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今年のノーベル生理学・医学賞は感染症治療薬の研究者3名に(その1)

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2015.12.7

政策・経済研究センター清水紹寛

海外戦略

「原虫」つながりで受賞?

今年のノーベル生理学・医学賞は、抗寄生虫薬の開発に貢献した大村智氏と米国ウィリアム・キャンベル氏、抗マラリア薬となる有効成分を発見した中国の屠呦呦(トゥ・ヨウヨウ)氏の3名に与えられることが決まった。賞金800万スウェーデン・クローナ(約1億2,000万円)は、屠氏が1/2、残りを大村氏とキャンベル氏が折半するという。

何とも下世話な話題で書き出してしまったが、こんな報道を目にしたとき、ちょっとした違和感があった。そもそもノーベル賞は部門ごとに1つずつの研究テーマに対して与えられるのではないのか。確かに抗寄生虫薬も抗マラリア薬も退治する病原体は原虫。ウイルスや細菌、クラミジアなど他の感染症の病原体と比べて大きい。「原虫」つながりでの3氏の受賞となったのか。

そんなことを考えながら、過去のノーベル生理学・医学賞受賞者と授賞理由を眺めてみると、単独の受賞の年もあれば2人、3人が同時受賞している年もある。2008年には、子宮頸癌(けいがん)を引き起こすヒトパピローマウイルスの発見により1人が、ヒト免疫不全ウイルスの発見により2人が受賞していた。これなどは「感染症の原因となるウイルスの発見」つながりと言えようか。
表 感染症の病原体
表 感染症の病原体
出所:「感染症.com」をもとに作成
http://www.kansenshou.com/infectious-diseases/pathogenic-microorganism/features-and-classification/

大村氏は何の功績が認められたのか

大村氏の功績はいろいろと紹介されているが、「エバーメクチン」とか「イベルメクチン」とかと、似たような横文字が出てきてややこしい。大村氏が静岡県伊東市の川奈ゴルフ場近くの土を採取し、その中から分離した放線菌が作り出す抗生物質が「エバーメクチン」。これを効率の良い薬剤にするため、メルク社キャンベル氏との共同研究で、一部を改良して作ったのが「イベルメクチン」。イベルメクチンは当初、動物に寄生する原虫に対する薬であったが、人にも効くことが分かった。特にオンコセルカ症とリンパ系フィラリア症には特効薬となる。エバーメクチンを発見し、イベルメクチンを共同開発したことが功績として認められたのだ。

オンコセルカ症は、フィラリア線虫の回旋糸状虫が病原体となる感染症で、アフリカの熱帯地域及びサハラ以南においてよく見られる。感染すると、かゆみ、発疹が発生し、場合によっては失明する。河川で繁殖するメスのブユが媒介、ブユに刺されたところからミクロフィラリア(前期幼虫)がうつされると、皮膚や眼の中に入り込み失明してしまうのだ。このため河川盲目症と呼ばれ恐れられていた。世界中で1,800万人がオルセンカ症にかかり、そのうち27万人が失明し、50万人が視覚障害となる※1という。

リンパ系フィラリア症も糸状虫が病原体となる。蚊によって媒介され、フィラリアがうつされると、リンパ管やリンパ節に寄生して増殖する。リンパ系の障害によって皮膚に細菌感染が起きる。皮膚組織が硬く膨れ上がり象の皮膚のようになるため、象皮病とも呼ばれている。世界73カ国14億人以上がリンパ系フィラリア症の脅威にさらされ、患者数1億2,000万人、約4,000万人が外観の変形、障害を患っている※2
図 リンパ系フィラリア症(象皮病)
図 リンパ系フィラリア症(象皮病)
出所:エーザイホームページ
http://atm.eisai.co.jp/ntd/filaria.html
 オンコセルカ症にはイベルメクチンを年1回飲むだけで虫を駆除できる。リンパ系フィラリア症にもイベルメクチンと他の薬剤を併用することで予防と治療ができる。錠剤なので必ずしも投薬に関して医者を必要とはしない。へき地でも薬さえ届けられれば、患者はこれらの病気から解放される。便利で効力のある薬なのだ。WHOではオルセンカ症もリンパ系フィラリア症も2020年には撲滅できると予測している。ちなみにこれまで人類が撲滅に成功した感染症は、唯一天然痘だけしかない。

大村氏がとった作戦

研究の資金も人材も環境も貧弱だった北里研究所抗生物質室長時代(1970年代)、企業から研究費を導入するためにも、いかにして世界と伍(ご)して一流の研究開発を行うか、が大村氏の課題であった。そのためにとった作戦として、メルク社との共同研究テーマを動物薬の探索研究に定めた。大きな製薬会社は人間向けの創薬を中心に研究開発が行われ、動物には人間用として使われたものが転用されていた。動物用の薬を開発すれば畜産業の利益に貢献でき、人間にも類似の疾患があれば応用できる。既に動物実験で証明済みのようなものだ。

メルク社との役割分担も、
● 大村氏が微生物由来の天然化学物質を探索、特許を取得する
● 発見した化学物質、研究成果と共に、特許の専用実施権を企業に与える
● 企業はそれをもとに薬を開発、ビジネス展開する
● ビジネスになった場合には、特許ロイヤルティーを大村氏に支払う
● 企業は特許がいらなくなったら大村氏に返還する
というものだった。

ターゲットの設定、仕組みの構築も、共同研究相手の置かれている状況も考慮した上でなされていた※3。これはまさにオープン・イノベーションともいうべきもので、40年前に既に大村氏は実践していたのであった。

日頃の努力として、常に三点セット(サンプル採集用ポリ袋、記録用のペン、採取場所を記録する付箋)を携帯し、研究室員にもサンプル採集に努めるよう言っているという。趣味のゴルフに行きながら地道にサンプル採集する。それが大発見につながった。凡人との違いはこんなところにあるのだろう。

その2では、屠呦呦氏について紹介します

※1:メルクマニュアル医学百科家庭版より

※2:厚生労働省検疫所ホームページより

※3:このあたりのことは、馬場錬成氏の著書「大村智 2億人を病魔から守った化学者」(中央公論新社、2012年)に詳しい。まるで大村氏がノーベル賞を受賞することを予想していたかのような著書である。