エコノミックインサイト

MRIエコノミックレビュー経済・社会・技術海外戦略・事業新興国

日・ベトナム外交樹立50周年の期待と現実(後編)

低下する日本の存在感

タグから探す

2024.1.31

政策・経済センター田中嵩大

経済・社会・技術
2023年は日本・ベトナム外交関係樹立50周年にあたる節目の年であった。これに合わせてベトナムではさまざまなイベントが開催されるなど盛り上がりを見せた一方、日本の存在感は低下していると指摘されている。世界からベトナムに対する注目が集まるなかで、日本はどのようにベトナムと関係を築いていくべきだろうか。

過去50年間、経済関係を深めてきた日越

前編では、ベトナム経済は成長モデルを変えない限り今後高成長を維持することは難しく、政府主導で産業構造の高付加価値化を目指していることを指摘した。ベトナム経済が転換期にあるなかで、日本はベトナムにとって今でも必要な存在だと言えるのだろうか。2023年は、日越外交樹立50周年の節目であった。新たな50年が始まる今、改めて考察したい。

過去50年間、日本とベトナムは経済関係を深めてきた。外交関係が樹立した当初から、日本はインフラ開発や人材育成に多額の政府開発援助(ODA)を投じており、最大のドナー国(援助供与国)だ。ベトナムが世界貿易機関(WTO)に加盟した後は、「チャイナプラスワン」の流れから、安価な労働力を求めて日系製造業のベトナム進出が増加した。近年では、製造業の進出は一巡した一方、内需成長への期待から、金融業や卸小売業といった非製造業も進出が増えており(図表1)、対外直接投資(FDI)は2022年末時点で、日本は韓国・シンガポールに次いで第3位となっている。
図表1 産業別に見た日本からベトナムへの対外直接投資(FDI)流入額と製造業の割合
産業別に見た日本からベトナムへの対外直接投資(FDI)流入額と製造業の割合
注:左図は年次、右図は四半期ベース。
出所:日本銀行のデータを基に三菱総合研究所作成
また、近年ではベトナムから来日する就業者や留学生も増加している。2022年10月時点で就労中のベトナム人労働者数は約46万人と、外国人労働者の約4分の1を占め、国籍別で第1位。留学生数も中国に次いで第2位だ。 こうした中で2023年11月には、トゥオン国家主席の来日に合わせて両国政府は二国間関係を、国際協力の枠組みとしては最上位にあたる「包括的戦略パートナーシップ」に引き上げることで合意し、経済や環境、安全保障など幅広い分野で協力していくことを確認した(図表2)。
図表2 ベトナムの二国間関係
ベトナムの二国間関係
注:順不同。
出所:各種資料を基に三菱総合研究所作成

ベトナムにおける日本の経済プレゼンスは相対的に低下

このように、過去50年で日本とベトナムの経済的なつながりは量・質的に拡大を続けており、今後も日本にとって重要な存在であり続けることが予想される。各機関の調査からは日本企業のベトナムに対する期待が見て取れる。
  • 日本政策投資銀行(DBJ)「企業行動に関する意識調査結果(大企業)」:
    2023年度調査で「向こう3年程度、海外設備投資先として重視する国・地域」として、製造業ではASEAN内でタイに次いで第2位、非製造業では同1位。
  • 国際協力銀行(JBIC)「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」:
    2023年度調査では「有望事業展開先国・地域」として、「中期的」「長期的」共にインドに次いで第2位(前年度の第4位から上昇し、過去最高)。
  • 日本貿易振興機構(JETRO)「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」:
    2022年度調査で「今後の事業拡大先」として、米国に次いで第2位。
しかしながら、ベトナムにおける日本の経済プレゼンスは相対的に低下しており、ベトナムから見ると、日本は特別な存在ではなくなりつつある。韓国や中国、台湾、米国をはじめとする海外勢が、日本以上のペースでベトナムへの関与を拡大させていているためだ。
ベトナムと日本・韓国・中国・米国との経済関係を、輸出入(モノ)・訪越外客数(ヒト)・FDI(カネ)の観点から比較したのが図表3だ。①財貿易や②訪越外客数の伸びは緩やかであり、過去10年で日本はシェアを落としている。唯一、③FDI認可額はシェア・量ともに順調に伸びているものの、2023年は円安の影響もあって第5位、前年比で3分の2程度にとどまっている(11月時点)。内訳も、出資・株式購入がメインであり、新規案件の割合は低い(図表4)。このことから、ベトナム政府関係者からは「日本は投資を行わない」「日本の行動は他国と比べて遅い」という不満の声を耳にする。
図表3 ベトナムと主要国との経済関係
ベトナムと主要国との経済関係
注:①②は後方12カ月移動平均。中国は③のみ香港を含む。③は1996年以降の各年のTotal registered capitalを累積したもの。
出所:ベトナム国家統計局(GSO)、ベトナム計画投資庁(MPI)のデータを基に三菱総合研究所作成
図表4 2023年内の対ベトナム直接投資(2023年11月時点)
2023年内の対ベトナム直接投資(2023年11月時点)
注:図中ラベルの数値は前年同期比の値を示す。
出所:ベトナム計画投資庁(MPI)を基に三菱総合研究所作成

他国は官民連携で新産業育成を支援

対照的にベトナムで存在感を増しているのが、韓国や米国、中国、台湾などだ※1。これらに共通するのは、「官民連携」によるアプローチと、自国の強みを活かした形での「ベトナムの新産業育成支援」という戦略的な関係構築だ。新たな成長モデルを模索するベトナム政府を支援するとともに、自国にとって有利な条件を引き出すことでWin-Winの関係を築いている。

事例①:韓国

韓国は以前からベトナムへの投資を拡大させており、FDI(ストック)では第1位の存在である。ベトナムに在留する韓国人も日本人の10倍以上と言われており、ベトナムに最も入り込んでいる国の1つと言って良いだろう。韓国は官民一体となってベトナムへの関与を深めており、尹大統領が2023年6月にベトナムを国賓訪問した際には205人の経済使節団が同行し、111件のMOU(了解覚書)を締結させた。

近年では、イノベーション分野での連携にも注力している。ベトナム国家イノベーションセンター(NIC、詳細は前編を参照)に対して、韓国SKグループが3,000万ドルの支援を行ったほか、SamsungはNICホアラックキャンパス内に“Samsung Innovation Campus”を開設し、ベトナムの若者のハイテクスキルアップを行う計画だ。ホアラックキャンパス開所に合わせて2023年10~11月に開催された「ベトナム国際イノベーションエキスポ2023」には、KOTRA(大韓貿易投資振興公社)や韓国商工会議所、Samsungの出資を受けたスタートアップなどがブース出展し、NICがWeb上で公表した開催報告でも韓国勢の貢献が大きく取り扱われている※2。また、越スタートアップへの投資を行っている韓国ベンチャーキャピタルの数も2019年に日本を上回った(図表5)。
図表5 越スタートアップへ投資を行うベンチャーキャピタル(VC)数
越スタートアップへ投資を行うベンチャーキャピタル(VC)数
注:横軸は年次。
出所:NIC "Vietnam Innovation and Tech Investment Report" を基に三菱総合研究所作成

事例②:米国

米国はFDI(ストック)では第11位(2022年末時点)と投資面で他国に後れを取っていたものの、米中対立が深まるなかで、近年急速にベトナムへの関与を強めている。2023年9月のバイデン大統領の国賓訪越を機に、両国関係は「包括的戦略パートナーシップ」へと格上げされた。その中でとりわけ強調されたのが、半導体分野における連携だ。バイデン政権が進める「フレンドショアリング(同盟国・友好国などに限定したサプライチェーンの構築)」による半導体の安定供給のために、ベトナムを中国に代わる新たな半導体生産拠点にしようという狙いだ。

ホワイトハウスのファクトシートでは、「半導体パートナーシップ」や「労働力開発イニシアチブ」の設立が公表されており(図表6)、AmkorやSynopsys、Intelといった米半導体企業が対越投資を増加させる方針を示している。豊富な理系人材や地政学的優位性など、ベトナムの半導体産業はポテンシャルが高い一方で、電力供給やインフラなど課題も多い。2023年10月末にNIC内で開催された「ベトナム半導体サミット」には多くの米半導体関連企業が登壇し、ベトナム政府に向けて解決すべき課題や米越協力のあり方を呼び掛ける姿が印象的であった※3
図表6 米越包括的戦略パートナーシップに関するファクトシート
米越包括的戦略パートナーシップに関するファクトシート
注:主な内容を抜粋。
出所:ホワイトハウス資料を基に三菱総合研究所作成

日本も戦略を持って独自の関係構築を模索すべき

このように、他国が官民連携による新産業育成でベトナムへの関与を増やすなかで日本は後れを取っている。越スタートアップへ投資する日系ベンチャーキャピタルの数は伸び悩んでおり、前述のNICイベントへの関与も限定的であった。ベトナムは新興市場であり、前のめりになり過ぎるのは危険だが、今後は国内市場の縮小が予想される日本にとって、成長余地の大きいベトナムとの関係は軽視できない。

日本は一般的にスピードや金額規模で海外勢に劣ると指摘される。差別化のためにも日本は独自の関係構築を模索すべきだ。考えられる関係構築の方策として2つ提示する。

第1はソフト面での支援だ。ASEAN企業を対象としたアンケート調査を見ると(図表7)、日本企業は他国に比べて意思決定が遅いことがネックとなっている一方で、韓国企業や中国企業などと比べて、技術水準が高く、地場企業への技術移転を積極的に行っている(と見なされている)ことは注目に値する。金額規模で韓国や中国に上回ることは難しくとも、人材育成やガバナンスなどのソフト面で差別化することは可能だ。

第2は社会課題解決型産業での協力だ。少子高齢化や気候変動、大気汚染など、ベトナムが現在抱えている社会課題の多くは、日本がこれまで経験した、または経験している最中にある。これらの課題解決に資する技術を有する日本企業とベトナム企業が協力することで、社会課題解決と事業成長を両立することができるだろう。
図表7 ASEAN企業から見た海外企業の特徴
ASEAN企業から見た海外企業の特徴
注:2022年にASEAN企業を対象に実施したアンケート調査。うちベトナム企業は14.4%。5段階の回答のうち、「中立(Neutral)」を除いた回答者割合でDI化(例えば、意思決定の速度は、「とても速い/速い」—「とても遅い/遅い」)
出所:JETRO「Business Sentiment Survey Report」を基に三菱総合研究所作成
これは一例であるが、こうした関係構築は企業単体では難しい。日本政府・関連機関が「どこの分野に注力して、どのような形で関係構築するのか」具体的な戦略を示し、民間企業と連携しながら進めるべきだ。官僚の汚職や「国庫棄損罪」※4など、ベトナムには政策実行を妨げる特有の要因も存在する。だからこそ、韓国や米国のように、互いに恩恵のある具体的な方向性を日本側から示し、プッシュし続ける必要がある。ベトナムにとって日本が特別な存在ではなくなりつつある現状では、なおさらベトナム側の動きを待っているだけでは何も始まらない。

日本は少子高齢化による国内経済の縮小が予想され、ベトナムは産業の高付加価値化を成し遂げ「中所得国の罠」を回避できるかという転換期にある。日本とベトナムが共に成長していくためにはどうすればよいのか。日越の次の50年に向けた関係の在り方を考え直す時が来ている。

※1:ベトナムの基本的な外交戦略は戦略的自律であり、西側諸国と覇権主義国(中露)の双方と関係を維持している。本稿では詳述しないが、中国からベトナムに生産拠点を移した西側企業を追って、サプライヤーの中国企業もベトナムに進出しているほか、政府レベルでは「一帯一路」での継続的な協力を確認している。

※2:NICの開催報告は下記を参照。
https://nic.gov.vn/en/tin-tuc/dau-an-trien-lam-doi-moi-sang-tao-viet-nam-2023/(閲覧日:2024年1月26日)

※3:「ベトナム半導体サミット」には、日本からはホーチミン市で半導体設計を行っているルネサスデザインベトナム社が登壇した。

※4:正式名称は「第144条 責任不足により国家財産に重大な被害を引き起こした罪」(JICAによる日本語訳)。ある案件によって国家財産に重大な損失が起こった場合に、その案件を担当した公務員に対して懲役刑等が課せられることから、インフラなどの案件が進まない一因となっているとの指摘がある。