マンスリーレビュー

2022年6月号特集2MaaSスマートシティ・モビリティ

「見える化」による官民共創の実現

2022.6.1

経営イノベーション本部辻󠄀 琢真

POINT

  • 企業や自治体がウェルビーイング向上を目指す取り組みが増加。
  • 両者の目線がそろわなければ、効果的・効率的な推進は望めない。
  • 共通のKPI設定を通じた効果の「見える化」が官民共創の鍵。

自治体と企業の目線をそろえる仕組み

自治体や企業が地域住民や顧客のウェルビーイング向上を目指す取り組みが増えている。2007年に東京都荒川区が「幸福実感都市」を目指して策定した基本構想※1や、JR東日本が2017年に設立した「モビリティ変革コンソーシアム」※2は、こうした動きの典型例といえる。

だが、官民の連携・協働を通じて、企業ならではの経験やノウハウと、自治体が有する影響力や信頼を活かし、効果的・効率的に推進できているケースは少ない。中長期的な目標や、その達成に向けたプロセスの共有が、企業や自治体といったステークホルダー間で不十分なことが一因である。

一般的に、こうした取り組みを通じた目標は、企業目線では事業収益の拡大や社会・地域からの信頼獲得などである。自治体目線の目標は定住・交流人口の集積や域内GDPの増加などと考えられる。いずれもウェルビーイングを高める取り組みが起点となる点は共通しているが、何を目指すかという観点で、両者の目線は異なる。

企業と自治体が双方の目標の内容を理解した上で、プロセスの全体像を共有する仕組みが重要だ。

連携促進プロセスのモデル化

当社は、企業と自治体が連携して取り組みを推進する仕組みの構築を目指している。その一環として現在、actfulness※3による地域住民のウェルビーイング向上を通じたそれぞれの目標達成に向けたプロセスのモデル化を行っている(図)。
[図] 取り組みプロセスのモデル化イメージ
[図] 取り組みプロセスのモデル化イメージ
出所:三菱総合研究所
具体的には、actfulnessを体現したサービスの利用がどのようにウェルビーイングに影響を与えるかを定量的に分析している。さらに、ウェルビーイング向上が企業や自治体の目標達成につながる仕組みを明らかにすることを目指している。

このモデルは「サービスの認知および利用によって住民の行動量が増加し、ウェルビーイング向上に寄与する(A)」ことを前提とする。その上で、「住民の地域に対する満足度が高まる結果、企業の目標である社会・地域からの信頼獲得や、自治体の目標である人口集積、域内GDPの増加につながる(B)」というのが、基本的な考え方である。「行動量の増加が家計支出の増加を喚起することで、企業における事業収益の拡大や、域内GDPの増加につながる(C)」ことも考慮している。

ここで気を付けなければならないのは、特定の1つのサービスだけではこれらの成果は得られない点だ。複数のサービスを組み合わせることで、複合的な成果が表れる。加えて、それぞれの成果が十分に確認可能になるまでの期間も異なる。短期間で成果が表れるものがある一方、人口集積や域内GDP増加などは長い期間を要する。

同モデルはあくまで仮説にすぎない。ただ、目線の異なる企業や自治体が連携を進めていく上では、まずはこうした目標達成に向けたプロセスの全体像を共有することが不可欠である。

さらに、こうしたプロセスの進捗をモニタリングしていく際に、KPI (重要業績評価指標)を設定することも重要である。

例えば、住民の地域に対する満足度を測るには測定の手法やタイミング、頻度はもとより、それぞれの目標を踏まえ、具体的にどのような指標をモニタリングするかを両者が納得するかたちで決める必要がある。

こうした点が確定すれば、企業と自治体にとってのKPIが共通化され、両者の連携がいっそう深まると期待される。企業にとっては、アウトカムから逆算した事業開発や、事業ポートフォリオのマネジメントに応用できる可能性も考えられる。

企業と自治体の共創実現に向けて

企業や自治体がウェルビーイング向上を目指す例が増える中、目線の異なる多様なステークホルダーが連携して取り組みを推進していくことの重要性が今後ますます高まると予想される。

自治体が示した地域の目指すべき方向性やビジョンに共感する企業が主体となり、自治体や他企業も巻き込むことでコレクティブインパクトを創出し、それぞれの目標に向かって自律分散的に取り組みが進んでいくことが理想的だ。

こうした動きを加速するには、ステークホルダー間で目標自体と、その達成に向けたプロセスを共有するとともに、モニタリングすべきKPIの設定が必要となる。これらを通じて取り組みの効果を見える化し、共有していくことが、官民連携、さらには、その先にある官民共創を実現する上での重要な鍵となるだろう。

※1:正式名称は「荒川区基本構想」。策定時の2007年から約20年後を想定して「生涯健康都市」、「環境先進都市」など6つの都市像の実現を提示した。

※2:JR東日本が社会課題解決に向けて交通機関やメーカー、大学などと組んで設立。「WaaS®(Well-being as a Service)」を通じ、人々のウェルビーイング実現を目指すとしている。

※3:特集1「ウェルビーイングと持続的成長のためのactfulness」参照。