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ネガティブエミッションの宝庫「製紙産業」

カーボンニュートラル時代 副産物 黒液に着目

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2024.4.9

政策・経済センター舟橋龍之介

エネルギー・サステナビリティ・食農
カーボンニュートラル(CN)達成に向け、炭素資源不足をカバーするための森林資源の活用で注目すべきことを、「CN達成の道筋を切り拓くバイオマス資源の活用」で指摘した。一方で、電化が困難な分野ではCO2排出が残ると言われている。この問題の解決手段の1つが、製紙産業の「黒液」である。

製紙工程に潜むネガティブエミッション

鉄鋼、化学、セメントなど、電化が困難な分野では年間0.5~2.4億トンのCO2排出が残ると言われている※1。CN達成のために、こうしたCO2排出を相殺する手段として注目されているのが「ネガティブエミッション技術」である。

ネガティブエミッションの言葉の由来は、「マイナスにする=ネガティブ」と「CO2排出=エミッション」にある。文字通り、大気中のCO2を回収・吸収し、貯留・固定化することを意味する。地球レベルの炭素循環を考えた際、一般的には、CO2を100年以上固定化する技術がネガティブエミッション技術と定義されている※1。この中で、生物由来の有機資源であるバイオマスの燃焼で生じたCO2を貯留・固定化するものをBECCS(Bio-Energy with Carbon Capture and Storage)と呼ぶ。例えば、木材チップやペレットなどを用いたバイオマス発電がBECCSにあたる。

実は製紙産業には既に、「黒液」と呼ぶネガティブエミッション源が存在する。昔から製紙産業は、大気中CO2を吸収した樹木を活用してきた。大まかに捉えれば、樹木はパルプ成分(セルロース)と樹脂成分(リグニン)で構成される。製紙工程とは、①樹木より製造した木材チップから薬品を用いて樹脂成分を除去し、②パルプ成分を取り出すプロセスを指す(図表1)。この除去された樹脂成分と薬品が混じった副産物の液体が黒液である※2。製紙産業では以前より、この黒液を濃縮後、ボイラー(黒液ボイラー)で燃焼させて生じた熱を発電や紙の乾燥に用いてきた。すなわち、黒液は樹木由来の「カーボンニュートラル」なエネルギーである。製紙工程に既に組み込まれていること、黒液ボイラーから排出されるCO2を貯留・固定化するという意味を考え併せれば、立派なネガティブエミッションと見なせるのではないか。
図表1 製紙工程
製紙工程
出所:三菱総合研究所作成
図表2 黒液の写真
黒液の写真
出所:日本製紙連合会より提供

パルプの用途拡大で黒液ポテンシャルを最大化

黒液は製紙工程の副産物であるため、黒液ボイラーでのCO2排出量はパルプ※2の生産量に比例する。当社が日本国内での黒液由来のCO2排出量を推計したところ、約1,500万トンとの結果が得られた。このインパクトを把握するため、石油連産品の2022年国内供給量※3に起因するCO2排出量と比較した結果を図表3に示した。ガソリン、軽油、ナフサのレベルには至らないが、持続可能な航空燃料(SAF:Sustainable Aviation Fuel)の開発が急務となっているジェット燃料由来のCO2排出量と同程度のインパクトがあることがおわかりいただけるだろう。これほどのネガティブエミッションの可能性が実は製紙工程に隠れていたのだ。

日本は調達コストなどの観点で製紙原料の木材チップを海外から輸入しており、その比率は70%前後で推移している※4。こうした中、国内の大手製紙会社はCN達成に向けた有望資源として改めて森林に着目し、海外生産林(木材生産を優先する人工林)の拡大を目標に掲げた。例えば王子ホールディングスは海外生産林を2022年度の28万ヘクタール(ha)から2030年度には40万haに拡大するとしている※5。日本製紙グループも2030年度までにアジアを中心に自社が資源確保を可能な森林を10万ha程度拡大するとしている※6

一方で昨今、デジタル化の進展に伴って紙、ひいてはパルプの需要減少が叫ばれている。日本製紙連合会では、黒液の2050年エネルギー利用量は2019年の3分の2になると予測している※7。黒液はパルプ生産の副産物であり、黒液の発生量はパルプ需要におおよそ比例するため、黒液に由来するネガティブエミッションのポテンシャルが500万トン減少することになる※8

このままでは海外生産林を国内で有効活用する道筋が狭まってしまう。海外生産林を有効に活用し、国内のネガティブエミッションにも貢献するための鍵は「パルプの用途拡大」にある。
図表3 黒液のネガティブエミッションポテンシャル
黒液のネガティブエミッションポテンシャル
出所:各種文献※9-10などを基に三菱総合研究所作成

製紙産業の発展をCN達成と地方創生の契機に

現在注目されているパルプ用途にはセルロースナノファイバー(CNF)、SAF、バイオマスプラスチックなどがあるが、これらは国家プロジェクトを中心に実用化が進められている。CNFに関しては、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「炭素循環社会に貢献するセルロースナノファイバー関連技術開発」で、CNFメーカーと同ユーザーが自動車、家電、日用品、建材などの用途開拓を推進している※11。SAFについても、日本製紙グループは民間での取り組みとして、Green Earth Instituteおよび住友商事とともに、2027年度に年産数万キロリットルのバイオエタノール製造を目指している※12。プラスチックに関しては、王子ホールディングスがパルプの糖化・発酵を通じてポリ乳酸やポリエチレンの開発・製造を進めている※5

このようなパルプの用途拡大により、国内の大手製紙会社が保有する海外生産林を最大限に活用可能になり、黒液の発生量の増加に伴いネガティブエミッションのポテンシャルをさらに引き出すことになる。さらには、パルプ由来のCNFやプラスチックを活用し、これらの製品リサイクルを推進すると、大気中CO2の固定期間は長くなる。炭素循環の観点では、ネガティブエミッションの考え方に近づくことになる。パルプの用途拡大は、パルプ製品(CNF、プラスチック)と副産物(黒液)の両面でネガティブエミッションの可能性を秘めているのだ。

そして忘れてはならないのが、製紙産業が支える地域雇用である。図表4に示した通り、製紙会社は元々国産材を扱ってきた経緯から全国各地に工場が点在しており※13、各地域の産業や雇用を創出してきた(2020年の製品出荷額は約7.1兆円、従業員数は約18万人※14)。地域が主役になってCNを達成するには製紙産業の発展も欠かせない。
図表4 製紙工場所在地一覧
製紙工場所在地一覧
出所:文献※13を基に三菱総合研究所作成

第一歩はサプライチェーンの具体化から

ただし、原料供給側で消費者とは距離のある製紙産業がパルプ用途の拡大を単独で推進するのは難しい側面もあるだろう。バイオ原料へのシフトなど、サプライチェーンを一新した場合、一般的に製造コストは数倍増加する反面、最終製品の性能が向上する訳ではない。あくまで原料がバイオマス由来にシフトするのみであり、消費者はその価値を実感しにくい。そのため、環境価値の向上や低コスト化技術の開発・導入に向けた行政の支援が必要になる。

特に、バイオプラスチックなどの化学品は製造工程の多さに伴って関連プレーヤーも多岐にわたる傾向があり、製品ラインアップも多い特性がある。こうした中、原料供給側に「製品ニーズが知りたい」とする意向がある一方、原料活用側の意向は「さまざまな原料を調達し、加工しているため製品ニーズは一概には言えない」とギャップがあり、両者の議論は平行線をたどっている。

行政と民間、原料供給側と原料活用側で目線をそろえるには、サプライチェーンを具体的に描出し、課題を明確にすることがサプライチェーンの川上と川下の連携に向けた第一歩になる。環境価値の向上や低コスト化技術の開発・導入に加え、供給設備の整備、適切な規制設定など、取り組むべき課題は山積しているが、こうした課題を各地域の事情に合わせて1つずつ解きほぐすことが遠回りに見えるようで一番の近道である。

※1:経済産業省「ネガティブエミッション市場創出に向けた検討会 とりまとめ」(2023年6月)
https://www.meti.go.jp/press/2023/06/20230628003/20230628003-1.pdf(閲覧日:2024年3月27日)

※2:パルプは化学パルプ(薬品を用いて木材チップから樹脂成分を化学的に除去したパルプ)、機械パルプ(樹脂成分を除去せず、木材を機械ですりつぶして得たパルプ)、古紙パルプ(古紙を原料としたパルプ)の3つに大別される。本稿の「パルプ」とは、化学パルプを指す。黒液が発生するのは化学パルプの製造工程に限定される点に留意。

※3:国内事業者と海外事業者(米軍を除く)に対して日本国内で供給した量。例えばジェット燃料の場合、国内線に加えて国際線の供給量を含んでいる。

※4:日本製紙連合会「パルプ材集荷推移・輸入比率」
https://www.jpa.gr.jp/states/pulpwood/index.html(閲覧日:2024年3月27日)

※5:王子ホールディングス「王子グループ 統合報告書2023」
https://investor.ojiholdings.co.jp/ja/ir/news/auto_20230912553603/pdfFile.pdf(閲覧日:2024年3月27日)

※6:日本製紙「日本製紙グループ 統合報告書2023」(2023年9月発行)
https://www.nipponpapergroup.com/ir/npg_ir_2023_all.pdf(閲覧日:2024年3月27日)

※7:日本製紙連合会「製紙業界-地球温暖化対策長期ビジョン2050」(2021年1月20日)
https://www.jpa.gr.jp/file/topics/20210119062903-1.pdf(閲覧日:2024年3月27日)

※8:樹木は光合成でCO2を吸収する一方、呼吸でCO2を排出している。樹齢の若い木はCO2吸収量>CO2排出量であるため、CO2を固定化しながら成長する。しかし樹木には樹齢が一定程度を超えるとCO2を吸収しにくくなる性質があり、CO2固定量は減少する。パルプ生産量の減少に伴って樹木の伐採数も減少し、CO2吸収源は増えると考えるかもしれないが、伐採適齢期の樹木はCO2固定量が少ない。樹木は適齢期に伐採して木材として活用し、伐採後に再造林を促進することがCO2吸収の観点では重要である。

※9:経済産業省「資源・エネルギー統計(石油)」
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/sekiyuka/index.html#menu2(閲覧日:2024年3月27日)

※10:環境省「二酸化炭素排出量の算定に用いる排出係数」
https://www.env.go.jp/content/900443021.pdf(閲覧日:2024年3月27日)

※11:NEDO「炭素循環社会に貢献するセルロースナノファイバー関連技術開発(中間評価)2020年度~2024年度 5年間 プロジェクトの概要(公開)」(2022年8月10日)
https://www.nedo.go.jp/content/100950285.pdf(閲覧日:2024年3月27日)

※12:日本製紙「純国産SAF用原料の国際規格登録・認証取得に向けた本格的な取組みを開始」(2023年8月9日)
https://www.nipponpapergroup.com/news/year/2023/news230809005514.html(閲覧日:2024年3月27日)

※13:日本製紙連合会「製紙工場所在地一覧」(2023年5月)
https://www.jpa.gr.jp/about/member/factory/index.html(閲覧日:2024年3月27日)

※14:日本製紙連合会「製造業に占める紙・パルプ産業の位置(2020年)」
https://www.jpa.gr.jp/states/brief/index.html(閲覧日:2024年3月27日)