食料自給率低下の主因と食料安全保障の視点

食料自給率と安全保障 第1回

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2023.1.12

全社連携事業推進本部稲垣公雄

食と農のミライ

高まる「食料自給率と食料安全保障」への注目

ロシアのウクライナ侵攻を契機とする食料価格高騰により、食料安全保障と食料自給率への注目が高まっている。国民の生命を守ることが国家の第一の役割である以上、食料安全保障は国としての最優先事項である。

しかし、「だから、現在38%の食料自給率を高めなくてはならない」という議論は、少し短絡的だと言わざるをえない。自給率は高ければ高いほどいいのか? 第二次世界大戦の直後や、江戸時代において、日本の自給率はほぼ100%だったと考えられるが、終戦直後は餓死者がでるような状況であった。江戸時代も、天候不順による大規模な飢饉(ききん)が度々起こる、非常に不安定な時代であったことは言うまでもない。

自給率低下の3分の2は「コメの消費量減少」で説明できる

図表1は農水省が発表しているカロリーベースの食料自給率の3時点の比較である※1。1998年度(平成10年度)と2019年度(令和元年度)の状況に構造的にはあまり大きな変化がないが、1965年度(昭和40年度)と1998年度(平成10年度)には明らかな違いがある。白い部分が輸入に頼っている部分であり、この面積が大きくなっていることがわかる。小麦や魚介類など、横の変化が大きい品目もあるが、よく見ると、縦の変化の方が大きく、実は、約30%の自給率低下のうち20%弱が「コメを食べる量が減った」分で説明ができる※2

コメの消費量は、昭和30年代のピーク時は1人当たり年間120kgだったが、現在は年間約50kgと半分以下になっている。年間120kgは、おおむね毎食ごはんを2膳ずつ食べる量になる。要するに昭和30~40年代前半の日本人は、主食はほぼコメしか食べていなかった。

コメの消費減の理由としては一般に言われるように食に対する嗜好(しこう)の西洋化・多様化、という面もあるだろうが、もう一つの要因として「価格が高い」ことが指摘できる。小麦を代表とする「安い輸入食品を選べるようになった」結果、日本の消費者は輸入食品を選択するようになった。詳しくはあらためて述べるが、実質的に昭和40年代から現在にいたるまで、コメの総生産量の政策的コントロール(ないし誘導)と、価格維持政策は継続している。

もし、同じように作れる料理であるならば、コメを原料にするよりは、小麦を原料にする方が安いため、食品製造業や外食産業からすれば、小麦を使った製品開発の方によりインセンティブが働くと考えられる。すなわち、食料自給率の低下は、政策による一定程度の誘導を前提とした、国民の選択の結果だと考えることができる。
図表1 供給熱量ベースの食料自給率の変化
供給熱量ベースの食料自給率の変化
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出所:農林水産省「令和2年度 食料・農業・農村白書」(全文PDF版 p.64)
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r2/pdf/zentaiban.pdf(閲覧日:2022年12月20日)

金額ベースの食料自給率はそれほど低くない

上記の自給率低下はカロリーベースの話である。図表2にある通り、現在でも金額ベースの自給率は66%であり、この水準は、ヨーロッパ諸国と比べても、著しく低いわけではない。そもそも、「カロリーベースの食料自給率」を算出している国は日本や韓国などに限られている。世界各国のカロリーベースの数字としてよく見られる数字のほとんどは農水省が試算しているものだ。世界のほとんどの国は、カロリーベースよりも、金額ベースの自給率を重視していると考えてよい。

昭和40年代から現在までの「農業生産総合指数」はほぼ横ばいと推定される。要するに、国内で生産される農産物総量(金額ベース)は減っていない※3。一方金額ベースの総合自給率は小幅ながら低下している。しかし、その原因は総生産量の減少ではなく、人口増などによる国内総消費量の増大によるものである。この間、コメを例外として、金額が高く取れるものに国内農業は少しずつシフトし、相対的に安価なものが輸入されるようになったため、カロリーベースの自給率はより大きく低下することになったのである。
図表2 供給熱量ベースと生産額ベースの食料自給率
供給熱量ベースと生産額ベースの食料自給率
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出所:農林水産省「令和2年度 食料・農業・農村白書」(全文PDF版 p.65)
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r2/pdf/zentaiban.pdf(閲覧日:2022年12月20日)

金額ベースでシェアが低い食品を国産化すると大きなコストがかかる

図表2において象徴的なのが小麦である。2019年度の供給熱量2,400kcalのうち300kcal以上が小麦によるもので、カロリーベースでは13%を超える。しかし、金額ベースで見ると、全体額15兆円に対して2,800億円程度と、その比率は2%にも満たない。

小麦の自給率を高めること自体は悪いことではない。しかし、現在、自給率が低いものを国内生産にシフトすることは、基本的に安く買えるものを、高く作るしかない国内生産に切り替えていこう、ということになる。輸入小麦は約500万トンの金額が2,300億円、すなわちトンあたり5万円弱である。国内での実質生産コストはどうしても同15万~20万円程度はかかるだろう。

調達全体2,800億円のうち輸入で2,300億円分を賄えている小麦を国内生産にシフトすると仮定すれば、おそらくは1兆円前後の追加コストが必要になる※4。実際には農業生産の担い手がボトルネックとなり、100万トン単位で小麦の生産をすぐに増やすことは容易ではない※5。また、大幅な生産量の増加を実現するには、より生産性の低い地域や生産者による生産も必要となるため、コストはさらに上昇すると推測される。

もちろん、「もっと国内農業の生産性を高めて、欧米やオーストラリアに対する競争力を持てるようにするべきだ」というのは1つの正論である。しかし、現時点では、いま現在のコスト構造でしか生産できない。当然ながら、農業生産者にそのコストを負担してもらい、安い価格で売ってください、ということはありえない。政策として「食料安全保障の観点から小麦の生産を増やそう」ということであれば、そのコストは政府、すなわち国民が負担することになる。

食料安全保障を考える2つの状況と3つの方法論

「食料安全保障=フードセキュリティ」は「いつ、いかなるとき」も、「単にカロリーが足りるということではなく、量的、質的、文化的に、十分な食料」を、「誰もが享受できる状態」を目指すものである※6。一般的なイメージとして「万が一の際に十分な食料がある」ということを想起しがちだが、有事だけではなく、平時も重要である。

2010年に、東京大学大学院の本間正義教授(当時)を座長とする外務省の「食料安全保障に関する研究会」は、日本の食料安全保障の方向性について提言している※7

同提言は
  1. 平時と有事の両面で考える
  2. 食料安全保障は、国内生産、備蓄、輸入の3点セットで対策を考える
  3. 現状・将来のリスクをとらえて、上記3点セットのバランスを考える

という視点を提示した上で、食料安全保障確保に向けて取るべき措置を図表3の通り、まとめている。平時において取るべき措置として、「輸入」の項目について「自由貿易の推進」と断じているところには、反対意見もあるだろう。しかし、食料安全保障を考えるにあたって、国内生産だけではなく、輸入と備蓄を含めた総合的な視点で対策を検討する必要がある、ということに異論を差し込む余地はないだろう。
その意味において、国内生産、輸入、備蓄の実態、それぞれの課題の構造を正しくとらえることが何より重要である。第2回では、そのバランスを正しくとらえるところから、あらためて確認しよう。
図表3 我が国の「食料安全保障」への新たな視座:「平時」、「有事」の分類と対応
我が国の「食料安全保障」への新たな視座:「平時」、「有事」の分類と対応
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出所:外務省「食料安全保障に関する研究会」報告書「我が国の『食料安全保障』への新たな視座」(2010年9月10日)の別紙2(p.22)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/food_security/pdfs/report1009.pdf(閲覧日:2022年12月20日)

※1:食料自給率は2021年5月発表の農業白書から引用。最新のデータは2022年5月だが、時系列比較が2022年発表分に記載されていないため、2021年5月版を参照した。
農林水産省「令和2年度 食料・農業・農村白書(令和3年5月25日公表)」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r2/index.html

※2:1965(昭和40)年度と1998(平成10)年度でコメからの摂取カロリーは全体で454kcal、国内自給分で483kcal減少している。平成10年度の総摂取カロリーに対して、それぞれ17%、19%となる。

※3:1960年から2004年まで、農水省は「農業生産指数」を算出して公表していた。農業生産指数とは金額ベースでの生産量を基準年100として示したものであり、1960~64年の農業生産指数(総合)を100とした場合、ピークの1985~89年が134、公表最終時点の2000~2004年が115であった。2020年時点と2004年時点の農業生産額はほぼ横ばいであることから、現時点の農業生産指数は、1960年頃の最も自給率が高かった頃よりも多いと推定できる。

※4:輸入小麦は政府が一元的に輸入して製粉会社などに売り渡す政府売渡(うりわたし)制度を取っており、その差額が国内小麦生産者への補助金の原資となる。詳細は、本連載の第2回以降で紹介したい。

※5:2050年の国内農業生産を半減させないために(MRIマンスリーレビュー、2022年12月)

※6:食料安全保障は「届け続ける」ことが不可欠(MRIマンスリーレビュー、2022年12月)

※7:外務省「食料安全保障に関する研究会(報告書の提出)」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/food_security/report1009.html(閲覧日:2022年12月20日)

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