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米中の経済的威圧行為で変わる日本経済の針路②

日本の輸出力強化で強靭性向上を

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2024.4.22

政策・経済センター田中嵩大

海外戦略・事業
米中が自由貿易から逆行する中、日本の対外政策や企業のグローバル戦略は大きな転機を迎えている。経済安全保障の観点からは、輸入リスクだけでなく輸出リスクにも警戒する必要がある。経済的威圧に備えて輸出競争力の強化や、グローバルサウスとの関係強化などが欠かせない。本コラムでは、日本が目指すべき対策とその有効性について検証する。

輸入リスクだけでなく輸出リスクにも注目を

まず経済的威圧が日本の貿易や経済安全保障にどのような影響を及ぼすのか、改めて整理しておく。

貿易分野における経済的威圧の文脈では、「特定国(特に権威主義国)に調達を依存している重要物資の供給が、その国の輸出規制等によって途絶し、経済活動や国民生活への悪影響が出るリスク」に焦点を当てられることが多い。例えば、ロシアはエネルギー調達で自国に依存する欧州に対して、天然ガスの供給量を削減して揺さぶりをかけた。これはロシアのウクライナ侵攻に対して欧州が行った経済制裁への対抗措置であった。日本に対しても、2023年8月に中国政府が半導体材料に用いられるガリウム・ゲルマニウムの輸出規制を導入したことは記憶に新しい。こうした状況を受けて、日本では経済安全保障の観点から輸入調達側のサプライチェーンの強靭化が進められており、2022年5月に成立した経済安全保障推進法の中では、「重要物資(資源・医薬品・半導体など)の安定供給確保」が4本柱の一つとして挙げられている。

しかし、日本の経済活動や国民生活を守るという観点からは、サプライチェーンの輸入側だけでなく輸出側にも目を向けることも重要だ。前編で述べた中国による水産物禁輸では、国内関連産業に大きな悪影響を与えている。さらに、輸入側では権威主義国への依存がリスクとみなされることが多いが、輸出側では民主主義陣営のリーダーであり同盟国であるはずの米国もリスクとなりうる。米国では自国第一主義的な動きが強まっている上、米国の対中規制に日本も巻き込まれる可能性がある。特定国に輸出を依存している場合、その国に輸出できなくなった場合に、関連産業への悪影響は大きくなる。輸出先の集中度を示すハーフィンダール・ハーシュマン指数(HH指数)を見ると、日本は他国と比較して少数国への依存度が高い輸出構造となっている(図表1)。日本は米国と中国が二大輸出相手国であり、2019年時点で輸出割合はそれぞれ20%・24%と、二国で輸出の半分弱を占める(図表2)。

これらのことからも、日本にとって米中両国の経済的威圧行為に対応していくことが喫緊の課題であることがわかる。
図表1 主要国の輸出先集中度(HH指数)
主要国の輸出先集中度(HH指数)
出所:UN Comtradeより三菱総合研究所作成
図表2 各国の米国・中国への輸出割合
各国の米国・中国への輸出割合
注:2019年。対米/対中輸出割合が50%以上の国は捨象。バブルサイズは対米・対中輸出額の合計。
出所:UN Comtradeより三菱総合研究所作成

輸出競争力の強化や輸出先の多様化が重要に

米中による経済的威圧行為が、日本の貿易に悪影響を及ぼすリスクが高まっている中で、日本は具体的にどのように対処すべきか。二国間の貿易問題は世界貿易機関(WTO)の紛争解決手続きを踏むことが通例であったが、2019年以降米国が上級委員会メンバーの選定を拒否し続けていることから機能不全に陥っている※1。貿易制限についても、同志国枠組みであるG7や「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」では、これに対抗する姿勢を打ち出しているが、その中心である米国が貿易措置について政治的一貫性を欠いており、今後の実効性には疑問が残る※2。現実的には、米中の不公正な貿易措置に対しては、二国間対話を通じた解決を図るほかないだろう。

上記に加えて、リスク低減のために日本が取り組むべきこととして2つ考えられる。

第一に、輸出競争力を高めることだ。他国に対して優位性を有し、相手国が日本からの輸入に頼る状況が作れれば、輸入規制の対象となるリスクも軽減できる。加えて、近年は主要国で政府による産業育成が進んでおり、日本も競争力強化は急務だ。例えば、バイデン政権は「(米国内の)中間層のための外交」を掲げ、自国産業を優先する姿勢を前政権から継承している。具体的には、脱炭素投資を促す「インフレ抑制法(IRA)」、先端半導体開発を促進する「CHIPSおよび科学法」を成立させ、補助金や減税による大規模な支援を進めている。支援対象となっている「蓄電池」「自動車(支援対象はEV)」「半導体」について、輸出競争力を示すRCA指数を日米で比較すると、これらの品目で米国は競争力が失われた、もしくは高くない状況にあり、日本は相対的に輸出競争力を維持している製品もある(図表3)。しかし、今後米国企業が成長すれば競争力は相対的に低下し、日本は対米輸出のみならず他国への輸出も落ち込みかねない。
図表3 米産業育成分野における日米の輸出競争力(RCA指数)
米産業育成分野における日米の輸出競争力(RCA指数)
注:半導体関連は検査・製造装置や材料も含む。RCA指数は、日米の輸出総額に占める対象品目の輸出シェアを世界の輸出総額に占める対象品目のシェアで割った値。
出所:UN Comtradeより三菱総合研究所作成
官民連携で産業構造転換を狙う中国でも現地企業の技術力が向上しており、従来日本から輸入していた製品を代替する動きが進んでいる。前掲図表3で日本の蓄電池の輸出競争力が急低下しているのも、中国勢の猛追が一因だ。もちろん政府による過度な介入は非効率を招く恐れがある。しかし各国が政府主導の産業育成に舵を切る中で、半導体やAI(人工知能)のようなイノベーション領域など日本も戦略的に強化すべき技術や分野を見極めて投資を行い、競争力を保つことが米中による経済的威圧行為のリスク低減のためには求められよう。

第二に、輸出先の多様化を進めることだ。特に、農水産物など日本が輸出競争力を高めることが相対的に難しい品目については、多様化の必要性は高い。

前編で述べた豪州における事例(2020年~)では、輸出先の転換により悪影響を軽微に抑えることに成功した。中国の輸入規制は数年間続いたが、対象品目の輸出額の推移を見ると、豪州は、例えば大麦では、サウジアラビアやベトナムなどへの輸出を拡大させることができた(ただし、関税撤廃後は再び中国への依存度が高まっている)。一方で、嗜好性の強いワインについては代替輸出先を見つけられず、国内産業への影響が大きくなった※3(図表4)。
図表4 規制対象品目の輸出額(豪州)
規制対象品目の輸出額(豪州)
注:中国は中国本土+香港。集計対象HSコードは左から、1003、2204。
出所:UN Comtradeより三菱総合研究所作成
また、台湾の事例では、日本が台湾産パイナップルの輸入を増やしたことが、台湾農家の支えとなった。日本の水産物についても、経産省や関連団体、米国大使館等が新たな販路拡大を模索している状況だ。今回の教訓を踏まえて、相手国の輸入制限措置によって打撃を受けた企業・業界を政府や業界団体が支援する体制を作ると同時に、各企業も少数の輸出先に依存するリスクを認識し、平時から販路拡大を進めることが求められる。

輸出先多様化の手段として、CPTPP等の自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)を一層拡大させることも一案であろう。特に、今後市場の拡大が予想されるグローバルサウスは、新規輸出先として有望だ。経済規模が相対的に小さいグローバルサウスは保護主義や経済的威圧に対して脆弱であり、経済連携は互いに恩恵がある。中国は米国との対立を見据え、グローバルサウスへの輸出を拡大させているほか、韓国も中国依存を脱却するためにアジアへの輸出を増加させている(図表5)。大国が自由貿易から逆行する動きをとっている中で、日本は自由貿易から得られる恩恵は未だ大きい。
図表5 各国の輸出総額に占めるグローバルサウス向け割合
各国の輸出総額に占めるグローバルサウス向け割合
注:グローバルサウスはG77現加盟国のうち中国を除いた国と定義。地域分類は外務省に従う。
出所:UN Comtradeより三菱総合研究所作成

※1:トランプ前政権が課した鉄鋼・アルミ関税について、WTOの紛争処理小委員会は2022年12月にWTOルールに違反しているとして是正勧告を出したが、米国側が機能不全に陥っている上級委員会に控訴したことで、法的拘束力は失われた。

※2:トランプ前米大統領は2024年の大統領選で再選した場合、IPEFを破棄する方針を示している(2024年1月時点)。

※3:大麦については、2023年8月に関税撤廃が公表されたほか、ワインについても豪中首脳会談の結果、2023年10月にワインについては和解、WTO提訴がとり下げられた。リトアニアの事例では、中国との貿易停止によってレーザー業界は一時打撃を受けたが、台湾や米国、EUが投資拡大などの支援を行ったことが功を奏し、持ちこたえることができた。CSIS(戦略国際問題研究所)は、豪州およびリトアニアの2事例について、「中国は戦術的にも戦略的にも敗北した」と評価している。

参考文献

  • The White House, “Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan on Renewing American Economic Leadership at the Brookings Institution”
    https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2023/04/27/remarks-by-national-security-advisor-jake-sullivan-on-renewing-american-economic-leadership-at-the-brookings-institution/(閲覧日:2024年4月1日)
  • 財務省「豪州と中国の二国間関係~豪中対立の行方~」
    https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202203/202203h.html(閲覧日:2024年4月1日)