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「水素社会」の形と現在位置

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2018.10.24

環境・エネルギー事業本部河村好一

環境・エネルギートピックス
2018年7月に閣議決定された第5次エネルギー基本計画において、「水素」が、モビリティ、蓄電池などと並ぶキーワードとして使われている。2050年の温室効果ガス80%削減目標の達成には水素が重要な役割を担うという認識がその背景にある。一方で燃料電池自動車(FCV)の普及がいま一つであることなどから、水素社会に懐疑的な意見もある。本稿では今一度、水素社会の形を整理し、現状をどのように認識すべきか考える。

水素のエネルギー利用は今に始まったことではない。1980年代には産業向けの大型燃料電池が、2000年代には家庭用燃料電池の導入が始まっている。2002年には当時の小泉首相がFCVに試乗、2005年の愛知万博で会場内を燃料電池バスが走った。水素の取り組みの周知は少しずつ進み、現在は東京オリンピック・パラリンピックにおけるレガシー創造を追い風に、選手村での水素利用などの水素インフラ整備※1や福島県での再生可能エネルギーからの水素製造※2などのさまざまな社会実証の試みや技術開発が行われている。

現在想定されている「水素社会」への取り組みは、端的に分けると三つになる。(1)FCV・家庭用燃料電池などの普及、(2)再エネ大量導入に伴う水素貯蔵・輸送による安定利用、(3)海外の水素サプライチェーンによる発電利用である。

FCVの普及台数については、現在2000台程度である。経済産業省の水素・燃料電池戦略ロードマップ※3では2020年の普及目標を累計4万台と設定しており、現状と開きがある。普及を軌道に乗せるにはEVとの棲み分けを明確にすることで、FCバスやトラックなどの長距離、高回転率が求められる需要への展開が予想される。

再生可能エネルギーの安定供給については欧州で先行しており、豊富な太陽光や風力などを使って水素を製造するP2G(Power to Gas)の取り組み事例が多い。日本でも近年再エネの普及が拡大しており、再エネを安定的に貯蔵し、エネルギーの地産地消を支えるツールとしてP2Gへの期待が高まっている。

海外の水素サプライチェーンによる発電利用は水素社会のいわば「本丸」だ。海外の豊富な再エネで製造した安価・クリーンな水素を大量輸入し、発電用タービンに導入しようというもので、前出の二つの取り組みに比べて水素エネルギー利用量が圧倒的に大きい。電源構成で大きな割合を占める火力発電の低炭素化が期待できる革新的手法であるが、混焼・専焼技術や水素調達などをめぐる課題がある。

水素はそれ自体が二次エネルギーであるとは言え、(1)~(3)に示した取り組みの水素社会における役割は従来の化石燃料の流通・用途と似ている。つまり水素社会とは、化石燃料に替わって水素が発電や車の「燃料」として受容された社会である言える。ゆえに水素社会到来のステージゲートは、化石燃料などの他の燃料と比較して水素がコストや便益(環境価値など)でどれだけメリットがあるかが鍵になる。

コストの観点では、経済産業省の水素基本戦略※4において、現在と同等の発電コストを実現するために水素価格30円/Nm3(2020年後半目標)の達成が必要とされている。この価格であれば従来のガス改質などからの水素製造とも同等のコストとなる。しかし、国内の再エネから水素を製造するには現在100円/Nm3以上のコストがかかっている。再エネおよび水素製造設備の効率化、大型化への開発投資が欠かせない。前述の海外の水素サプライチェーンの社会実装も2030年頃と想定され、コストだけの競争力達成は先の話である。

コスト上の不利を覆す便益があるとすれば、環境価値だろう。国際社会において化石燃料の環境負荷が着目される中、CO2排出の少ない手法で製造された水素に対する環境価値の定義付けに関する議論が進んでいる。今後、環境価値の市場化が重要であり、水素が化石燃料に対して競争力をもつ源泉となりうる。

2020年の東京五輪に向けてさまざまな水素の取り組みが試され、水素社会の片鱗が見え始めている。ただし、現在の水素は化石燃料に比べて競争力がある状況ではない。長期的な開発投資、環境価値市場の形成などについて東京五輪後も継続的かつ戦略的に進められるかが水素社会実現への鍵となる。五輪を挟んで5年程度の動向が、水素社会が来るのか、あるいは一過性のブームで終わるかを分けることとなろう。当社は俯瞰的な視点で水素の位置づけや可能性を分析し、水素社会実現への着実なステップを追っていきたい。
図 水素社会への取り組みのこれまでと今後
図 水素社会への取り組みのこれまでと今後
※経済産業省 水素基本戦略より引用
出所:三菱総合研究所

※1 東京都 Tokyo水素推進ポータルサイト(閲覧日 2018.10.22)
http://suiso-tokyo.jp/?page_id=33

※2 経済産業省 燃料電池自動車等の普及促進に係る自治体連携会議(第5回)資料6「福島県における水素利活用に向けた取組状況」(閲覧日 2018.10.22)
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/nenryodenchi_fukyu/pdf/005_06_00.pdf

※3 経済産業省ウェブサイト 2016,3,22ニュースリリース「水素・燃料電池戦略ロードマップ改訂版」をとりまとめました(閲覧日 2018.10.22)
http://www.meti.go.jp/press/2015/03/20160322009/20160322009.html

※4 経済産業省ウェブサイト 2017,12,26ニュースリリース「水素基本戦略」が決定されました(閲覧日 2018.10.22)
http://www.meti.go.jp/press/2017/12/20171226002/20171226002.html

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