マンスリーレビュー

2022年6月号特集1MaaSスマートシティ・モビリティ

ウェルビーイング実現と持続的成長のためのactfulness

2022.6.1

English version: 6 September 2022

政策・経済センター鯉渕 正裕

POINT

  • 個人のウェルビーイングを実現する鍵としてactfulnessを提唱。
  • actfulnessサービスの4つの価値により企業と地域も持続的に成長。
  • 「見える化」「つながり」によってコレクティブな取り組みの実現を。

ウェルビーイング実現の鍵を握るactfulness

近年、ウェルビーイングという言葉を目にする機会が増えた。ある程度物質的に豊かであることを前提に、心の豊かさが充実した状態を指す。岸田政権が掲げる「デジタル田園都市国家構想」でも、持続可能な環境・社会・経済と並んで、心豊かな暮らし(Well-being)の実現を目指している。

内閣府の「国民生活に関する世論調査」では、40年以上前の1979年から、物質的な豊かさよりも心の豊かさを重視する人の割合が多い状態が続いてきた※1。これは、国民の求めるウェルビーイングが十分に達成されていない裏返しといえる。

長期にわたって未達な原因は、大胆に言えば、地域住民の移動や行動を支援するサービスにおいて、技術やデータの使い道が限定的な点にある。

こうしたサービス自体にはICTなど多彩な技術が導入され、利便性や効率性の向上と低コスト化は進んだ。だが、それだけでウェルビーイングの実現は難しい。ワクワク感や他者とのつながり、自己実現、利他、社会貢献・SDGsなど、一人ひとりが心の豊かさを感じられる機会の創出と拡大のために、技術やデータを最大限活用すべきである。

加えて、既存サービスの効率化や低コスト化だけでは、消費拡大にもつながらない。生活水準が一定に達した中で、賃金が長年増えない日本国民がお金を使うとすれば、日常的な生活サービスではなく、心の豊かさをもたらすサービスに対してであろう。消費が拡大すれば、企業の投資も増え、地域経済の持続的な成長も実現される。

当社はウェルビーイングを実現する策として「actfulness」※2を提唱した。一人ひとりの価値観や生活環境に応じ、行動の機会創出や価値向上を可能とするもので、端的に言えば「ワクワクする行動を、希望するときにできること」だ。それによって、個人のウェルビーイング実現と、企業や地域の持続的成長を目指せると考えている。

actfulnessサービスがもたらす4つの価値

actfulness具現化のために、人々の潜在・顕在ニーズと各種サービスをつなげるナビゲーション機能を提供するのが、actfulnessサービスだ。ウェルビーイング実現と持続的な経済成長に必要な、4つの価値をもたらすものである(図1)。
[図1] actfulnessがウェルビーイング実現と持続的成長につながる
[図1] actfulnessがウェルビーイング実現と持続的成長につながる
出所:三菱総合研究所
価値の第1は「望みの実現(Wish)」である。潜在的ないし顕在的に「いつか実現できたらいいな」と望んでいたことがかなう。その実現はさらなる願望の創出につながる好循環を生み出す。

第2は「新発見(New)」である。自分自身が認識すらしていなかった価値に気付き、体験することだ。その際に感じる新たな喜びは大きな高揚感につながり、次なる行動を誘発する第一歩となる。

第3は「期待以上の価値の実感(Great)」である。先の2つは新たな行動を起こすことで生まれる価値なのに対し、Greatは、実行するつもりであったことの満足度を引き上げる。期待以上の価値を感じた人は、同じことをもう一度実行したり、他人に推奨したりする可能性が高まる。

以上3つの価値を体現している実例としては、森林保全を行うNPO法人「熱海キコリーズ」が挙げられる。もともとは静岡県熱海市の林業研修の受講者らで立ち上げた。現メンバーの多くは伐採の活動以外にも、多彩な本業をもっている。

活動領域の軸は伐採だが、周辺の住民に対しても森林を活用した憩い空間の提供や自然教育を行っているほか、間伐材を食器に加工して地元の飲食店に提供するなどしている。

3つの価値にあてはめると、同法人は、森林を保全したいとの願望をかなえ(Wish)、森林体験や自然教育という新たな活動(New)も実現、間伐材を食器にして地元飲食店に提供することで、期待以上の付加価値も創出(Great)している。

さらに、クラウドファンディングによる資金集めやその返礼品提供を通じて、地元以外からも支援者を獲得し、地域活性化につなげている。自分たちのactfulnessを高めてウェルビーイングを実現するだけでなく、数多くの他者を巻き込むことで、追加的な消費行動を誘発し、新たな事業機会も創出している。同法人のような活動への参加を促したり、誘導したり、拡大したりする機能が、actfulnessサービスには求められている。

こうした行動ができるよう物理的、心理的なゆとりを生み出す第4の価値「困りごと解決(Smooth)」もactfulnessサービスが提供する。時短や省力化などを通じ、行動を効率化するとともに負荷を最小化するものだ。冒頭で説明したとおり、数多くのサービスが開発・提供されてきている。

一例として、モビリティ分野で各社の取り組みが進む、あらゆる交通手段を予約から利用、決済までワンストップ化するMaaS(Mobility as a Service)アプリが挙げられよう。移動の効率化を促進することは、困りごと解決に直結するからだ。

MaaS関連では、観光地などでの体験施設と、そこに行く移動手段を一体的に予約するサービスも出てきている。actfulnessの考え方に照らせば、人々の置かれた状況や必要としているサービスの適時提供を目指すことが重要となってくる。

そうなれば新たな行動の誘発や企業のサービス提供機会の創出につながり、さらなる個人の行動を引き起こす。こうした個人と企業の相乗効果は、個人のウェルビーイング向上に合わせて、企業や地域の持続的成長も実現させる可能性を有する。

自治体と企業がコレクティブな取り組みを

ただし、地域におけるウェルビーイングと持続的成長を両立させるには、自治体が掲げたビジョンに沿って企業が個別のサービスを展開するという、従来型の連携では不十分だ。

まずは自治体と企業が、住民のウェルビーイングを実現すれば両者の持続的成長や価値向上につながることを理解する必要がある。さらに、ウェルビーイング実現という共通目標に、一体となって取り組むことが重要だ。その際には、さまざまな関係主体が複合的(コレクティブ)に協働することで効果を最大化するアプローチが求められる。

こうしたコレクティブインパクト※3は、自治体と企業との間だけでなく、競合も含めた企業間でも生じさせる必要がある。地域内で限られたパイ(市場・顧客)を奪い合うのではなく、まずはパイそのものを拡大させるために、actfulnessの考え方に基づいて相互のサービスやデータを連携・共有・統合する関係をつくりたい。取り分が増えるのであれば各社は、新たなサービスへの投資価値や市場創出の機会を見いだすことができる。

自治体も企業も、個別最適の結果を追求するだけでなく、全体最適に向けた個々の取り組みが個別の価値向上につながる仕組みとしてのエコシステム構築へと、姿勢を転換させることが必要だ。

「見える化」と「つながり」による打開を

その鍵は、参画主体の取り組み状況とゴールに向けた進捗・効果を「見える化」することと、主体間の「つながり」の2つにある(図2)。
[図2]「 見える化」と「つながり」による行動の活発化
[図2]「 見える化」と「つながり」による行動の活発化
出所:三菱総合研究所
まずは「見える化」について。センサーやAIをはじめとした技術の進展で、人々や地域の営みに関するあらゆる情報を取得して活用することが一段と容易になった。これに伴い、取り組みの効果も定量的に把握可能になってきている。

企業が他社や自治体を巻き込んで取り組みを効率的に推進するには、地域ビジョンに基づく中長期的な目標や、達成に向けたプロセスと効果を見えるかたちで共有し、各主体が自分事として捉えられるようにすることが重要である。

つまり、来店者数や事業収益、域内GDPのように、把握が比較的容易な指標だけでなく、人々の活動量や満足度なども含めた多面的な効果の把握が肝要になる。携帯端末に蓄積された行動ログからの解析やカメラ画像からの感情認識など、効果計測に活用できる技術の取り込みも大事だ。

「見える化」は個人にとっても重要な意味をもつ。移動履歴や消費購買動向、そこから浮かび上がる嗜好、志向、ニーズなどあらゆる行動やその源泉となる価値観は、技術の進化に伴い情報として把握可能になってきた。それらを一人ひとりに還元して、自分の選択した行動の結果を見えるようにすることは、行動に対する納得感を高め、さらなる行動意欲を駆り立てるきっかけになりうる。

そして、時には同じ活動を行っている人とのつながりの創出や新たなコミュニティ形成、他者の行動の誘発につながる可能性も有する。

そして2つ目の鍵の「つながり」について。ICTの高度化により、従来は実現できなかった主体間のつなぎ合わせが、異業種間でも可能になった。個人同士のつなぎ合わせも含め、地理空間上の制約を排除し、知識、スキルといったリソースの共有による連携で、人々のニーズに即したサービスの具現化が容易になってきている。

東京の大手町・丸の内・有楽町地区(通称:大丸有エリア)で当社は、SDGs達成に向けた活動を5つのテーマから推進する「大丸有SDGs ACT5」に取り組んだ。その結果として、参加者全体や社内組織別のSDGs活動量をアプリ上で把握可能にすればコミュニティの一体感が生み出され、行動誘発効果があることを確認している※4

取り組み効果に関する情報を瞬時に共有すれば、サービス改善や次なる事業展開へのアクションも迅速化できる。東京都が構築を進める情報基盤「東京データプラットフォーム」では、繁華街や店舗でのリアルタイムの混雑情報を集約して発信し、集客につなげることを試みている。


この2つの鍵については、本号特集2「『見える化』による官民共創の実現」で、コレクティブインパクト発現に向けたKPI (重要業績評価指標)設定の在り方などを紹介する。特集3「官民連携の地域通貨導入がactfulnessを後押し」では、個人、企業、地域の「つながり」を生み出す具体策として地域通貨に着目し、その動向を探っている。

当社が提唱したactfulnessが、個人のウェルビーイング実現と企業や地域の持続的成長とを両立させるヒントとなれば幸いである。