コラム

MRIトレンドレビュー海外戦略・事業防災・リスクマネジメント

新技術・グローバル市場とリスクマネジメント

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2022.12.21

セーフティ&インダストリー本部柴田高広

高橋久実子

MRIトレンドレビュー

POINT

  • 日本産業の市場拡大に不可欠な要素はデジタルなどの「新技術」と「グローバル市場」。
  • 事業領域に応じたリスクマネジメントの高度化・新技術適応・グローバル基準化が必要。
  • 企業の取り組みを下支え・後押しするための社会的なしくみの整備も必要。

新技術とグローバル化が国内全企業の事業成長の要諦

日本の科学技術力の相対的な地位の低下や自前主義の横行やガラパゴス化などにより、日本経済が成長力を失ったと指摘されて久しい。国内人口の減少、デジタル産業の台頭、ビジネスのグローバル化の加速といった事業環境、特に今後はあらゆる産業においてボーダーレスなデジタル空間を通じて新たな価値が創出される状況を踏まえると、日本産業全体としては成長事業領域をデジタルなどの「新技術」と「グローバル市場」に大きくシフトしていく必要がある。これは、日本産業をリードする大企業・先進的企業だけの問題ではなく、裾野に位置する中堅中小企業も含めたサブプライチェーン上全ての国内企業が同様の対応を行っていく必要がある。

グローバル基準を考慮した日本型リスク管理の設計

特に近年のグローバルネットワークの発達によって、従来の個別単独のシステムは接続・統合され、例えば自動運転に代表されるような自律分散協調型AIシステムなど、相互につながった巨大システムの中で活用される「新技術」も増えていくことが見込まれる。

このような新技術には、新たな事業の機会と共に常に新たなリスクが存在している。これらのリスクを取れる企業にとっては新分野・グローバル市場への事業展開というメリットがあるのに対し、リスクを取れない企業にとっては事業展開の機会を失うことにもなりかねない。リスクを取るためには、リスクを予見すると共に、予見できなかった場合の対応能力も必要となる。

リスクマネジメントの取り組み方に関しては、国内外の企業で大きな差異がある。例えば欧州のリスクマネジメントは大航海時代に発達した保険事業との関連性が深く、損得両面を考慮した民間ビジネスとして発展してきたが、同時に、リスクマネジメントに失敗した企業・事業は市場からの退場を余儀なくされてきた。

一方、国内では、海外で形作られたリスク管理基準を参考にしつつも、さらに厳しい規制を国が一律に策定・整備することで、効率的な高度経済成長、中小企業も含めた国内産業保護、安全・安心な社会を実現した。

しかし現代では最新技術の発達速度が非常に速くなったため、国による規制が最新技術に追いつくことが難しくなり、産業競争力を十分に発揮できない状況に陥っている。「新技術」「グローバル市場」への対応が迫られている現代では、リスクマネジメントの考え方についてもグローバルスタンダードを参考に、損失を予防するだけではなく便益とのバランスを考慮したスタイルを取り入れていく必要がある。

グローバルスタンダードに準拠したリスクマネジメントを実現するためには、民間企業自身では例えば次の点に留意するとともに、そのための経営資源の配分が必要となる。

(1) 得失両面を考慮したリスクマネジメントの判断プロセス

ISO31000※1では便益(好ましい影響=positive effect)と損失(好ましくない影響=negative effect)の両方をリスクの定義に組み込んでいる。絶対安全・ゼロリスクといった状態を実現することは一般的には困難であり、現実的には損得両面を考慮したマネジメントが必要となる。

例えば、新型コロナウイルスの感染拡大で明らかになったように、ゼロコロナ政策は感染の抑え込みには効果があるものの、他方で極めて大きな個人活動の制約と経済活動の減速などのリスクを伴うものである。多くの場合、全体として見た場合の「ゼロリスク」は実現困難であり、われわれは「一定のリスクとの共存」を前提としたうえで、どのような共存の姿を主体的に選択するかが重要である。

(2) 事故などのトラブルが発生した場合の対外説明力

IEC62853※2では「つながる世界」を前提とした場合のシステムライフサイクルのあり方、さらには多くのステークホルダーに対する説明責任の果たし方などに関する要件が記載されている。予見性の乏しいリスクが顕在化した場合であってもなお、外部の理解を得て事業を継続していくためには二つの事前準備が必要となる。第1にステークホルダーとの共通理解(合意形成)を踏まえた上でリスクが顕在化した後の事態収束(障害対応)に当たること。そして第2に新たなマネジメントの要件・方針(変化対応)について外部ステークホルダーにとっても理解・納得されやすい形で明文化した説明(説明責任遂行)を行うことである。

例えば、自動運転車両が社会に導入される際には、「どのようなリスクを想定しているのか」「そのリスクへの対応を誰がどのようにやるのか」といった点に関してステークホルダー間で明示的合意および共通理解が確立している状態が望ましい。これが「合意形成」に当たる。

また仮に自動運転車両の運用時に何らかの事故等が発生した場合、その波及影響の限定や事故要因の究明などと共に、その他の自動運転車両の健全性を担保し利用を継続させることが社会インフラとして重要となる。これらが「障害対応」に当たる。

さらに、事故の経験によって自動運転車両に求められる安全性や信頼性に関する新しい要件が明らかになる場合もある。このような社会要請の変化などへの対応が「変化対応」と位置付けられる。そしてこれらマネジメントシステムのライフサイクルが適切に運用されていることを対外的に説明する必要があり、それが「説明責任遂行」となる。

(3) 予見性の乏しいリスクに対する責任の明確化

「新技術」の社会実装においては事前に全てのリスクを網羅的に特定し切ることは一般的に困難である。これら予見性の乏しいリスクに関しては、被害が発生した場合の損害賠償などへの対応が新産業の成長において重要な懸念かつポイントとなる。

例えば「予見性の乏しい利用者側のリスクについては原因のいかんに関わらず事業者側で引き受ける」——といった責任分界を売買契約に盛り込む方法は、企業自身が事業戦略を立案するうえでの一つの選択肢となる。

民間企業を支援する社会制度の整備

これら民間企業の取り組みを後押しするために、国・社会としては、以下のような取り組みを行うことが必要である。

(1) 絶対安全・ゼロリスクではない社会判断の後押し

予見可能な事故・災害に対して一定の予防措置を行うことは当然であるが、絶対安全・ゼロリスクのためには膨大なリソースが必要となり、それを要件化すると産業・経済が回らなくなる。経済と安全の間の一定のトレードオフは社会として受容せざるを得ないといった社会的な議論の土壌とコンセンサスの形成が必要である。

(2) 社会的リスクマネジメント機能の民間レベルでの実装・エコシステムの形成

リスク評価、基準・規格開発、認証、保険などの社会全体のリスクマネジメント機能について、国ではなく民間産業主導で社会実装できるようなエコシステムの構築を支援することが望ましい。民間ビジネスのグローバル化が加速する中、これらのエコシステムも自前主義ではなくボーダーレスとなる姿が自然であり、国内産業保護とグローバル化のトレードオフにも一定の考慮を行う必要がある。

(3) 責任分界の再設計

特に「新技術」の社会実装において予見性の低いリスクが顕在化した場合の責任の所在に関しては、法律で一定の免責条項がある。例えば、製造物責任法の第4条では「(その時点)における科学または技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかった」場合には「賠償の責めに任じない」との規定がある。

しかし、実際の運用において免責判断となることはほとんどないため、事業者にとって新技術の活用に伴う事故等の責任問題は大きな事業リスクとなる。これら新技術の社会実装は日本産業の発展において重要である。例えば最新の技術レベル(state of the arts)を踏まえたうえで十分な努力が行われていたと判断される場合には国が賠償・補償責任をいったん引き取るなどの措置も課題対応の一つの方法と考えられる。

※1:ISO31000 Risk management Guidelines:組織が直面するリスクを対象としたリスクマネジメントに関するガイドライン。

※2:IEC62853 Open systems dependability:オープンシステムがオープンシステムディペンダビリティを達成するためのシステムライフサイクルそれぞれの要件に関するガイダンス。