セルロースナノファイバーの普及に向けた課題と突破口

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2018.6.15

経営イノベーション本部舟橋龍之介

1.はじめに

地球温暖化対策として大気中CO2の効率的な削減を図る目的から、植物由来のカーボンニュートラルな素材「セルロースナノファイバー(Cellulose Nanofiber、以下CNF)」が注目されている。CNFは「軽い」「強い」「硬い」などのさまざまな特徴を有する。しかし、親水性(水に混ざりやすい性質)のCNFを疎水性(水に混ざりにくい性質)のプラスチックなどに混ぜるにはコストがかさむなど、普及に向けた課題も残っている。本コラムでは、CNFの特徴や課題を整理し、普及に向けたブレークスルーポイントおよび将来展望を考える。

2.セルロースナノファイバーとは

CNFは、直径が3~50nmでアスペクト比(繊維長/繊維幅)が100以上の、極細の繊維状物質である。このCNFは、木材や竹などに由来する植物繊維を解きほぐす(解繊する)ことにより得られる。解繊処理にはさまざまな方法が存在する。CNFの特徴は解繊方法により一部異なるが、CNF全般に共通するものとして、(1)軽い(比重1.3~1.5g/cm3、鋼の1/5程度)、(2)強い(強度3GPa、鋼の約5倍)、(3)比表面積が大きく(250m2/g以上)、吸着特性が高い、(4)硬い(引張弾性率140GPa程度、アラミド繊維相当)、(5)熱による伸び縮みが小さい(線熱膨張係数0.1~0.2ppm/k、ガラスの1/50程度)、(6)ガラス並みに熱を伝えやすい、(7)生体適合性に優れている、などが挙げられる。

CNF1本としての特徴を上記に挙げたが、溶液中にCNFを1本ずつ均一に分散させた液、分散液を乾燥させて調製したフィルム、CNFを三次元骨格としたナノ多孔体では、CNF1本とは異なる性質が発現される(表1)。
表1 CNF分散液、フィルム、多孔体材料の特徴
形 態 調整方法 特 徴
分散液 水中・有機溶媒中でCNFを分散させる ・静置時の粘度が高い
・流動時に極端に粘度が低下する(スプレーできる)
・界面活性剤を使わなくともオイルや無機物が均一に混ざる
・均一に混ぜたものを凝集させずに乾燥させることが可能
・保水性が高い
・光透過性が高い
フィルム 分散液を基板上に塗布し、乾燥させる ・軽くて強い
・柔軟で曲げることができる
・透明である
・ガスを通しにくい
・熱膨張しにくい
・繊維が極細のため、表面が平滑
・面内方向に熱を伝えやすい
多孔体材料(エアロゲル等) 分散液中のCNFが凝集しないように乾燥させる ・押しても崩壊しない、折曲げや引張りも可能
・光透過性が高い
・空気よりも熱を伝えにくい(断熱性)
・音、電気を伝えにくい(防音、絶縁性)
・比表面積が大きく、吸着性が高い

出所:三菱総合研究所

セルロースナノファイバーの特性を生かした製品開発事例

例えばCNF分散液の特徴の1つとして、「静置すると高い粘度を示すが流動時には極端に粘度が低下する(チキソ性)」ことがある。この性質を基にCNFを実用化した事例が、三菱鉛筆株式会社および第一工業製薬株式会社によるボールペンインクの開発である。ボールペンのインクにCNFを混ぜることで筆記時のインクの粘度が低下するため、かすれが生じにくい滑らかな筆記が可能となった。また、静置時・筆記後は粘度が増加するため、インク漏れが生じにくく、筆記した文字もにじみにくい。CNFの特徴が生かされた好例であると言えるだろう。

フィルムの特徴としては、「フレキシブル」「透明」「ガスを通しにくい」「熱による伸び縮みが小さい」ことなどが挙げられる。例えば、高分子基板上にCNFを塗布することでガスバリア性が発現する特性を実用化したのがCNFバリア紙カップである。食品などの酸化や劣化を防ぐ紙器として凸版印刷株式会社から販売されている。また、CNFと銀ナノワイヤーを共分散させフィルムにすることで、透明導電膜や高誘電率基板材料などの電子デバイス材料にもなる。すでに大阪大学にて試作されている。

エアロゲルなど多孔質材料の特徴としては、「断熱性」「防音性」「吸着性」がある。実用化の一歩手前であるが、北越紀州製紙株式会社では特に「吸着性」に着目し、エアフィルタ濾材を支持体としてCNFネットワークを形成することで、エアフィルタの粒子捕捉性能を顕著に向上させている。

ボールペンのインクやエアフィルタ以外にも多数の実用化事例が出てきている。例えばパルプにCNFを混ぜることで、従来品よりも破れにくく丈夫なトイレットクリーナーが大王製紙株式会社から開発されている。ポイントは、CNFはパルプと同様に水との親和性が高いため、トイレに流しても詰まることがないことである。従来では欠点と捉えられていた「親水性」を生かした事例と言える。他にも、「スピーカの振動版」「大人用紙おむつ」「除染スポンジ」などの事例がある(表2)。

表2 CNFの実用化事例
会社名 提供価値 市場
(製品)
オンキヨー&パイオニアマーケティングジャパン株式会社 スピーカの振動板としては、音が材料中を伝わる速度が大きく(軽くて弾性率が高い)、かつ衝撃を吸収して後から出た音と共振せずクリアな音を出す(内部損失が大きい)という2つの性質が重要となる。内部損失の大きい紙に軽くて弾性率が高いCNFを組み合わせることで、高域再生帯域を拡大させることができた。 スピーカの振動板
日本製紙クレシア株式会社 CNF表面に金属ナノ粒子を合成し、このCNFを紙おむつに取り入れることで抗菌・消臭機能を付与した。CNFは繊維表面に金属ナノ粒子を露出させることができ(合成高分子は金属ナノ粒子を包み込んでしまう場合が多い)、また比表面積が大きいため、抗菌・消臭効果の高い紙おむつを開発することができた。 大人用紙おむつ
東京大学
株式会社ナノサミット
葛飾北斎も絵に用いた青の顔料プルシアンブルーは、放射性セシウムを選択的に吸着させることができるが、プルシアンブルーは水との親和性が高いため、海などに溶出する問題があった。そこで、水に溶けないCNF表面にプルシアンブルーを固定化させた除染スポンジを開発した。CNFは、比表面積が高く大量のプルシアンブルーを固定化できるため、高効率で使い勝手のよい除染スポンジとなった。 除染スポンジ

出所:三菱総合研究所

3.セルロースナノファイバーの普及に向けた課題

上述したように多様な特徴を有するCNFであるが、普及に向けた最大の問題は、既存材料と比較すると高価(3,000~10,000円/kg)であることだ。CNFの価格を下げるためには、量産効果が得られるレベルで大量に消費する用途を見つける必要がある。材料を大別すると、力学的特性が求められる「構造材料」と、構造材料と比較して力学的特性以外の特性(光学、電気、熱的特性など)が求められる「機能性材料」に分類される。構造材料では大量のCNFが消費される可能性がある一方、機能性材料では少量のCNF添加で十分な機能が発現される。表2にも示すとおり、現在実用化に至っている事例は機能性材料が中心であり、十分な量産効果が得られていないのが実情である。すなわち、本件の課題は、CNFが大量消費される構造材料用途が不足していることにある。しかし、構造材料は一般的に安価であることが求められている。ここが最大の難点である。素材メーカー側が「用途が拡大されればCNFを安価に供給できる」とする一方、最終製品メーカー側は「十分な力学的特性が発現することは分かったので、CNFの価格が下がれば導入できる」としており、両者の考えがかみ合っていない状況である。

4.考えられるブレークスルーポイント

視座を一段高めて考えると、安価になればCNFを導入できるという最終製品メーカー側の観点は、ガラス繊維などで補強する従来の場合と同量程度(数十%)のCNFを添加することを前提にしている。言い換えると、少量(数%)のCNF添加で高補強効果を発現できれば、製品あたりに使用するCNFの量が少なくなるため、結果的に現在よりも原料コストを下げることができる。従来の見込みよりも量産効果は低下するかもしれないが、CNFの普及は進んでいくことだろう。

では、少量のCNF添加で高補強効果を発現するにはどうすればよいか。その鍵は「CNFを樹脂中に均一に分散させる」ことにあるだろう。ここで、CNF製品の製造プロセスを整理する。素材メーカーである製紙会社がパルプなどの植物繊維からCNFを製造し、このCNFを樹脂中に高濃度で分散させた「マスターバッチ」を、中間材メーカーが製造する。最終製品メーカーは、このマスターバッチに樹脂を加えてCNF濃度を薄め、成形などを施すことで最終製品を製造している。中間材メーカーがいかにCNFを樹脂中に均一に分散させ、低濃度でも高補強効果が得られるマスターバッチを製造できるか。ここにCNF普及のブレークスルーポイントがあるのではないか。品質の高いマスターバッチを作ることができれば、構造材料用途が少しずつ広がり、用途拡大に伴いCNFの価格も下がるのではないかと考える。

5.ブレークスルーポイントを超えるために

CNFと類似している材料として炭素繊維が挙げられる。この炭素繊維を樹脂に複合させた炭素繊維複合材料(CFRP:Carbon Fiber Reinforced Plastics)は、1970年に工業生産が始まった。初期の用途はゴルフシャフト、釣りざお、テニスラケットなどのスポーツ用品だったが、2011年就航のボーイング787および2014年就航のエアバス社A350XWBでは、CFRP適用率が機体構造重量の50%を超えるに至っている。

用途拡大の契機となったのは、「層間強化プリプレグ」の開発であった。「プリプレグ」は、織物に加工した炭素繊維をエポキシ樹脂に含浸させたシート状の中間素材である。この「プリプレグ」を型の上で積層させ、熱と圧力をかけながら樹脂を硬化させることで部品形状に成形される。しかし旧世代のプリプレグでは、例えば作業者が部品の上に工具を落とすとプリプレグの層間が剥離し、強度が大きく損なわれる問題があった。この問題を解決するために、東レ株式会社では、剥離が生じる層間に熱可塑性粒子を配置することで耐衝撃性を大幅に向上させている。以降、同社の炭素繊維は多くの航空機用工業材料で採用されている。工業生産が始まってから40-50年での出来事である。

さて、CNFはどうだろうか。CNFは、大学の研究室で基礎研究が始まってから10-15年しか経っておらず、その詳細な構造も明らかになっていない新規材料である。CNFでもプリプレグ方式がメインになるかはさておき、炭素繊維のケースと同様、CNFの普及にも一定程度の年月を要するだろう。しかし重要なことは、ブレークスルーポイントを超えるまで諦めないことではないだろうか。炭素繊維でも、他国が研究開発を中断する一方、日系企業が開発を続けた結果として現在の地位がある。情熱を持ち、粘り強く取り組む姿勢は、日本がこれまで得意としてきた型であるはずだ。過去の研究からも、イノベーションのほとんどは「諦めなかった人」が実現していることが分かっている。

6.今後の研究開発をリードするには

ブレークスルーポイントを超えるまで粘り強く取り組む姿勢が必要となる一方、本分野での研究開発をリードするためには、界面シミュレーションによる研究期間の短縮化が求められるだろう。近年、高分子分野でもマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を活用した研究開発が盛んになっており、物質・材料研究機構(NIMS)と化学メーカー4社によるマテリアルズ・オープンプラットフォーム(MOP)の運用も始まっている。さらに、CNFに対してシミュレーションを活用する動きも出始めている。花王株式会社では、計算化学により、濡れ性と立体斥力の観点で選定した2種類の修飾基をCNF表面にグラフトさせる方法(デュアルグラフト法)を開発したとのことである。

東レ株式会社では5人の社長が炭素繊維事業の赤字に耐えたが、新規材料であるCNFの普及にもやはり一定程度の年月を要すると思われる。しかし、CNFと基材の界面シミュレーションを有効に活用することで、低濃度のCNFで高補強効果が発現されるマスターバッチの開発、ひいてはCNFの普及にも弾みがつくと考えている。

7.参考文献

  1. Nanocellulose Symposium 2017 “CNF材料開発は異分野連携で”(閲覧日:2018.5.2)
    http://www.rish.kyoto-u.ac.jp/labm/wp-content/uploads/2017/06/119377d9eaeeb049b7d08542b7b96516.pdf
  2. 工業材料 2017年8月号 “セルロースナノファイバーが切り拓く新素材・新技術”
  3. 工業材料 2016年8月号 “PAN系炭素繊維複合材料の現状と将来”
  4. 東京大学政策ビジョン研究センター “北斎の青をヒントに、水に溶けないセルロース/プルシアンブルー複合型ナノ材料を開発”(閲覧日:2018.5.2)
    http://pari.u-tokyo.ac.jp/media/press161114.html
  5. Duckworth, Angela L. et al. “Grit: perseverance and passion for long-term goals.”(閲覧日:2018.5.2)
    http://psycnet.apa.org/record/2007-07951-009
  6. 物質・材料研究機構 “物質・材料研究機構(NIMS)と化学4社によるオープンイノベーションを推進する枠組みの構築” (閲覧日:2018.5.2)
    http://www.nims.go.jp/news/press/2017/06/201706190.html
  7. 産学官連携ジャーナル 2017年7月号 “先端素材セルロースナノファイバーの可能性”(閲覧日:2018.5.2)
    https://sangakukan.jst.go.jp/journal/journal_contents/2017/07/cover/1707-all.pdf
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