外交・安全保障 第10回:国民保護法制「事態認定」の課題と展望

国民保護措置の実効性向上へ

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2023.7.4

フロンティア・テクノロジー本部島本佳奈

外交・安全保障

POINT

  • 国民保護法の適用は状況に応じた「事態の認定」が前提。
  • 「国民保護措置の早期の実施」と「事態認定」による状況のエスカレーションが起こる可能性。
  • 平時からの情報周知や輸送力活用などの体制構築が不可欠。

安全保障環境の変化を受けた国民保護措置の強化

日本周辺の安全保障環境は、近年厳しさを増している。このような状況下、2022年に公開された国家安全保障戦略では、日本に直接脅威が及んだ場合も念頭に、国民保護のための体制の強化に取り組むことが明示された。

武力攻撃を受けた際に、避難などにより国民の生命や身体、財産を保護する措置を国民保護措置※1という。その根拠となる国民保護法は、2003年の武力攻撃事態対処法の制定を受け、2004年6月14日に成立した。

国民保護措置は原則として、政府が事態の認定やその判断根拠、対処の方針や重要事項などを定めた対処基本方針の閣議決定を通じて、「武力攻撃事態等※2」や「緊急対処事態※3」(表1)の認定を前提としている。本コラムでは、主に「武力攻撃事態等」が認定された際の国民保護について取り上げる。
表1 武力攻撃事態等と緊急対処事態
武力攻撃事態等と緊急対処事態
出所:中林啓修「武力攻撃事態における国民保護に関する制度運用の全体像と課題」、『論究日本の危機管理体制』武田康裕編著、芙蓉書房出版、2020年、p.160より引用

早期避難と事態認定のジレンマ

国民保護法制では、「武力攻撃事態等」に伴う国民の避難※4は、「武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態※5」である「武力攻撃予測事態」の段階で完了することが想定されている※6(図1)。
図1 避難のタイミング
避難のタイミング
出所:三菱総合研究所
2022年末の国家安全保障戦略の策定にあたって行われた有識者への意見聴取では、「円滑な国民保護のためには、十分早期に事態認定することが重要※7」との意見とともに、早期の事態認定による、事態の悪化(エスカレーション)への懸念から、国民保護に関わる透明性を高めることが必要であるとの言及があった。この言及が示すように、事態の認定以降に国民保護の措置を実施する現行制度には課題があり、少なくとも以下の2点が指摘できる。

第1に時間的な余裕がある避難を行えない可能性があることだ。例えば、避難が透明性や予見性を欠いて拙速に行われれば、国民だけでなく諸外国からも、日本政府が軍事衝突の準備を積極的に進めているのではないかとの憶測を招き、事態が深刻化しかねない。一方で、そのような深刻化を恐れすぎると、避難の実施が遅延する可能性がある。さらに、避難だけでなく、大規模訓練や武力攻撃予測認定に各種コミュニケーションを行うことも、国民や諸外国を必要以上に刺激して、エスカレーションを引き起こす可能性がある。

第2に、早期の避難完了には大規模な輸送力が必要であるにも関わらず、現行法では、国民保護措置を実施する責任は公共機関※8に限られており、民間事業者には責任がない。このため、武力攻撃予測事態の認定によって民間機や民間船舶の運航を運航会社が取りやめることにより、避難に支障をきたすことも懸念される※9

国民保護措置の実効性向上に向けて

第1の課題については、諸外国が注目していることも意識して地域住民と行政とがリスクコミュニケーション※10を行うことが解決策になると考えられる。武力攻撃の発生に向けた状況と政府の対応方針、想定される被害と避難の指示を国内外に明確に伝えれば、不要な状況のエスカレーションや住民の混乱を防ぐことができるだろう。また、このリスクコミュニケーションと歩調をあわせ、武力攻撃事態等を想定した訓練を平時より計画・実施しておくことによって、内外に訓練実施は特別な事象ではないという認識を醸成でき、エスカレーションの防止につながるだろう※11

第2の課題については、事態の規模や切迫度に応じて国が民間の輸送力を活用できるようにすることが重要である※12。2022年12月16日に閣議決定された安保3文書では、今後5年間で、PFI(民間資金活用型公共事業)による民間船舶の活用も含め国民保護のための自衛隊の輸送能力強化を図るという方針が示された。今後の定期的な訓練を通じて避難民の輸送計画が見直され、必要な輸送量や空港・港湾の仕様に応じた適切なアセットの整備が進めば、計画の実効性も高まっていくだろう。

法制度自体にも安全保障環境の変化を踏まえた見直しの機運がある※13。2002年6月に国民保護法が成立したあと、2015年9月に平和安全法制の整備が行われ、想定すべき事態として新たに「存立危機事態※14」や「重要影響事態※15」も追加された。早期の国民保護措置を実施するため、これらの事態の認定と、武力攻撃事態などの認定との関係も整理する必要がある※16

国民保護法が施行された時期から安全保障環境は大きく変わっており、想定すべき事態も多様化している。国民保護基本指針では「我が国を取り巻く安全保障環境の変化等に伴い、国民の安全を確保するためには、国民保護措置についても絶えず検証がされていくべき※17」としている。今後は、自衛隊の行動の基準となる事態認定に国民保護の観点も取り入れていくとともに、訓練を通じて国民保護措置の実効性の確認を行うことが重要である。

※1:国民保護法の中には、①警報の発令、避難の指示、避難住民の救援、消防等に関する措置、②施設及び設備の応急の復旧に関する措置、③保健衛生の確保及び社会秩序の維持に関する措置、④運送及び通信に関する措置、⑤国民の生活の安定に関する措置、⑥被害の復旧に関する措置の6つが規定されている。(武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律(通称:国民保護法)第2条第3項第1~6号)

※2:厳密には、国民保護措置はこの場合のみ。

※3:この場合は、「国民保護措置に準じた措置」と呼ばれる。

※4:武力攻撃事態等における避難とは、大規模、広域、長期にわたる「疎開」に等しいものとされている。
中林啓修「ウクライナ侵攻から考える国民保護の課題」SYNODOS、2023年2月24日
https://synodos.jp/opinion/international/28652/(閲覧日:2023年6月9日)

※5:武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(通称;事態対処法)第2条

※6:緊急対処事態の場合には、避難開始時期は災害発生後となる。火災や爆発等の発生当初は災害なのかテロなのかの区別が難しいため、災害対策基本法のスキームで対応することとなる。

※7:内閣府「新たな国家安全保障戦略などの策定に関する有識者との意見交換(議論の要旨)」2022年、p.30

※8:武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律(通称:国民保護法)第3条第3項

※9:本課題は、防衛力の強化を検討する自民・公明両党の実務者協議や、日本戦略研究フォーラムの政策シミュレーションにおいても指摘されている
日本戦略研究フォーラム「第2回政策シミュレーション成果概要」2022年8月
https://www.jfss.gr.jp/public/images/file/2022-10-27/16668461145717.pdf(閲覧日:2023年6月9日)

※10:個人・機関・集団間で,情報や意見のやり取りを通じてリスク情報とその見かたの共有をめざす活動
奈良由美子ほか「リスクコミュニケーションで皆が望む社会をめざす」医学書院、2021年4月19日
https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2021/3417_01(閲覧日:2023年6月9日)

※11:2023年3月には沖縄県で初の武力攻撃事態を想定した図上訓練が実施され、関係機関の初動対応と連携が確認された。2026年にも沖縄県で緊急対処事態を想定した訓練が行われる予定であり、訓練の継続的実施が期待される。
NHK「“武力攻撃からの避難”初めて想定 沖縄県庁で図上訓練」2023年3月17日
https://www3.nhk.or.jp/lnews/okinawa/20230317/5090022340.html(閲覧日:2023年4月27日)

※12:この点は、日本戦略研究フォーラムの政策シミュレーションにおいても指摘されている。
日本戦略研究フォーラム「第2回政策シミュレーション成果概要」2022年8月
https://www.jfss.gr.jp/public/images/file/2022-10-27/16668461145717.pdf(閲覧日:2023年6月9日)

※13:NHK「台湾有事を念頭 国民保護法の改正含め見直しを 自公実務者協議」2022年11月16日
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221116/k10013893801000.html(閲覧日:2023年4月27日)

※14:日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態

※15:そのまま放置すれば日本の平和及び安全に重要な影響を与える事態

※16:防衛白書では、「存立危機事態であって警報の発令、住民の避難や救援が必要な状況とは、まさにわが国に対する武力攻撃が予測又は切迫している事態と評価される状況にほかならず、この場合は、あわせて武力攻撃事態等と認定して、国民保護法に基づく措置を実施する」と説明されている。
防衛省「令和元年版防衛白書」
https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2019/html/n25201000.html(閲覧日:2023年6月9日)

※17:「国民の保護に関する基本方針」2017年、p.2