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CN達成の道筋を切り拓くバイオマス資源の活用

CO2回収装置「森林」が産業の礎に

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2024.4.5

政策・経済センター舟橋龍之介

エネルギー
カーボンニュートラル(CN)達成が社会的要請となった今、エネルギー安定供給と環境問題の両立は避けることができない喫緊の課題である。しかし、プラスチックなどのマテリアル系石油製品の製造に必要な炭素資源量はリサイクルだけでは必ず不足する。そこで注目すべきは、炭素の塊である「森林」だ。バイオ原油などを始めとする技術革新も着々と進む。森林資源からの化学品製造を新たな強みにできれば、日本はCN資源立国としての地位を確立できるだろう。

原油を使わずに石油製品の原料を製造できるか

2023年半ばに、エネルギー安定供給とGX(グリーントランスフォーメーション)を同時に実現する新たな具体的政策「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略(GX推進戦略)」が閣議決定され、日本のGXはいよいよ本格化する。温室効果ガス排出を実質的にゼロにするカーボンニュートラルの実現に向けて、今後は多くの構造変化が見込まれる。なかでも、石油製品は大きな影響を受ける品目だ。とりわけ国内供給へのインパクトは無視できない。

代表的な化石資源である原油から製造される石油製品の国内供給量を図表1に示す。石油製品は、ガソリン、ジェット燃料油、灯油、軽油、重油などの複数製品が原油から同時に連なって製造される特性があり、「連産品」と呼ばれている。この石油連産品は「燃料系」と「マテリアル系」に大別できる。燃料系はその名の通り、ガソリン、ジェット燃料油などの燃料が該当する。一方のマテリアル系は、プラスチック、合成ゴム、合成繊維、合成塗料、合成洗剤、そして残油から製造されるアスファルトや潤滑油などが該当する。
図表1 石油製品の国内供給量(2022年)
石油製品の国内供給量(2022年)
出所:各種文献※1-6などを基に三菱総合研究所作成
原油の種類によって各製品の製造割合は異なるが、例えば原油からガソリンのみを効率よく製造することは困難である。すなわち、ガソリン需要だけを抑えるといった一面的な視点でCNを達成することはできない。あくまでも、燃料系とマテリアル系の両面かつ包括的な取り組みを進めることが重要となる。燃料系では、エネルギー効率の向上に加えて、車両電動化、家庭・業務部門での電化、SAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)の導入などが挙げられる。

マテリアル系でも、原油以外の炭素資源から製造する取り組みが必要になる。一見するとマテリアル系の国内供給量は少ないように見えるが、合成ゴムからアスファルトまでを合計するとジェット燃料油と同等のインパクトとなる。その意味でも、これらの炭素資源の確保はCN達成に向けて無視できないと言える。

炭素循環はリサイクルのみでは成立しない

マテリアル系の炭素資源を確保するにあたって最初に取り組むべきは、廃棄物を炭素資源として活用するリサイクル技術の開発である。

例えばプラスチックでは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「革新的プラスチック資源循環プロセス技術開発」においてマテリアルリサイクルやケミカルリサイクル技術の開発が行われている※7。繊維については、着色されたポリエステル繊維のケミカルリサイクル技術を帝人フロンティアが開発した※8。潤滑油では、環境省「脱炭素社会を支えるプラスチック等資源循環システム構築実証事業」において、ENEOSが潤滑油のマテリアルリサイクル技術を開発中である※9。このように、CN達成に向けて各製品のリサイクル技術開発が現在進められている。

しかし、リサイクルも万能ではない。既稿「テクノロジーと協調で拓くわが国の循環経済」でも触れたが、製造、消費、排出・回収、リサイクルの各過程で資源は必ず目減りする(図表2)。製品群によっては資源が大きく目減りすることに留意しなければならない。例えばゴム製品の中でもタイヤは使用に伴って摩耗する。そもそも、リサイクルが困難な製品群も存在する。例えば使用後の合成洗剤は排水とともに流すため、回収は困難である。私たちは炭素資源の循環に向けて、CN達成に貢献する炭素資源を投入する必要がある。では、どのような炭素資源が有望なのだろうか。
図表2 炭素資源の循環にあたっての制約
炭素資源の循環にあたっての制約
出所:三菱総合研究所作成

CN達成にとって重要な炭素資源「森林」

新規投入する炭素資源を考察するにあたり、1つの可能性を秘めたデータを提示したい。図表3は、酸素、鉄、木材などの各種資源が自然界で存在する濃度に対して製品価格(酸素ガスなど)をプロットした散布図である。世の中に存在する資源を俯瞰すると、自然界存在濃度が高い資源を活用した方が製品価格は安い、すなわち製造コストが低い傾向があると言える。
図表3 自然界存在濃度と製品価格の関係
自然界存在濃度と製品価格の関係
出所:各種文献を基に三菱総合研究所作成
世の中にある炭素資源は、大気中CO2、排ガスCO2、バイオマスの3つに大別できる。CO2濃度は大気中CO2で0.045%、排ガスCO2で20%程度と考えると、現在主に活用が検討されている排ガスCO2に加え、炭素の塊であるバイオマスも有望な炭素資源と捉えられる。

バイオマスは林業系、農業系、廃棄物系※10に分類される。廃棄物系バイオマスの活用は以前から推進されており、農業系バイオマスは農作物の収穫時期に一気に発生する特徴があることを踏まえると、林業系バイオマス(森林資源※11)のさらなる活用に目が向く。2050年のCN達成に向けては、私たちに身近な存在であり炭素の塊でもある「森林」をいかに活用するかがポイントになると考えられる。

では、国内の森林資源のポテンシャルはどの程度あるのだろうか。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)低炭素社会戦略センターによると、「毎年同じ面積の主伐と再造林を行い、現在の森林面積を維持した場合、長伐期施業※12を行えば、総年成長量1.1億t/年を持続的に維持できる」との見解が示されている※13。この森林資源の1つの活用方法として、既稿「テクノロジーと協調で拓くわが国の循環経済」ではバイオ原油の導入意義に触れた。バイオマス製品としての環境価値の向上、安定した木材サプライチェーンの構築、バイオ原油の低コスト化(森林資源は多量の酸素分を含む一方、化石資源は主に炭素と水素で構成されているため脱酸素処理が必要だが、水素を用いるとコスト高になる※14)など、バイオ原油の実用化に向けた課題は残されているが、ここではポテンシャルに目を向けたい。

例えば、前述した総年成長量分の森林資源を熱分解してバイオ原油を製造する場合、収率は20~30%であることから※15、2,200~3,300万t/年の製造量が見込める。バイオ原油からマテリアル系石油製品が35%製造できると仮定すると※15、770~1,160万t/年の供給量となる。図表1より、2022年時点でのマテリアル系石油製品の国内供給量は1,600万t程度であるため、森林資源による供給ポテンシャルはその50~70%となる。製品リサイクルを最大限推進することを踏まえれば、マテリアル系石油製品のCN化に必要な炭素資源として、森林が重要な役割を果たすと言える。

森林資源による化学品製造でCN資源立国に

前章では森林資源を熱分解して(素材骨格を崩して)得られるバイオ原油を用いた汎用品製造について触れたが、森林資源ならではの素材骨格を活かした特殊品製造も有用である。樹木の構成要素はセルロース、ヘミセルロース、リグニンに大別される。ここでは具体例として、ヘミセルロースから製造されるフルフラールについて紹介する。なお、セルロースを活用した化学品としてセルロースナノファイバーがあるが、こちらは既稿「セルロースナノファイバーの普及に向けた課題と突破口」を参照していただきたい。

フルフラールは酸化・還元、脱炭素などの化学変換が容易であり、さまざまな高分子材料を製造できる。米国のQuaker Oatが1921年に大麦ふすま(製粉時に除去した皮部および胚)から工業生産したのが始まりであった。1940~1960年頃は高分子原料としての工業生産が盛んに行われていたが、1950年代に石油化学産業が発展するに伴って価格優位性が失われ、製造量は減少した※16。現在は中国が世界生産量と消費量の両面で多くのシェアを占めている。しかし、CNを達成する上では、フルフラールに再度注目が集まる可能性がある。

NEDOは、未来も技術で勝ち続ける国を目指して、2040年以降を見据えた「技術の原石」を発掘し、将来の国際競争力を有する有望な産業技術の芽を育成することを目的に「先導研究プログラム」を推進している。2024年1月、NEDOは先導研究プログラムの「革新的な触媒や複合化技術等により、生物特有の化学構造を活かして得られる機能性プラスチック・ポリマーおよびその原料モノマーの開発」において、バイオマスから直接芳香族モノマーなどを低コストで効率的に生産する技術の開発、セルロースやリグニンなどのバイオマス成分を分解し、新しいモノマーへと変換するための固体触媒や生体触媒の開発などをテーマ例として掲げた※17。今後、国家プロジェクトを含む産学連携体制による共同研究などで、森林資源を原料変換する技術開発が盛んになると考えられる。

戦後、日本は復興資材などとして樹木を大量に伐採し、その後に植林された樹木も保育段階にあったため、需要拡大と価格高騰にも関わらず、高度経済成長期の国産材供給量は減少に転じた。この国産材の供給不足を補ったのが木材の輸入であり、以降、日本の木材供給は輸入材が主導した。日本は国土の3分の2を森林が占める世界有数の森林国であり、戦後に植林された樹木は収穫期を迎えているが、サプライチェーンやコストなどの観点から森林資源の活用はなかなか進んでこなかった。CNを契機として、化学品製造などの森林資源の活用、そして再造林を含めた森林管理を推進し、森林由来クレジットを経由した資金循環を成立させることで、CN資源立国の地位を確立しようではないか。

※1:資源エネルギー庁「石油統計」
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/sekiyuka/index.html#menu2(閲覧日:2024年3月27日)

※2:日本プラスチック工業連盟「統計資料」
https://www.jpif.gr.jp/statistics/(閲覧日:2024年3月27日)

※3:ゴム報知新聞「2022年の新ゴム消費量(確定値)および2023年の新ゴム消費量予想」(2023年4月3日)
https://gomuhouchi.com/industrial/49712/(閲覧日:2024年3月27日)

※4:日本化学繊維協会「2022年度(第23回)化学繊維ミル消費量の調査結果(統計委員会報告)」(2023年7月3日)
https://www.jcfa.gr.jp/mg/wp-content/uploads/2023/07/13494237cdd7641f71677262e0810409.pdf(閲覧日:2024年3月27日)

※5:日本塗料工業会「2022年(1~12月合計)塗料生産・出荷・在庫数量および平均単価表」(2023年7月4日)
https://www.toryo.or.jp/jp/data/files/2022_1-12r2.pdf(閲覧日:2024年3月27日)

※6:日本石鹸洗剤工業会「界面活性剤等生産・販売実績」(2023年11月)
https://jsda.org/w/00_jsda/9_Annual-Report/No72_2022_Statistical_Annual_Report.pdf(閲覧日:2024年3月27日)

※7:NEDO「革新的プラスチック資源循環プロセス技術開発」
https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100179.html(閲覧日:2024年3月27日)

※8:帝人フロンティア「循環型社会の実現に向けたポリエステル繊維の新リサイクル技術を開発」(2022年5月18日)https://www2.teijin-frontier.com/news/post/120/(閲覧日:2024年3月27日)

※9:ENEOS「廃潤滑油を活用した潤滑油ベースオイルへの再生プロセス構築について」(2022年8月5日)
https://www.eneos.co.jp/newsrelease/2022/20220805_01_01_1170836.html(閲覧日:2024年3月27日)

※10:食品廃棄物、家畜ふん尿、下水汚泥、木質系廃棄物(木屑・段ボールなど)が該当する。

※11:森林資源は炭素資源であることに加え、森林資源の燃焼で排出されるCO2は樹木の成長過程で大気中から吸収したCO2と同等であるため炭素中立とされている。

※12:一般的に人工林を伐採する林齢は40~50年程度であるが、伐採林齢を2倍程度(80~100年)に引き伸ばす方法。高齢な樹木は成長が遅くなるため、若齢な樹木と比較するとCO2吸収量は減少するが、材価の高い大径材を得られ、水土保全や生物多様性などの森林機能が長期にわたって維持できるなどのメリットがある。

※13:国立研究開発法人科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター(2023年3月)「日本の木質バイオマスの持続可能なポテンシャル」
https://www.jst.go.jp/lcs/pdf/fy2022-pp-06.pdf(閲覧日:2024年3月27日)

※14:バイオ原油は含酸素化合物を多く含有するため、含酸素化合物をほとんど含まない原油から得られるのと同様の化学品を製造する場合、水素化反応(水素を添加して化合物中の酸素を主に水として除去する反応)あるいは固体酸触媒による脱水反応(水素を用いずに化合物中の酸素を水として除去する反応)に供する必要がある。また、化石資源由来の原油と同様、バイオ原油から製造する石油製品も連産品の特性があり、バイオ原油からナフサを選択的に製造することは困難である。

※15:日揮ホールディングス「バイオマス化学の技術動向と課題」(2023年8月1日)
https://platinum-network.jp/wp-content/uploads/2023/08/01-1_バイオマス化学の動向と課題_水口様報告.pdf(閲覧日:2024年3月27日)

※16:日本接着学会誌Vol.53 No.8(2017)「フルフラールを原料としたバイオベース材料開発」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/adhesion/53/8/53_8-3/_pdf(閲覧日:2024年3月27日)

※17:NEDO「2024年度「NEDO先導研究プログラム/新技術先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム、新産業・革新技術創出に向けた先導研究プログラム」公募対象となる研究開発課題一覧」
https://www.nedo.go.jp/content/100971369.pdf(閲覧日:2024年3月27日)