エコノミックインサイト

MRIエコノミックレビューエネルギー新興国

インドネシアの脱炭素化での原子力活用

期待される日本の役割

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2023.12.21

English version: 14 February 2024

社会インフラ事業本部川合康太

政策・経済センター吉永恭平

エネルギー
ASEANのカーボンニュートラル達成のカギは最大級のエネルギー需要国であるインドネシアだ。石炭関連が主要輸出産業の一つという事情もある。インドネシアが自国の産業を守りつつ、脱炭素化を推進する道は——。原子力発電に焦点をあて、日本の果たす役割を考える。

脱炭素化が促す電源構成の大転換

2023年8月のMRIエコノミックレビュー「ASEANの脱炭素に向けたインドネシアの立ち位置」では、インドネシアはASEANの中で最大のCO2排出量および人口規模を有し今後の経済成長に伴うエネルギー需要の増加が大きいこと、そしてASEANの脱炭素化にはインドネシアがポイントとなることを述べた。インドネシアの脱炭素化の実現には、将来的にエネルギー消費が増大することへの対応と、同国の主要な輸出品である石炭の関連産業の転換が大きな課題となる。インドネシアは2060年までのカーボンニュートラル(CN)実現を表明しており2060年の電源構成として、太陽光361ギガワット(GW)、水力83GW、風力39GW、バイオ37GW、原子力35GW、地熱18GW、海流13.4GWの合計約587GWの設備容量にて電源の脱炭素化の実現を目指している(図1)。2020年時点では、火力発電が全設備容量の約90%を占めており、今後は「火力発電からの脱却」「再生可能エネルギーの大量導入」「原子力発電の導入」といった電源構成の大転換が強いられるのは必至である。現状でもインドネシア政府は、電気料金抑制のための補助金を投入しており、この現状を勘案すると高コストな電源構成へのシフトは容易ではない。経済的な負担をいかに抑えながら、この大転換を成し遂げるかが大きな課題である。
図1 電源構成別に見たインドネシアの設備容量(2020年実績、2060年計画)
電源構成別に見たインドネシアの設備容量(2020年実績、2060年計画)
出所:IRENA(2022年)“Indonesia Energy Transition Outlook”、「インドネシア政府エネルギー鉱物資源省発表資料※1」を基に三菱総合研究所作成

原子力導入への期待は大きく、産業構造にも影響

現在インドネシアでは原子力発電の導入について盛んに議論されている。同国のような化石燃料輸出国が、経済的な負担を抑えながら、CN実現に向けて電源構成の大転換を果たす観点でメリットは大きいとの考えである。現在、2035年までに8GW、2060年までに35GWの原子力発電の導入計画が示されている。2022年の日本の原子力発電所稼働量が約10GWであることから、その導入規模の大きさが推察できるだろう。

民意の後押しもある。インドネシア国民の約76%が原子力導入に前向きな姿勢を見せている※2。その一方で、多額の投資を必要とする電源構成の大転換は容易ではない。単に脱炭素化の視点だけではなく、同国の産業構造への影響も重要な論点になるだろう。

インドネシアの産業構造を考えると、①石炭産業に代わる新たな産業の創出、②各島の電力需要に応じた供給、③石炭に代わる新たな輸出資源の探索——が解決すべき課題の一部と言えるだろう。次の①~③の課題に対して、原子力発電の果たしうる役割について、その可能性を記載する。

①石炭産業に代わる新たな産業の創出

インドネシア国有電力会社は、2030年時点でも石炭火力発電の比率が約60%を占めると予想する※3。電源構成の半分以上を占める石炭火力を低減する場合、産業への影響は避けられず、新たな電源構成のもとで雇用を生み出すことが求められる。これはインドネシアだけの課題ではなく、2022年時点で20%の石炭火力発電量を有す米国の検討課題でもあり、米エネルギー省(DOE)は石炭火力を原子力にリプレースした際の効果を発表している※4。DOEによれば米国では、電力系統への接続、道路整備・建屋などの基礎工事はすでに完了していることから、原子力発電所の建設コストを15~35%削減できる可能性がある。さらに、石炭火力発電所で働く労働者のスキルや知識の一部は原子力発電でも活用でき、労働力の維持にもつながる可能性が示唆されている。もちろん、石炭産業の全スキルを原子力にそのまま活用できるわけではなく、人材育成や再教育を支援する必要もあるだろう。それでも、既存のインフラ設備や労働力を有効活用できる原子力は、新たな産業を創出する有効な選択肢となりうる。

②各島の電力需要に応じた供給

インドネシアは1万を超える島々で構成されており、図2に示した通り2030年、2060年時点の電力需要は主要な島ごとで大きく異なり、供給源も多様性に富んでいる。送電網についても、島間での連携に制約がある。再生可能エネルギーの導入ポテンシャルも異なることから、各島の特徴に応じた電力供給が必要となる。そのような特徴を踏まえると、従来の大型軽水炉(30万kW以上)の導入は供給過多になる可能性があり、昨今研究開発が進んでいる30万kW以下の小型モジュール炉(SMR)や1万kW以下のマイクロ炉の導入も有望視される。

送電網や電力需給バランスの課題を同じように抱えているカナダでは、2030年頃の稼働に向け、SMRやマイクロ炉の建設が進んでいる。大型軽水炉と比べると、SMRやマイクロ炉は総合的な発電単価は高くなる一方、初期投資を抑えられるメリットもある。電力需要・再エネ導入量・送電網・経済性などを総合的に勘案して、導入する原子炉タイプを検討することが必要である。
図2 主要な島での電力需給予想(2030年と2060年の予測)
主要な島での電力需給予想(2030年と2060年の予測)
出所:JICA(2022年),“Data Collection Survey on Power Sector in Indonesia for Decarbonization”を基に三菱総合研究所作成

③石炭に代わる新たな輸出資源の探索

石炭はインドネシアにとって国内のエネルギー供給の主力であるだけでなく、輸出資源としての位置付けでもあり、新たに代替候補を探索することは重要な課題である。これに対し、原子力によって製造した水素の輸出は、解決策の一部となる可能性を秘めている。現在、日本政府は高温ガス炉の実証炉開発を進めているが、水素製造の開発目標として約12円/Nm3(ノルマルリューベ:1Nm3は気体の標準状態での1m3)を挙げている※5。インドネシアが高温ガス炉を導入し、電力供給が過多となる際には発電から水素製造に切り替え、生成物を輸出する戦略もありうるだろう。

日本の技術協力・人材育成への期待は大きい

原子力の導入時、核不拡散、過酷事故防止、放射性廃棄物の処理・処分などクリアしなければならない課題は、無論のこと存在する。しかしながら、前述のようにインドネシア政府として原子力への期待が高まる中、日本がこれまで培ってきた安全対策技術の活用、あるいは人材育成への協力などのソフト面で、日本がインドネシアに対して果たせる役割は大きい。

東京電力福島第一原子力発電所の事故を踏まえた日本の地震・津波対策は、地震大国インドネシアにも求められる。高温ガス炉の技術開発でも、日本は世界をリードしており、技術開発と人材育成の両面で協力していくことも必要であろう。原子力分野全般の人材育成では、現在も日本原子力研究開発機構や各大学がインドネシアから学生・技術者・研究者を招いて人材育成に取り組んでいるが、インドネシアの原子力導入計画に基づいて、より踏み込んだ取り組みが今後さらに必要となる。

なお、日本では若者の「原子力離れ」も問題視されており、震災以降、大学の原子力専攻者数はほぼ横ばいとなっている※6。もちろん、国内における廃炉事業の完遂にも多くのリソースを費やす必要はあるが、インドネシアとの原子力分野の協働を図ることは技術継承に悩む日本企業にとっても新たな機会になるのではないか。

インドネシアではカーボンニュートラルの達成に向け、電源構成の大転換が求められる。国内産業創出、電力需給バランス確保、輸出産業創出などの課題に対して、原子力が果たしうる役割は大きい。インドネシアにおける原子力の平和かつ安全な利用の実現に向けて、日本の技術・経験を活用することが重要だ。

※1:Ministry of Energy and Mineral Resources(2021年11月)、“Indonesia’s NRE Development in Energy Transition towards Net Zero Emission”
https://britcham.or.id/wp-content/uploads/2021/11/Chrisnawan-Anditya-Director-of-Various-of-New-and-Renewable-Energy-of-Ministry-of-Energy-and-Mineral-Resources.pdf(閲覧日:2023年12月15日)

※2:ASEAN Centre for Energy (2022年9月)“The 7th ASEAN Energy Outlook”
https://aseanenergy.org/the-7th-asean-energy-outlook/(閲覧日:2023年12月15日)

※3:インドネシア国有電力会社(2021年10月5日)「電力供給計画2021-2030」
https://gatrik.esdm.go.id/assets/uploads/download_index/files/38622-ruptl-pln-2021-2030.pdf(閲覧日:2023年12月15日)

※4:米エネルギー省(2022年9月13日),“Could the Nation’s Coal Plant Sites Help Drive a Clean Energy Transition?”.
https://www.energy.gov/ne/articles/could-nations-coal-plant-sites-help-drive-clean-energy-transition(閲覧日:2023年12月15日)

※5:資源エネルギー庁、高温ガス炉実証炉開発事業
https://www.meti.go.jp/main/yosangaisan/fy2024/pr/gx/keisan_gx_08.pdf(閲覧日:2023年12月15日)

※6:今後の原子力分野の人材の確保及び育成に向けた基盤的調査 報告書、2021年3月31日
https://wwwa.cao.go.jp/oaep/dl/search_houkoku2021.pdf(閲覧日:2023年12月15日)