コメ農家が赤字でもコメを作り続ける理由

食料安全保障と農業のキホンの「キ」(4)

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2023.7.12

全社連携事業推進本部稲垣公雄

食と農のミライ
コメ農家の95%は赤字にもかかわらず、コメ生産を続けている。所得ベースでみても、半数の農家が所得赤字である。なぜ赤字にもかかわらず、多くのコメ農家はコメを作り続けてきたのだろうか。

コメ農家4類型ごとの耕作農地の状況

前回コラム「食料安全保障と農業のキホンのキ(3)」では、経営規模に応じて典型的なコメ農家の4タイプを類型し、それぞれの分析を通じて国内農家が直面している課題を概観した。
図1 コメ農家の4類型(前回コラムから再掲)
コメ農家の4類型(前回コラムから再掲)
出所:三菱総合研究所
今回コラムではさらに、もう少し踏み込んだ、中小零細農家の経営の実態をみてみよう。

前回も言及した通り、統計上、日本のコメ農家の95%は赤字(売り上げより外部流出した必用経費の方が大きい状態)であり、所得ベースで見ても半数が赤字であることがわかった。典型的な4つの農家タイプでみると、職業として成り立つのはタイプ3と4だけだと考えていい。
図2 典型的な4つの農家タイプの生産量・コスト・売り上げと利益
典型的な4つの農家タイプの生産量・コスト・売り上げと利益
出所:農林水産省「農産物生産統計」データより、三菱総合研究所作成
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/seisanhi_nousan/index.html(閲覧日:2023年5月8日)
それぞれの農家タイプが、どのような農業を行っているかを示したのが、図3である。
タイプ1の「35a程度の水田を耕作する農家」の場合、35a 1枚(1筆)で耕作している場合もあるが、通常は3~4カ所に分散した10a以下の農地を複数所有して耕作している場合が少なくない(戦後の農地解放によって、地主所有の農家が600万戸におよぶ全農家に配分された時の状態が、今でも続いている状態である)。同じ集落の中に農地があるとも限らず、数キロ離れた場所に所在していることもある※1
図3 4つの農家タイプの営農イメージ
4つの農家タイプの営農イメージ
出所:農林水産省「農産物生産統計」データより、三菱総合研究所作成
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/seisanhi_nousan/index.html(閲覧日:2023年5月8日)
一方でタイプ2やタイプ3の農家になると、少なくとも昭和期の農地改良を終えた1枚(1筆)あたり、20~30a程度には集約された水田を耕作している場合が多い。中には平成期の農地改良により、1枚当たり1~3haという大きな水田で耕作している農家もでてくる(1ha=100a)。これがタイプ4の農家になると、むしろ、そういう農地が中心になり、平均すれば1枚当たり50a程度には大きくなった農地での耕作が中心になる場合が多いだろう。

タイプ3の農家でみれば、1枚あたり35a(60m×60m四方)だとすると、約50枚に分かれた水田を耕作していることになる。しかも多くの場合、この農地が1カ所に集まっているわけではなく、とびとびの場所に所在していることが多い。

仮に17haで1枚の水田があるとしたら、その外周は400m四方で1.6kmである。これが1ha×17枚(筆)だとあぜ道の全長は6.8kmとなる。あくまで単純計算だが、35a×51枚と仮定すると、その全長は12.2kmになる。日本国内の水田農業の生産性改善の限界がここにある。

つまり日本の農家が「17haの水田を耕作」する時、多くの場合、50カ所の農地を渡り歩きながら耕作していることにほかならない。より具体的には図3のイメージ図を参照されたい。ある地域の水田を誰が耕作しているかを色分けしたものである。50枚の耕作地が完全にバラバラになっているわけでないが、かなり分散しているのも事実である。これに対して、カリフォルニア米を作る米国のコメ農家ならば、17ha程度であれば、1枚の水田である場合が少なくない※2
図4 日本の水田地帯における耕作状況イメージ図
日本の水田地帯における耕作状況イメージ図
出所:三菱総合研究所

コメ農家4類型別に見た労働力投入の概況

このような土地条件下で、日本の水田農業ではどの程度の労働投入時間がかかっているかを確認しよう。

図3に示した通り、農水省の統計に基づけば、タイプ1の農家の労働投入時間は年間約160時間、タイプ2では約420時間であり、両タイプともそのほとんどが家族労働である。1日の労働時間を8時間とすれば、タイプ1が20日間、タイプ2が52日間となる計算だ。タイプ1は土日を10回(あるいは毎週3時間程度の農作業)、タイプ2は年間の土日の約半分(毎週であれば、土日のどちらか1日)を農業に費やすようなイメージである。そのように考えるとギリギリ兼業農家で営める規模は、タイプ2だといえるだろう。

一方で、タイプ3は全体で2,500時間、家族労働が2,000時間である。50~70歳代の世帯主が中心となってフルタイムで働き、その家族が少しサポートをして営農するスタイルが典型的なパターンである。30ha程度のコメ農家だと、先代の70歳代のおじいさんと現在の中心となる50歳代の担い手の二人で営農しているというケースもよく見かける。

赤字でも零細コメ農家が農業を続けてきた理由

タイプ1の35a農家の状況をまとめると、「年間20日ぐらいの土日をつぶして農作業(あるいは毎週3時間程度の農作業)」を行い、結果として「28俵・1.57トンのコメを生産」する。そのコメを農協(JA)などの卸売業者に全部販売したとして、「約11万円の所得赤字」の農業をやっている、ということになる。なぜ、このような状態を農家は続けているのだろうか。もちろん、高齢化で離農していく農家も多い。しかし逆に言えば、高齢になって続けられなくなるまでは、少なくない農家が、こういう農業を続けてきたわけである。その理由はどこにあるのだろうか。

「先祖伝来の農地を守る必要がある」「地域で暮らす住民同士の眼があって、農地を荒らすことはできない」など、定性的・感傷的な説明を聞くことはあるが、あまりにも経済合理性に乏しいように思われてならない。

実は、あまり表には現れない、経済合理的な理由が存在している。ポイントは2つある。第1のポイントは、兼業農家であれば、農業の赤字をサラリーマン所得と損益通算(赤字の所得を他の黒字の所得から差し引くこと)することによって、ある程度はカバーできるということである。タイプ1の農家で確定申告時の事業赤字が41万円であるとすると、仮に300万円程度の給与所得が別にある場合、おおよそ7~8万円程度は、所得税住民税などが減額される可能性が高い※3
図5 消費者価格で販売できた場合の所得:タイプ1農家
消費者価格で販売できた場合の所得:タイプ1農家
出所:農林水産省「農産物生産統計」データより、三菱総合研究所作成
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/seisanhi_nousan/index.html(閲覧日:2023年5月8日)
第2のポイントは、消費者に直接販売することによって、実質的な赤字が減少するということである。これまで見てきた所得赤字11万円の前提は、売上価格を農協などに販売する卸売価格(60kgあたり1万2,000円)でみた場合の理論値である(手元にはコメが何も残らず、所得赤字が11万円だけ残る、というある意味非現実的な状態)。近年、大規模農家でも消費者への直接販売が増えているが、小規模農家では、昔から消費者と直接取引されるケースが少なくない。仮に、売上価格が全て消費者価格並みになった場合の所得を計算すると、約8.6万円のプラスとなる(60kgあたり1万9,000円)。もちろん、実際に28俵全てのコメが消費者価格で販売できるわけではない。逆に、必ず必要となる自家消費分(ある意味、このために生産しているともいえるだろう)の売り上げはむしろゼロとなる。仮に、自家消費分を5俵として売り上げゼロ、残り23俵のうち10俵を同1万9,000円、13俵を同1万2,000円で販売したと仮定すると、所得赤字は約10万円で、自家消費のコメが手元に5俵残ることになる。現物のコメが5俵手元にあることを価値ベースで考えれば、この時点で、実質的に収支トントンである。また前述のとおり、サラリーマンの兼業農家であれば、この程度の赤字であれは確定申告時に税金還付で相殺される可能性も高い※4

さらにタイプ2の1.7haの兼業農家について同様に試算すると、全てが60kgあたり1万9,000円で販売できた場合、理論上の所得は約124万円のプラスとなる。実際には個人農家で144俵ものコメを消費者価格で販売することは簡単ではない。仮に、自家消費を12俵、40俵を直売(同1万9,000円)、残りを一般的な販売価格(同1万2,000円)で販売したとすると、37万円の所得が残ることになる。サラリーマン所得が別にあれば、前述のとおり税金の控除が加わり、実質の所得は45万円程度になると推定される。
図6 消費者価格との対比からみた、農家の便益分析2:タイプ2農家
消費者価格との対比からみた、農家の便益分析2:タイプ2農家
出所:農林水産省「農産物生産統計」データより、三菱総合研究所作成
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/seisanhi_nousan/index.html(閲覧日:2023年5月8日)
参考までに、一定の自家消費米(6~20俵)を除いたうえで、3割程度を60kgあたり 1万9,000円で販売、残りを同1万2,000円で販売できたと仮定した場合の売り上げ、利益、所得を推定したのが図7である。
図7 3割程度消費者価格で直売できた場合の売り上げ・利益・所得の推計
3割程度消費者価格で直売できた場合の売り上げ・利益・所得の推計
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出所:農林水産省「農産物生産統計」データより、三菱総合研究所作成
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/seisanhi_nousan/index.html(閲覧日:2023年5月8日)
タイプ1やタイプ2の実際は、この推定所得2のような状況が多いと推測される。例えばタイプ2の1.7ha農家であれば、3~5戸ぐらいの元農家から農地を預かって耕作しており、その家族へ提供するだけで、20俵ぐらいの直接販売需要はあるはずだ。一方で、タイプ3やタイプ4の場合には、実際には30%の直売を実現するのは非常に難しくなる。タイプ3やタイプ4の推定所得2はあくまでも理論値であり、実際はコラム3で紹介した推定所得1のほうが、実態に近いと推測される。

以上をまとめると、統計上や確定申告上、農家の84%は赤字だが、自家消費用米の価値まで含めて考えれば、小規模農家まで含めたほぼほとんどの農家が所得ベースでは赤字ではないと考えられる、ということである。

実は収支トントンだとするならば、逆になぜ、近年、これほどまでに離農が進んでいるのかという疑問もわく。2010年から2020年のまでの10年間で、農業経営体数は170万から107万経営体まで、激減している。次回コラムではこの点を考えてみよう。(食料安全保障と農業のキホンの「キ」(5)に続く)。

※1:10a程度の小さい農地を、しかも分散して所有・耕作することは、今から考えれば非効率にしか見えない。しかしながら、1カ所で生産すること自体は効率的である反面、かんがいの不安定さや局所的な洪水の可能性などの面からみればリスクでもあった。農地解放の時点では、むしろ、あえて小さい農地を分散して所有させることが、リスク回避の意味で合理的であったといわれている。

※2:スマート農業など、農業の生産性向上が叫ばれて久しいが、日本の土地利用型農業の生産性の限界は、ほぼこの点に集約されてきているといっても過言ではない。1枚当たりの農地の狭さ、農地の所在地の分散である。この構造が解消されない限り、60kgあたりの卸売価格を1万円以下にすることは、ほぼ難しく、為替水準が大きく変動しない限り、カリフォルニア米などと直接価格競争をしていくことは、非常に困難であると言っていいだろう。
なお、農水省の生産費統計調査によれば、15~20ha農家の平均圃場枚数は71枚、30ha以上農家の平均は177枚である。単純計算で1枚あたりの面積はそれぞれ24a、35aとなる。しかしながら、登記上1枚あっても、実際には、あぜ道をなくして、2枚の水田を1枚として耕作することはよくあることである。現場調査の経験をふまえ、図2では、17ha農家の1枚当たりの面積を35a、63ha農家を50aとしてイメージ化した。

※3:サラリーマン所得が400万円程度あれば、所得赤字の11万円分はほぼ還付額で相殺されるだろう。いずれも、三菱総合研究所による概算。市町村や家族の状況などにより変わってくるため、あくまで参考値と考えられたい。

※4:60kg あたり1万9,000円は、農村でのヒアリングにより、農家—消費者の個人間取引では、実際に同2万円、同1万8,000円で取引されているケースが多いことを聞き取れたことにより、仮定的に設定した(5kgあたり約1,600円)。この仮定にあたっては、総務省(2023年4月)「小売物価統計」、東京都区部価格(コシヒカリは5kgあたり2,303円、コシヒカリ以外は同2,177円も参考とした。それぞれ、60kg換算で2万7,636円、2万6,124円)。
https://www.stat.go.jp/data/kouri/doukou/3.html(閲覧日:2023年5月24日)