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北陸新幹線開業を地域振興に活かす(2)

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2015.3.11

政策・経済研究センター平石和昭

経済・社会・技術
 新幹線整備と地域振興との関係を論じる際には、「どの段階で、どのような主体に、どのような効果が、どの程度出現するのか」といういわゆる整備効果論を踏まえておくことが必要だ。整備効果を的確に把握することで、進行中のプロジェクトや計画・構想中のプロジェクトを新幹線整備との関連から見直したり、新たな施策の提案を行ったりすることが可能となる。
 新幹線整備に伴う一般的な効果を図1に示す。効果は、施設の供用開始以前の建設段階で事業に起因して発生する「フロー効果」と、施設の供用開始以降に生じる利用者効果や波及効果などの「ストック効果」に大別される。地域振興との関連では、特に後者のストック効果が注目される。以下では、個々の効果の解説は省き、むしろこれらの効果を上手く引き出すための着眼点を紹介する。
図1 新幹線整備に伴う効果体系
図1 新幹線整備に伴う効果体系
出所:土木学会編「土木工学ハンドブック」(技報堂出版、1989年)に加筆

■拡大する時間圏域に着目する

 利用者効果に関する着眼点は、「時間短縮の捉え方」である。新幹線による時間短縮については、「何時間何分短縮したか」という点に目が行きがちであるが、地域振興の観点からは「当該地域からみてどの地域が何時間圏に入ってくるか」が重要である。時間圏域では「1時間圏」と「3~4時間圏」が注目される。
 1時間圏は、いわゆる日常行動圏である。この圏域に入ってくると、新幹線通勤・通学など日常的な旅客流動が増加する。実際に新幹線通勤定期旅客者数も着実に増加している。平成元年(1989年)に全国で8,000人程度であった通勤定期旅客数が平成16年(2004年)には約47,000人となり、15年間で約6倍に増加している。ただし、在来線に比べて費用が高いことや新幹線駅へのアクセス範囲が限られていることから、都市圏の通勤・通学構造を大きく変えるほどのインパクトにはならないだろう。
 3~4時間圏(900km以内)は、航空機やバスなど他の交通機関に比べて新幹線の優位性が発揮できる距離帯である。ビジネスでは「日帰りビジネス圏」、観光では「1泊2日宿泊観光圏」として捉えられる。観光面ではプラスのインパクトへの期待が大きい。国内宿泊観光旅行の約5割は1泊2日である。北陸新幹線の開業で、首都圏が富山や金沢の3時間圏に入ってくる。巨大マーケットである首都圏が1泊2日宿泊観光圏に入ってくると、宿泊観光のポテンシャルは飛躍的に増大する。一方、新幹線の開業で東京からの日帰りビジネス圏に入る場合、地方ではマイナスのインパクトに注意することが必要だ。東京の本社から日帰りで地方の業務をコントロールできるが故に地方の支店が営業所に格下げになるなど、いわゆる「ストロー効果」が発現する可能性がある。
図2 東海道・山陽新幹線沿線の交通機関分担率
図2 東海道・山陽新幹線沿線の交通機関分担率
出所:第4回(2005年)全国幹線旅客純流動調査をもとに三菱総合研究所作成

■重層型の地域構造を構築する

 波及効果に関する着眼点は、「重層型地域構造の構築」である。新幹線の開業で、人々の行動圏域は広域化する。広域化に伴って、機能配置も市町村や都道府県の枠を超え、より広域で適切に役割分担すべきである。
 高度医療ネットワークを例にとって説明する。北陸新幹線で結ばれる金沢、富山、長野などの地方中核都市が高度な医療センターを整備するとしよう。3つの市では、自らの市内にある病院で三大成人病であるガン、脳卒中、心臓病の全てで全国や世界に通用する高度な医療を提供したいが、単独ではガン、脳卒中、心臓病の全ての分野で高度な医療を整備・維持するだけの投資余力がない。新幹線の開業を契機に、例えば金沢ではガン、富山では脳卒中、長野では心臓病というように、特定の機能に特化して高度な医療を整備し、北陸新幹線沿線の住民が相互に利用し合うことが重要だ。それぞれの施設維持に必要な需要を確保することも可能になる。広域で適切に役割分担することで、施設整備の重複投資が防止され、日本全体としての設備投資コストの節約にもつながる。
図3 新幹線を活用した広域高度医療ネットワークのイメージ
図3 新幹線を活用した広域高度医療ネットワークのイメージ

出所:平石和昭「新幹線と地域振興」(交通新聞社、2002年)に加筆

■50年先を見据えた地域づくり

 以上、新幹線の役割と地域振興に活かすための工夫を整理した。本稿を終えるにあたり、地域振興を実現・評価するための時間軸について述べておく。一言でいうと「国土づくりは100年の計、地域づくりは50年の計」である。新幹線の効果を引き出すためには、沿線地域が一体となった受け皿整備、すなわち新幹線を上手く活用するための適切な地域振興方策が不可欠であるが、目標である絵姿は30年先、50年先を見据えることが肝要だ。中長期を見据えたビジョンを描き、ゴールに向けたロードマップを策定し、節目、節目で進捗をチェックし、適宜ロードマップを修正していくことが重要だ。