マンスリーレビュー

2021年4月号特集1経済・社会・技術

社会課題解決の新常態

2021.4.1

未来共創本部須崎 彩斗

POINT

  • 社会課題解決を実現する技術と担い手はますます多様化に向かう。
  • 多様なソリューションと参加者の組み合わせが大きなインパクトを生む。
  • 4月から「未来共創イニシアティブ」が発足、課題解決事業を共創。

1.社会課題と解決方法の新常態

(1) 見え始めたポストコロナの新常態

新型コロナウイルスの感染拡大が始まって1年あまり、なお楽観は許されないものの、ワクチン開発・接種の開始とともに、感染症対策の出口は方向が見え始めた。が、より大切なのは、社会全体の急速なデジタル化・オンライン化に代表されるポストコロナの新常態をいかに速く実現し、浸透させるかである。新型コロナで残念ながら浮かび上がった日本の弱点を克服し、豊かで持続可能な社会に結びつけたい。

コロナ対策を契機に生まれつつある新常態は、医療の領域にとどまらない。3密回避によるさまざまな制約が、テレワークやオンライン学習、遠隔診療など平時には実現に時間を要する変革を、有無を言わさず一挙に実現・浸透させた。「やればできる」ことが証明されたのである。

かつ、日常生活の各面にわたる変化が複合されることで、衣食住を含む「暮らし」全体の姿が一変し、人々の価値観も変わる。ひいては積年の社会課題、地球・環境のサステナビリティへの解決をもたらす可能性もある。21世紀の新常態は、革新的技術である「3X」※1の急速な進展と相まって、複合的(コレクティブ)な大変革の契機となる。

(2) 社会課題解決の新たな担い手

経済成長が国の命題であった20世紀には、成長がもたらした社会課題の解決もまた政府の仕事とされ、大量の資源と予算が投入された。量の成長が飽和し、質の改善が求められる21世紀には、情報と技術が課題解決の原動力となり、民間企業も大きな役割を担う。企業が担う以上、ビジネスとして成り立つ必要があり、経営上の優先順位も高まる。SDGsもESG経営も、そうした発想と軌を一にする。流れはさらに加速されるだろう。

経済社会が高度化するとともに、社会課題も、現象と原因の両面で複合・複雑化する。その解決も、画期的な一大発明というよりは、さまざまなアイデア、技術の組み合わせにより実現されるケースが増えている。担い手でも、既存の大企業よりも、スタートアップやNPOなど新興勢力の活躍が目立つ。

その一因は、AI・ロボット、クラウド技術の進展が、新しい機能・サービスを開発する期間やコストを大幅に圧縮したことにあり、小回りが利いて、失うものも少ないスタートアップ企業の活躍する場面が増えている。そこから生まれる、小さいが斬新な手法を組み合わせることが、大きな社会課題の解決にも結びつく。コストもリスクも少ないスモールスタートを起点に、その複合、コレクティブインパクトで大きな社会課題の解決を図るのが、もう一つの新常態となる。

(3) コレクティブインパクトの取り組み例

以下に、わが国で実現しつつあるコレクティブインパクトの実例をいくつか紹介する(図1)。

日本人の死因の第1位はがん、女性のがん罹患(りかん)数では乳がんが最も多い。その対策は、検診率向上による早期発見が鍵を握る。行政の検診促進策に加え、人に優しい検査機器の開発、罹患しても働き続けられる職場など、多くの要素が有機的に機能して大きなインパクトが生まれる(特集2)

コレクティブインパクトを促進する仕組み作りも重要だ。一例として、住民の社会課題への行動を見える化し、地域通貨やポイント付与の動きがある。住民、地域の店舗、金融機関、ポイント管理団体などマルチステークホルダーにより共通の価値実現を支える基盤といえる(特集3)

人手不足がネックとなっている介護事業では、ロボットやAIの活用と同時に、データを徹底収集・活用し、効果的な介護技術・科学的知見を共有知とすることが有効だ。要介護の発生を最少化し、効率化で生まれた時間を活用して、より人間的なケアの実現が可能となる(特集4)

革新的技術は大きな社会変革につながる。リスクは大きいが実現のインパクトの大きい技術の開発にムーンショットと呼ばれる手法が注目されている(特集5)
[図1]コレクティブインパクト(C.I.)実現のための多層的な取り組みと事例

2.大きな課題の解決に必要な3要素

では、大きな社会課題に対し大きな解決策を得るために必要な要素は何か。以下の3点が重要だ。

(1) 解決すべき重要課題の設定

第一歩は、解決効果(インパクト)の大きい問題を見極めることだろう。その問題が現在の社会にどのような損失、負担、コストをもたらしているか、数値化が全てではないが、それらを整理・比較して重要度・優先度を評価することはできる。

もう一つは、望ましい姿(未来像)を想定し、それと現状のギャップを埋めていく考え方で、SDGsもこのアプローチで17のゴールを設定している。例えば、第3のゴール「全ての人に健康と福祉を」をわが国に即してブレークダウンすると、「医療・介護サービスへのアクセス向上」はその重要な要素といえる。それには、「医療従事者のリソース活用を効率化する」ことが必要であり、そこに「AI深層学習技術によりMRI画像から脳疾患診断を支援する」といった課題が浮き上がってくる。ここまでテーマを具体化・細分化すれば、解決のアイデア、スタートアップの事業機会も得られやすくなるのではないか。

(2) ビジネスエコシステムの構築

大きな課題解決を得るには、多様なアイデア、ソリューション技術を統合して事業に育て上げる仕組みがあることが望ましい(図2)。これまで、わが国では政府が制度設計と予算を担い、大企業が事業を通じて課題解決を実現する例が多かったが、スタートアップや大学発ベンチャーを含む新たな担い手の存在感が増すことにより、ここにも新常態が生まれることを期待したい。それには、複数の関係者が、それぞれの技術・機能・ソリューションを持ち寄って、自律ないし自然発生的に協力・協調するエコシステムが必要だ。

こうした挑戦に対する資金調達面のハードルも低くなった。ベンチャーキャピタルに加えて、ESG投資やクラウドファンディングが急成長している。米国のシリコンバレーのエコシステムは多くの画期的なイノベーションを生み、巨大企業を育ててきたことで知られる。同じ道を歩む必要はないが、良い点は学び、取り入れるべきだろう。
[図2]コレクティブインパクトを促進する仕組み作り

(3) 自律分散・協調と個人の自己実現

社会課題解決の担い手として、政府・大企業からスタートアップ、NPOの活躍場面が増える流れを新常態のもとで加速させていきたい。遠隔地に住むことのハンディキャップが解消する中、個人の価値観や行動パターンも変わる。住む場所だけでなく、働く場所・働き方への制約も少なくなる。転職や、同時に複数の会社・組織に属することへの抵抗も減っていくだろう。

こうした個人がコミュニケーション技術によってつながり、物理的にも心理的にも自律分散・協調が進む。個人を起点としたつながりで大きなインパクトを実現し、課題解決を目指せる環境になった。一人ひとりの価値観に基づいて、社会課題解決に貢献し、社会変革や新しい価値を創出することを通じて自己実現を実感する。それが、新常態の社会における個人の幸福(ウェルビーイング)の姿になるのではないか。

3.コレクティブインパクトによる社会課題解決

(1) 未来共創イニシアティブ(ICF)の設置

当社は、従前から社会課題解決を目指す2つの会員ネットワークを運営してきた。2010年から続いている「プラチナ社会研究会」と2017年にスタートした「未来共創イノベーションネットワーク(INCF)」である。前者は、地球環境問題を克服し、高齢者が現役世代に交じって活躍を続ける豊かな地域社会(プラチナ社会)の実現を目指してきた。後者は、イノベーションとビジネスで社会課題を解決することを標榜するとともに、スタートアップの育成にも取り組んでいる。

新常態の時代に向けては、両者を統合し、より多くのステークホルダーの参画を得ることが、大きなコレクティブインパクトの創出に寄与するとの考えに立ち、この4月、「未来共創イニシアティブ(ICF) 」で新たなスタートを切る。

地域の具体的課題に取り組む自治体、製品・サービスの開発、販売のインフラをもつ大企業、最先端技術に強いスタートアップや大学・研究機関に、政策・制度面からの支援が期待される官公庁も加わる。多彩な会員の協力を得て、スコープとスピードを高め、大きな社会課題解決に向け、まさにコレクティブインパクトを狙うものである。

(2) ICF取り組みの意義と当社の決意 

2つの会員ネットワークの統合は、コロナ禍が顕在化する以前から検討してきた構想だが、感染症という「禍(わざわい)」を転じて新常態への加速という「福」となし、日本復活への好機とする(天の時)。

親和性の高い2つのネットワークと幅広い会員層を融合し、当社は引き続き事務局としてネットワークのハブ機能、会員間の連携・協働を促進する触媒の役割を担う(地の利)。多様な参加者が互いをイコールパートナーとして尊重し協力する新たなエコシステム(人の和)。

それらの組み合わせ、マルチステークホルダー参加の相乗効果が、社会課題解決への大きなコレクティブインパクトを創出する。

当社は昨年、創業50周年を機に刷新した経営理念で「社会課題を解決し、豊かで持続可能な未来を共創する」ことをミッションに掲げた。ICF事務局も、触媒から一歩進めて、プロデューサーないしアクセラレーターの役割を果たしたい。

当社グループ自身の事業においても、課題解決を提言するにとどまらず、自ら事業主体となり、パートナー各位と手を携えて、インパクトのある解決策の社会実装に貢献していく決意である。

※1:デジタル・トランスフォーメーション(DX)、バイオ・トランスフォーメーション(BX)、コミュニケーション・トランスフォーメーション(CX)の3つのX(3X)を示す。未来社会を構築していく上でのキーファクターとして、三菱総合研究所が創業50周年記念研究において提唱した概念である。

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