コラム

環境・エネルギートピックスサステナビリティ経営コンサルティング

気候関連情報開示:TCFDのその先へ

将来を見据えた企業の価値創造

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2023.6.6

サステナビリティ本部山口建一郎

環境・エネルギートピックス

POINT

  • TCFDをさらに進化させた開示基準が検討・導入されつつある。
  • 金融機関のネットゼロへの試みが企業への働きかけを活発化。
  • 開示企業には、自社に何が重要かを絶えず問い直す姿勢が求められる。

1. 進展するTCFD開示

G20財務大臣・中央銀行総裁会議の意向を受けて金融安定理事会が設立した「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」が2017年6月に最終報告書を公表してから5年を経て、気候関連情報の開示はいまや、多くの企業にとって当たり前となった。特に日本では2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂で「TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく」開示がプライム市場上場企業に求められたこともあり、日本のTCFD賛同機関数は2023年5月時点で世界全体の約30%に相当する1,342に上った。現在、多くの企業の統合報告書などに、「ガバナンス」「戦略」「リスクマネジメント」「指標と目標」からなるTCFD開示が含まれている。

2021年のTCFDによる「補足ガイダンス」改訂において開示が推奨される項目が詳細に示されるなど、開示のあり方は絶えず進化しつつある。2025年へかけては、さらに大きく変化する見込みであり、企業はその動向に注目する必要があろう。これらについて解説する。

2. 2025年までの注目動向

2.1. IFRSサステナビリティ開示基準:TCFDをベースとした新たな開示の標準形

国際的な会計基準を策定する民間の非営利組織IFRS財団は、2021年に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を設立し、「サステナビリティ開示基準(IFRS基準)」の検討を開始した。このうち「一般要求事項(S1)」と優先的に検討されている「気候関連開示(S2)」の2つの基準が、2023年6月末に公表される予定である※1

IFRS基準はTCFDをベースとしているが、2022年3月に公表された公開草案では、財務報告と気候関連情報開示の対象期間は同一にすべきとされ、TCFDでは奨励するにとどまっているScope3排出量※2の開示も求めている。公開草案に対して寄せられたコメントを踏まえ、これらを含むいくつかの点については猶予・緩和などの措置が盛り込まれる模様であるが、TCFDに比べ規定は詳細であり、開示へ向けたハードルは高いという印象を受ける。

しかしIFRS基準の特徴的な記載として、「要求される特定の開示に重要性がない場合には、提供する必要はない。このことは、基準が特定の要求事項のリスト又は最低限の要求事項を定めている場合であっても該当する」点が挙げられる※3

すなわちIFRS基準で開示を要求されている項目であっても、企業が重要でないと判断すれば開示しないという選択肢を取りえる。その意味で、IFRS基準の本質は、企業にとってどのような課題が重要であるか(マテリアリティ)を問うものであると言える。ただし、重要でないと判断した理由については、説明を求められよう。

2.2. 特定地域における開示基準の進展

前述のIFRS基準を検討するISSBは世界各地域から選出された14名の理事で構成されており、世界的な取り組みと言える。これ以外にも地域の基準が「ローカルルール」として生まれつつある。これらのうち重要なものは、世界の気候変動対策をけん引する欧州による「企業サステナビリティ報告指令(CSRD:2023年1月発効)」と、その具体的な報告基準を定める「欧州サステナビリティ報告基準(ESRS※4)」である。

これらにより企業は気候変動のみならず「生物多様性」「サーキュラーエコノミー」といった他の環境問題に加え、「労働」「企業行動」などESG全般にわたる開示を求められることになる。欧州のみならず、グローバルに事業を展開する企業は最も厳しい基準への対応状況を評価される可能性がある。このため欧州に進出していない日本企業も、欧州のサステナビリティ開示の動向に留意する必要がある。

欧州基準の特徴として「ダブルマテリアリティ」、すなわち気候変動や気候変動対策をはじめとしたESG課題が自社に及ぼす影響に加え、自社活動がそれらESG課題に及ぼす影響についての開示を求めている点が挙げられる。他にもScope3排出量に加え、パリ協定において目指すべきとされた1.5℃目標との整合性や、市場や社会の環境が激変したため投資などを回収不能になった座礁資産に関する記載など、TCFD以上の開示が求められる。

ただしここでも個別要件が重要でないことを、根拠を伴って十分に説明すれば、開示義務を免除される。

2.3. GFANZ:行動を促すための開示

2021年のCOP26で発足した「グラスゴー金融同盟(GFANZ)」は、銀行、アセット・オーナー、アセット・マネージャーといった金融機関などのポートフォリオを「2050年ネットゼロ」の達成に向かわせる取り組みである。

GFANZ傘下で金融機関は業種ごとにネットゼロ目標を掲げ、その進捗について報告する※5。GFANZに基づく報告のあり方はTCFDと類似しているが、投融資先のみならず自業界や政府等に対する働きかけ(エンゲージメント)に関する戦略を策定し、進捗を報告することが大きな特徴である。すなわちTCFD開示がリスクと機会に関する情報開示にとどまっているのに対し、GFANZ開示は金融機関が能動的に動くことを促す内容となっている。

メガバンクをはじめとする国内金融機関の多くはGFANZに参加しており、今後金融機関からは、従来の情報開示にとどまらず、設定した目標を達成するよう求める要請が強まると思われる。このような「エンゲージメント戦略」に関する開示を求める動きは金融機関にとどまらない。例えば企業のネットゼロへの移行(トランジション)に関する計画のあり方を検討する英国のイニシアティブTPT※6にも、同様の記載が見られる。

3. 企業価値を問い直すプロセス

以上からすれば、TCFDに端を発した気候関連情報開示をめぐるこれらの新たな動きは、企業が自らにとって重要な(マテリアリティがある)ものは何かを絶えず問い直し、自社存続に何が必要かという問いに向きあうよう求めていることが分かる。長期的な企業価値を維持するためには、気候変動をはじめとしたESGの諸課題がもたらす重要なリスクまたは機会を定量化し、重要でないと考える企業はその理由を明確に説明できる必要がある。これに加えて、特にESRSが適用される欧州で事業を行う企業は、脱炭素に向けて能動的であることを開示することが求められよう。

多くの企業の気候関連情報開示では、温室効果ガス排出量の算定やシナリオ分析がまず課題として注目される。しかし前述のような「企業価値を問い直すプロセス」を確立することも忘れてはならない。

当社は「TCFDコンソーシアム」の設立から一貫して事務局運営に携わり、事業会社と金融機関の認識の共有を進めてきた。このような知見を活かし、将来を見据えた企業の価値創造に今後とも貢献していきたい。

※1:IFRS基準の日本版は、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)によって検討され、2024年度中の公表が予定されている。

※2:原材料や製品の使用など、バリューチェーン全体にわたる排出量。

※3:「一般要求事項」パラグラフ60(公開草案の記載であり、最終的には変更される可能性がある)。

※4:現状素案の段階であるが、2023年に採択した上で2024年からの段階的な導入が想定されている。

※5:例えば銀行はNet-Zero Banking Alliance(NZBA)、アセット・マネージャーはNet Zero Asset Managers initiative(NZAM)というイニシアティブがあり、それぞれ投融資、管理資産のポートフォリオを2050年ネットゼロに整合させる目標を持つ。

※6:Transition Plan Taskforce

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