一方で国内に十分な量の食料が存在していたとしても、フードセキュリティ上の問題が発生する場合もある。十分な量があっても、行き届くとは限らないからだ。「食料安全保障」という言葉を使うと、どうしても「有事の対応」のイメージが先に立つ。しかし、国連食糧農業機関(FAO)が定めた本来のフードセキュリティは「いつでも」「誰でも」「栄養だけではなく文化的にも」「食生活が満たされる」ことを目指している。

例えば、「貧困により十分な食料を得られない家庭が増えている」ことも、価格や流通に関するフードセキュリティ上の問題である。

さらに近年、農業経営体を存続させるために、原材料と資材の値上がり分を農産物価格へ適正に転嫁すべし、という議論がでている。しかし、フードセキュリティ全体の課題を解決するには、有事の際への対応や農業経営体の維持といった特定の要素について考えるだけでは足りない。「届け続ける」ためには何が必要なのかを総合的に判断することが不可欠である。
[図] 食料安全保障の考え方
[図] 食料安全保障の考え方
出所:FAOの資料を基に三菱総合研究所作成

物流の「2024年問題」で大打撃も

全ての消費者に安全で安心な食料を届ける上で最大の課題となりうるものに「2024年問題」がある。働き方改革の一環として2024年4月から、トラックドライバーの年間総拘束上限が3,300時間となることから、最大で14%余りの輸送能力が不足し、4.1億トンの荷物が運べなくなるという※2

厚生労働省によれば、影響を最も強く受けるのが農産・水産品物流業界である。トラック業界全体でみれば、現状で3,300時間を超えて勤務しているドライバーは3割に満たないが、農産・水産品出荷団体を荷主とするドライバーは、この比率が6割以上と突出して高い※3。この影響を最も強く受けるのが卸売市場である。

卸売市場はピーク時の半分に当たる約1,000カ所まで減少しているものの、現在も国産青果物の約8割、水産物の約5割が経由し、取扱額合計は6兆円を超えている。2024年問題は商品の円滑な出入りを阻害して農産・水産品物流のハブとしての卸売市場の機能を大きく損なわせる懸念がある。

「前門の虎」を卸売市場の改革につなげる

卸売市場の関連法は社会の変化に合わせ改正が繰り返されてきた。2020年の改正では、国が積極的に整備を推進するという方針が大きく転換され、開設基準緩和や取引ルール自由化などが行われた。あわせて、国から地方自治体に権限も委譲された。

卸売市場は経営が厳しく、中長期的に広域連携や再編・統合、デジタル化による業務・経営の効率化を迫られている。今回の法改正では民間活力を導入しやすくなった一方、国から地方に権限が委譲されたことで、こうした大きな改革が進みにくくなった面もあるのではないか。

差し迫った最大の関心事である2024年問題を「前門の虎」と捉えるだけではなく、より構造的で大きな「後門の狼」である広域化・デジタル化を解決する契機としたい。

例えば2024年問題への対策として検討されている業者や市場間でのパレット共通化※4やICT化などによる「標準化」が進めば、卸売市場の連携が後押しされる。そして、さらなる広域化・デジタル化が期待できる。

2024年問題を奇貨として、卸売市場や食の流通の高度化、効率化を加速させたい。こうした卸売市場の変革が円滑な流通を促し、食料危機の回避にもつながることになる。

※1:米農務省が2022年9月に発表した需給報告より。年度の取り方は品目や地域により異なる。例えば、米国では小麦の年度はその年の6月から翌年5月まで、大豆やとうもろこしは9月から翌年8月までとなっている。

※2:経済産業省などの「持続可能な物流の実現に向けた検討会」第2回会合(2022年10月6日)にNX総合研究所が提出した参考資料より。

※3:厚生労働省(2021年3月)「自動車運転者の労働時間等に係る実態調査事業 報告書」。

※4:農林水産省(2022年4月)「青果物流通標準化ガイドライン骨子」。