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2024年3月号特集1サステナビリティ経営コンサルティング

エシカル消費が企業価値を底上げする

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2024.3.1

政策・経済センター山藤 昌志

POINT

  • エシカル消費はサステナブル経営を継続させる上で重要な要素。
  • 日本での取り組みは緒に就いたばかり、啓発や制度整備の下支えが必要。
  • 企業は独自のストーリーでエシカルの価値化を進めて企業価値向上を。

エシカル消費は企業経営の重要課題

気候変動や格差拡大などの社会課題が深刻化する中、人や社会、地域、環境に配慮した消費行動、いわゆる「エシカル消費」に関心が集まっている。

エシカル消費の分かりやすい事例としては、環境に優しいエコ商品や生産者の労働環境に配慮したフェアトレード商品の購入などがある。しかし、本来エシカル消費がカバーする領域は幅広く、社会や地球環境の持続可能性を高める企業活動に関わる消費形態全てが対象となる。

サステナブル経営※1を掲げる企業にとっても、持続可能な企業活動に最終的な価値をもたらすエシカル消費の拡大は重要な経営課題といえる。消費者向けの商品・サービスを直接提供しないBtoB企業も、最終消費財であるサプライチェーンを構成する一員であることを考慮すれば、消費者のエシカルな意識の高まりは無視できない。

ただし欧米諸国と比べ、日本企業の取り組みは限定的といわざるをえない。本稿では今後の企業経営への提言の意味を込めて、消費者と企業双方にとってのエシカル消費の位置付けを確認し、課題の所在と解決の方向性を明らかにする。

企業のエシカル活動は慈善事業にあらず

消費者庁が定めるエシカル消費の定義は、「地域の活性化や雇用などを含む、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動」である。エコ商品やフェアトレード商品以外にも、具体的な事例として、障がい者支援につながる商品や地産地消、被災地産品の購入などが挙げられている。

では商品・サービスの提供という企業目線で、エシカル消費を再定義するとどうなるか。図1に示したとおりエシカル消費とは、消費者が「①地球や社会の持続可能性を高めるエシカルな商材を購入する」、または「②エシカルな取り組みを推進する企業に共感し商材を購入する」ことであり、②には「応援を意識して購入する」や「エシカルでない企業の商材を購入しない」選択も含まれる。
[図1] エシカル消費の定義と類型
[図1] エシカル消費の定義と類型
出所: 三菱総合研究所
①、②の定義ともに、自社の商材や事業活動の背景にある理念や価値観を鮮明に打ち出すことがエシカルな消費行動を引き出すための重要なポイントとなる。つまり、いかに地球環境に優しいエコ商品を開発しても、企業からの適切な情報提供がなければ、消費者はそれがエシカルだと認知できず、消費行動に結びつかないのである。

企業は消費者への認知を徹底し、最終的に消費者の共感を得て競争優位性を獲得することで企業価値を向上させることができる。ただし、理想の実現には労力が伴う。エシカルな活動では、原材料の調達をはじめコストがかかり、それを値段に反映する必要がある。エシカルの認知だけでなく、価格転嫁されることも含めて共感を得るべきである。慈善事業的な目線に終始すれば企業の収益性は低下し、中長期的な企業の存続も危ぶまれる。なぜ消費者は高い対価でこの商品を購入するのか、ストーリーを立てて消費者の認知を促し、共感を得るための努力を怠ってはならない。

日本のエシカル消費は発展途上

では消費者は、企業のエシカルな取り組みをどう実感しているのか。図1(右側)に示した6類型(15形態)の消費形態を対象に、消費者が「地球のため」「社会のため」「地域のため」を目的とした消費をどの程度行っているかをアンケート調査した※2

第1に、消費者が純粋にエシカルだけを意識して消費を行うことはまれである。「地球・社会・地域のため」に加えて、「自分のため・家族のため」の両方を意識している消費者が一定数いることが分かった。具体的には、調査で尋ねた「純粋にエシカルのためだけ」と「エシカルかつ自分のため」という2つの消費目的のうち、前者の傾向が強い消費形態は「環境に優良な商品・サービスの購入」や「生まれ故郷向けのふるさと納税」など少数にとどまっている。その一方で他の消費形態の多くは、2つの消費目的が同等、あるいは「エシカルかつ自分のため」の割合の方が多かった。

第2に、エシカル消費の重要性は認知していても、消費行動に至らないケースも多い。例えば、「地球温暖化への対応はどの程度重要か」という設問に対して「重要である」と回答した消費者でも、実際に環境に優良な商品・サービスを購入しているのは45%程度となっている。

第3に1人当たりの頻度の問題。調査の結果、日本での平均的なエシカル消費の頻度は年間19回、消費額は同62万円、消費単価にして3.2万円となっている。エシカルを重要視する層のみを対象とすると頻度は年間26回、消費額は同82万円とやや拡大する。さまざまな消費形態がある中での平均値であることには留意が必要だが、月に2回に満たないことは、日本のエシカル消費がまだ初期の段階にあることを示しているといえよう。

なお、アンケートをもとに日本全体のエシカル消費金額を推計したところ、2022年は年間8.8兆円、同年の家計消費支出額に占める割合は約3.1%との試算が得られた※3。前出の6つの消費類型をブレークダウンした15形態中で最大のものは「地元飲食・地元商店街での購買(2.3兆円)」、続いて「ふるさと納税(1.6兆円)」「クラウドファンディング・株式投資(1.1兆円)」であり、地域貢献を意識した消費形態が目立っている。

こうした日本のエシカル消費の動向は、エシカル消費発祥の地である英国と比してやや後れを取っている。英国は1980年代後半からエシカル消費のムーブメントをけん引し、今でもエシカル消費額の増加率が直近5年平均で年率10%を超える。2022年のエシカル消費規模は1,411億ポンド(同年の円ポンド平均為替レート換算で約22.8兆円)と推計されている※4。内訳を見ると、ESG投資やエシカルな融資に積極的な金融機関への貯蓄額を含む「エシカル金融(Ethical Money)」が全体の6割強を占め、それらを除いてもエシカル消費規模は537億ポンド(約8.7兆円)と日本のエシカル消費規模(6.2兆円、投資・納税を除く)の1.4倍、経済規模の違いを加味すると1.8倍程度となる。エシカル消費の対象が当社分類と一致せず厳密な比較はできないが、日本の状況よりも数歩進んでいることが見て取れる。

持続的なエシカル消費に必要な2本柱

日本のエシカル消費を拡大させる上での課題は、大きく2つに分けることができる。

(1) 消費者の意識向上に向けた環境醸成

まずは、エシカルな取り組みに対する消費者意識の向上だ。特集2で詳述するが、日本の消費者のエシカル消費に対する意識は必ずしも高まっているとはいえない。

エシカルな商品を見分ける消費者の力を高める上では、第1ステップとしてエシカルの重要性の気づきを促すこと、具体的には政府やNGO、市民社会組織によるエシカルな取り組みの啓発が必要となる。第2ステップとしては、エシカルな商品を選びやすくする工夫が求められる。具体的には、サプライチェーンの透明性や労働条件、環境保護などに関する基準の法制化、およびフェアトレード、オーガニック、FSC認証※5などの第三者認証の普及が挙げられる。

消費者の意識を一朝一夕に変えることは難しい。エシカルな意識を高めるための環境醸成は、将来に亘り継続していくことが求められる。

(2) 企業自身によるエシカル価値創出

その一方、消費者サイドでエシカルな意識が高まっても、企業価値の向上に直結するわけではない。特集3で示すとおり、エシカル消費拡大に向けて企業が取り組むべき方向性は、「利他と利己の価値の組み合わせ(社会課題解決と自己利益を両立させる商品の開発)」「エシカルの可視化と価値化(ストーリーテリングと認証取得を通じた価値訴求)」「消費者との共創(商品開発プロセスへの消費者の巻き込み)」「協調領域の拡大(企業・業界横断での連携を通じたコスト抑制)」の4つだと当社は考える。

課題解決に向けたこれらの方策はいずれも簡単ではない。ただし、いくつかの注目すべき成功事例も出始めている。特集3ではこの点についても詳述している

サステナブル経営はエシカル消費拡大で完結

資本市場においては、知的資本から自然資本までのいわゆる「非財務資本」と呼ばれる、無形資本に対する企業の投資を開示し評価するための「サステナブルファイナンス」のフレームワークが整備されてきている(図2の下側)。これによって、サステナブル経営を進める企業の株価純資産倍率(PBR)※6上昇や資本コスト低下が確認されたとする実証分析も公表され始めている※7
[図2] サステナブル経営におけるエシカル消費の位置付け
[図2] サステナブル経営におけるエシカル消費の位置付け
出所:三菱総合研究所
一方、非財務資本への投資を進める企業の取り組みを財サービス市場での価値創造につなげるためのフレームワーク(図2の上側)は、整備の途上にある。企業のエシカルな取り組みが消費者に評価され、ブランド力向上と単価・売り上げ増を伴って最終的に純利益・ROE※8増をもたらす。財サービス市場における価値創造のフレームワークが資本市場との両輪として機能することで、企業価値向上と社会課題解決の両立が可能となる。

デフレからの脱却が見通せるようになった日本経済では、財サービス市場でエシカルな取り組みに価値を付ける(追加支払いを求める)土壌がようやく整いつつある。環境に負荷をかけない原材料の調達やエシカルなサプライチェーン構築にかかるコスト、そしてエシカルな商材を生み出す従業員に対する報酬を、消費者が納得し共感するかたちで価格に転嫁する。サステナブル経営を標榜する企業は、この機を捉えて、社会と地球環境の持続可能性に貢献することの価値を消費者に訴えかけ、企業価値向上につなげてほしい。

※1:環境・社会・経済の持続可能性に配慮することで、事業の持続可能性の向上を図る経営の考え方を指す。

※2:アンケート分析結果の詳細はエコノミックインサイト(2023年8月30日)「ウェルビーイング時代の消費の在り方を提言」を参照。15形態の細目は同レポートを参照のこと。

※3:JCBが保有する7千人の会員パネルによる調査。有効回答数3,301。エシカル消費支出額を年齢階層・所得階層別にウェイトバック。

※4:Ethical Consumer, "UK Ethical Markets Report 2023". 円換算は当社。

※5:森林の生物多様性を守り、地域社会や先住民族、労働者の権利を守りながら適切に生産された製品であることを認証する国際的な制度。

※6:市場が評価した値段(時価総額)が、会計上の解散価値である純資産の何倍かを表す指標。

※7:例えば、冨塚嘉一(2018)「非財務資本の開示内容と企業価値との関係性の解明—医薬品企業の統合報告書に基づく実証分析」CGSAフォーラム 16。同論文では、非財務資本の評価スコアが高い企業のPBRが高くなる可能性を示唆。

※8:自己資本利益率。企業の自己資本(株主資本)に対する当期純利益の割合を示す指標。

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