マンスリーレビュー

2022年12月号特集4エネルギー・サステナビリティ・食農

食料由来の温室効果ガス削減で世界に先駆け

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2022.12.1

政策・経済センター堀留 千恵子

サステナビリティ本部安川 夏子

POINT

  • 日本で消費される食料由来の排出量は国内農業生産分の2倍以上。
  • 国内での排出削減だけでは持続可能な食料調達は困難。
  • 排出削減技術の輸出国として世界をリードする存在へ。

世界での食料由来のGHG排出は3割

国連食糧農業機関(FAO)によると、2019年の世界の温室効果ガス(GHG)総排出量の31%が食料システムに由来する。農業生産はその4割超、全体の13%に当たるGHGを排出している※1。特に温室効果の高いメタンや一酸化二窒素(N2O)は、排出の半分以上が農作物や家畜に起因している。農業生産の環境負荷削減は重要な課題だ。

世界的な食料需要増に対応して従来の手法で生産を増やせば、2050年のGHG排出量は2020年比1.3倍となる見込みだ※2。カーボンニュートラル(CN)達成はますます困難となる。

食料サプライチェーンのGHG排出削減を進めていく上では、まずは最も大きな割合を占める「農業生産」の環境負荷を適切に把握し、早急に対策を講じていくことが重要である。

日本で消費される食の環境負荷は大きい

日本の農林水産業におけるGHG排出量は約47メガトン(Mt)CO2※3である。国内総排出に占める割合は4%で、世界全体の13%よりもかなり小さく見える。しかし、日本が農産物や飼料・肥料の多くを輸入に頼っていることを忘れてはならない。「日本で消費される食料の生産」には、より多くの環境負荷がかかっているのだ。

当社は、国内生産分に輸入食料の生産分を合わせたGHG排出量を96MtCO2、飼料や肥料の製造分まで含めると108MtCO2と推計している。これは国内総排出量の9%程度に相当する量であり、食料生産自体による排出量の2倍以上となる(図)。

国のGHG削減目標値は国内排出量に基づいて設定されている。だが自国の食が海外に支えられていることに鑑みると、日本には、世界の食料生産全体を持続可能なかたちにしていくことをけん引する責任があるといえる。
[図] 日本の食がもたらすGHG排出量
[図] 日本の食がもたらすGHG排出量
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出所:各種文献に基づき三菱総合研究所試算

農業からの排出削減で世界をリード

農林水産省の「みどりの食料システム戦略」では2050年目標の一つとして「農林水産分野のCO2ゼロエミッション化」を掲げている※4。一方、メタンとN2Oでは、2030年目標として数%の削減を設定するにとどまっている※5。2019年度の農林水産分野における国内GHG排出量の内訳(CO2換算)は、燃料燃焼などによるCO2排出が約3割、家畜の消化管内発酵や稲作などによるメタン排出が約5割、家畜の排せつ物管理や農業用地の土壌に起因するN2O排出が約2割となっている。

畜産や稲作といった非エネルギー起源の排出量が7割程度を占めるにもかかわらず、大きな削減目標設定には至っていない。2050年のCN達成に向けてはCO2だけでなく、農業に特有なメタンやN2Oの排出削減も強化していくべきだ。

例えば、家畜由来のGHG削減に向けた有望な手法として、牛の給餌改良による消化管内発酵抑制が挙げられる。日本の研究ではカシューナッツの殻から抽出した液体を利用した製剤を乳牛に与えれば、20〜40%程度のメタン低減効果があるとされている※6。日本で消費される全ての畜産物の生産に同様の技術が適用された場合、2.5〜5MtCO2程度のメタン削減効果が見込める。

稲作に関しては、水管理の適正化による水田からのメタン発生抑制が有望である。農業環境技術研究所によると、土を乾かすための「中干し」を通例よりも1週間延長すると、メタン発生量が約30%削減される※7。全国の整備済みの水田で導入した場合、2.4MtCO2程度のメタン発生抑制効果が期待できる計算になる。

世界に先駆けてこれらの技術開発を進め、将来的にはGHG削減への貢献を炭素クレジット取引などにつなげれば、国内外のGHG削減に寄与するだけでなく、農畜産業関係者の新たな収入源を確立できる可能性がある。

さらに、稲作の盛んなアジア諸国への技術支援を通じて、各国との関係を強化できれば、食料安全保障上も重要な意味をもつ。

有望な排出削減技術は、ここに挙げた以外にも数多く存在する。GHG削減効果や経済的インパクトなどを多面的に評価した上で、優先して取り組むべき分野の技術開発と普及を早急に進めていくことが望まれる。食料は輸入に頼らざるを得ない日本だからこそ、食料生産を支える技術の「輸出国」として、世界をリードする存在でありたい。

※1:FAO(2021年)“FAOSTAT Analytical Brief 31”からの統計。

※2:特集1「あらためて食料安全保障と向き合う」参照。

※3:メガは100万。この場合は二酸化炭素(CO2)に換算すれば4,700万トンに当たるという意味である。

※4:農林水産省(2021年5月)「みどりの食料システム戦略(参考資料)」。

※5:農林水産省(2022年5月)「みどりの食料システム戦略(参考資料)」。

※6:真貝拓三ら(2014年9月)「カシューナッツ殻液を利用した乳用牛からのメタン低減技術」(栄養生理研究会報)。

※7:農業環境技術研究所(2012年8月)「水田メタン発生抑制のための新たな水管理技術マニュアル」。