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米中の経済的威圧行為で変わる日本経済の針路①

輸入規制を強化する二大大国

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2024.4.22

政策・経済センター田中嵩大

海外戦略
地政学的分断や国内産業保護の強まりを背景に、保護主義的な政策を採用したり、貿易制限措置によって他国に圧力を与えたりする、「経済的威圧行為」を行う国が増加している。前編に当たる本コラムでは、日本にとって二大輸出先である米中の経済的威圧行為の現状を中心に考察する。

貿易分野の経済的威圧行為が増加

国際貿易の停滞が鮮明だ。オランダ経済分析局の統計では、世界の貿易量は2022年半ば以降減少傾向にある(図表1)。主要国の経済減速による需要減に加え、国際情勢の変化からグローバル化が後退している。

2018年に激化した米中対立は、ロシアによるウクライナ侵攻などを経て、民主主義国と権威主義国間の対立へと拡大した。加えて、自由貿易は一部労働者の雇用を奪うものであるという認識が強まり、世界中で保護主義的な動きが強まった。結果として、相手国に打撃を与えたり、自国産業を保護したりする目的で、輸出入制限や関税引き上げといった貿易制限措置をとる国が増加している。

中でも、これまで国際貿易の中核を担ってきた米中でこうした動きが強まりつつある。英国の政策監視機関Global Trade Alert(GTA)の集計では、米国による「他国の産業に不利益な貿易制限政策措置(Harmful interventions)」はバイデン政権下の2021年以降急増した。中国については米国と比較して制限措置数は多くないものの、2023年に増加している上、日本に悪影響を及ぼす割合が高い(図表2)。また、一部の制限措置はGTAの集計対象外となっていることから※1、実態はさらに多いとみるのが妥当だろう。
図表1 世界の貿易量
世界の貿易量
注:直近は2023年12月。輸出入の合計。
出所:オランダ経済分析局より三菱総合研究所作成
図表2 米中による他国に不利益な貿易措置数
米中による他国に不利益な貿易措置数
注:政府補助金や関税引き上げ措置など、財貿易を通じて他国産業に有害な影響を与える貿易措置数。
出所:Global Trade Alertより三菱総合研究所作成
こうした貿易制限措置のうち、正当性がないものを「経済的威圧(Economic Coercion)」と呼ぶ。明確な定義はないが、米国の経済的威圧対抗法案(2023年2月)の中では、「戦略的政治目標を達成するため、もしくは他国の政治行動に影響を与えるために、経済的損害を与える意図をもって、貿易・対外支援・投資を、非対称・恣意的・不透明な方法で不当に規制・妨害する敵国の行為・慣行や脅迫」とされている。

米国と中国は近年、政治的な理由から関税引き上げや禁輸といった輸入制限措置を増加させており、日本の対米・対中輸出にも悪影響を与えかねない状況となっている。本コラムでは前後編にわたって、米中の輸入制限の事例と日本への影響、日本の政府・企業が今後取り組むべき方向性について考察を行う。

輸入規制強める中国、依存度の高い品目にリスク

世界第2位の経済規模を誇る中国は、日本を含む多くの国にとって魅力的な市場であり、各国は中国への輸出を拡大させている。また、中国も自由貿易から恩恵を受けており、貿易を通じた他国との経済関係の構築を進めている。一方で近年、その関係を逆手にとった経済的威圧行為が問題になっている。オーストラリア戦略政策研究所の集計では、2018年頃から中国による威圧的行為が増加、中でも貿易制限が主な手段となっている(図表3)。
図表3 中国による威圧的行為数とその内訳
中国による威圧的行為数とその内訳
注:年次データ。「国家による脅迫」は、中国の外交官・大使館・政府省庁などが、外国政府を脅迫する公式声明を発表し、強制力を行使しようとするもの。2015年はデータが公表されていない。
出所:オーストラリア戦略政策研究所より三菱総合研究所作成
貿易制限のうち、他国からの輸入規制(禁輸・関税引き上げ等)の事例を図表4に示した。新型コロナウイルス発生起源を巡り、2020年以降に関係が悪化した豪州に対しては、大麦やワイン、石炭など複数品目を対象に禁輸や関税引き上げを実施したほか、台湾の代表事務所設置を巡り関係が悪化したリトアニアに対して、同国産製品の中国税関通過拒否やEU企業へのリトアニア製品の排除圧力をかけたと言われる。
図表4 中国による輸入規制の事例
中国による輸入規制の事例
出所:各種資料より三菱総合研究所作成
日本に対しても、福島原発のALS処理水海洋放出問題を巡り、中国政府は2023年8月以降、水産物の全面的な輸入禁止を続けている。水産物の対中輸出額は全体の1%以下であり※2、日本経済への影響は軽微だが、関連企業への打撃は深刻だ。禁輸の背景には、国内の景気減速に対する中国国民の不満を逸らす目的もあるとみられるが、処理水の海洋放出中止を要求しているという点で経済的威圧の一種と言える。今後地政学的分断が深まる中、米国の同盟国である日本に対して、輸入規制を拡大する可能性も否定できない。

輸入規制の標的とされやすい品目は何か。これまで輸入規制の対象となった品目を見ると、中国への輸出依存度が高い品目、かつ中国側から見ると輸入依存度が低い品目が対象となってきた※3(図表5)。輸入規制によって相手国には大きな影響を与えられる一方、自国は代替輸入先の確保が容易なためだ。日本の輸出品目別に相互依存度を見ると、水産物以外にも化粧品やアクセサリーといった奢侈品や、電気製品・化学製品など日本が一方的に中国に依存している品目は多い(図表6)。それらの割合は上昇傾向にあり、2019年時点で対中輸出の3分の1を占める(図表7)。
図表5 輸入規制対象品目の相互依存度
輸入規制対象品目の相互依存度
注:2019年。中国は中国本土と香港の合計。
台湾は国連統計では明記されないため「Other Asia, nes」を台湾とみなして計算。
出所:UN Comtradeより三菱総合研究所作成
図表6 日本・中国の品目別の相互依存度
日本・中国の品目別の相互依存度
注:HSコード4桁の金額ベース。2019年のデータ。バブルサイズは対中輸出額。中国は本土+香港。
出所:UN Comtradeより三菱総合研究所作成
図表7 中国に一方的に依存する品目の輸出額シェア
中国に一方的に依存する品目の輸出額シェア
注:HSコード4桁の金額ベース。図表6 の赤枠部分に入る品目の輸出額シェアを時系列で集計。
出所:UN Comtradeより三菱総合研究所作成
次に、中国が日本製品の輸入制限を実施した場合の経済影響を把握するために、国際貿易分析に広く用いられるGTAPモデルで、中国が日本からの各品目の輸入関税を引き上げたと仮定して簡易的に試算した※4(図表8)。日本の農林水産物や鉱物資源、石油・石炭製品の関税引き上げは、日本経済の下押し効果に比べて、中国経済への下押し効果は限定的であり(もしくは押上げ効果があり)、輸入規制の対象となるリスクが高い。一方で、金属製品や化学製品、電子機器などは日本経済への悪影響は大きい反面、中国経済も大きな打撃を受ける。ただし、上述のような、日本が一方的に依存している特定の品目に限った規制は十分に考えられる。
図表8 中国による輸入関税引き上げの実質GDPへの影響
中国による輸入関税引き上げの実質GDPへの影響
注:GTAP2014を基に、労働のセクター間移動は制限した場合の実質GDPへの影響を試算。
出所:GTAPを用いて三菱総合研究所試算
以上見てきたように、日本が一方的に依存する品目を中心に、今後も中国は輸入規制を拡大していく可能性がある。

米国第一主義や対中規制の拡大に巻き込まれる恐れ

一方、米国は長らく自由貿易の先導者であった。しかし、「米国第一主義」を掲げるトランプ前政権は、自由貿易を自国の産業競争力を低下させるものとみなし、環太平洋連携協定(TPP)からの脱退を表明したほか、2018年以降中国からの輸入関税を引き上げ、米中貿易戦争を引き起こした。それに留まらず、同年には同盟国である日本やEUからの鉄鋼・アルミ輸入品にも追加関税を賦課した。この措置は安全保障上の懸念を理由にしていたが、背景には米国鉄鋼業界の復興や、日本との自由貿易協定(FTA)交渉を有利に進めようといった狙いがあると指摘される。関税引き上げを武器に、相手国に譲歩を迫ったり、経済的損失を与えたりする行動は、米国自身が定義している経済的威圧の特徴と合致する。

さらにトランプ氏は、2024年11月の米大統領選で再選した場合、日本を含む全ての国からの輸入品に10%の関税を課すことを示唆している(中国からの製品には60%)。仮に実現した場合の日本の産業への影響を、前述のGTAPモデルを用いて試算したのが図表9である。農林水産物や化学製品など、一部では日本の製品が相対的に割安となり恩恵を受ける分野もあるものの、米国向け輸出の主力である自動車では悪影響が大きい。トランプ氏の公約が実行されるかは不透明だが、各種世論調査では同氏が再選する可能性は高まっている。
図表9 米国による輸入関税引き上げの日本国内産業への影響
米国による輸入関税引き上げの日本国内産業への影響
注:GTAP2014を基に、労働のセクター間移動は制限した場合の各産業への影響を試算。
トランプ氏が主張している、中国・中国企業に対する追加関税の影響は加味していない。
出所:GTAPを用いて三菱総合研究所試算
バイデン政権が継続した場合も安心できない。同政権は、同志国連携を重視していることから、同志国を対象とした輸入制限措置や関税引き上げという露骨な手段はとらないが、米中対立が深まる中で、中国を念頭においた貿易規制に日本も巻き込まれる恐れがある。例えば、2022年6月に施行された「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」は、強制労働が疑われる中国の新疆ウイグル自治区で生産された製品を使用した財の米国への輸入を原則禁止するものである。米国税関の統計では、これまでUFLPAの審査・執行対象となった貨物の多くは東南アジアまたは中国からのものである(図表10)。しかし、2024年2月に日本大手自動車メーカーがウイグル産のアルミを使用していると、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書で指摘されるなど、日本も無関係とは言えない。日本企業も対米輸出継続のためにサプライチェーンの見直し・対応を迫られている。
図表10 「ウイグル強制労働防止法」の適用状況(上:輸出元別、下:業種別)
「ウイグル強制労働防止法」の適用状況(上:輸出元別、下:業種別)
出所:米国税関より三菱総合研究所作成
加えて、米国の対中輸出規制に日本企業が巻き込まれるリスクにも留意が必要だ。代表的な例は、2022年10月にバイデン政権が公表した先端半導体の対中輸出管理規制だ。先端半導体が軍事利用されるのを防ぐことを目的としているが、競争相手である中国に対して米国の経済的な優位を保とうという思惑もにじむ。

これに対し、日本政府は米国に歩調を合わせる形で、2023年7月から先端半導体関連23品目の対中輸出規制を開始した。規制対象は先端分野に限定されているが、日本の半導体関連輸出は中国向け比率が高い。機微技術(軍事転用が可能な技術)を含む品目や人権に関する分野などでは米国と歩調を合わせる必要があるが、米国に安易に同調すれば、中国市場を失うだけでなく、場合によっては中国からの反発も招きかねない。

以上を踏まえ、次のコラム「②日本の輸出力強化で強靭性向上を」では、米中の経済的威圧が日本にもたらす影響を考察した上で、リスク回避のために日本企業・政府が何をすべきか提言する。

※1:Global Trade Alertでは、「議論の余地のない上位の動機」による貿易制限措置を集計の対象外としていることには留意が必要である。後述する日本からの水産物禁輸や台湾からの果物禁輸といった一部の経済的威圧行為は、処理水問題や害虫問題を名目にWTOに衛生植物検疫措置(SPS)として届け出られていることから、カウントされていない。

※2:本コラムではHSコード「第3類魚ならびに甲殻類、軟体動物およびその他の水棲無脊椎動物」を水産物として扱っているが、実際には水産物成分を含む品目なども輸入禁止対象となる可能性がある。なお、香港政府による輸入禁止措置は、東京、福島、千葉、栃木、茨城、群馬、宮城、新潟、長野、埼玉の10都県を対象としているのに加え、2023年10月にはロシア政府も中国に追従し、水産物の実質的な輸入禁止を公表している。

※3:中国側の輸入依存度も高かった豪州産石炭を禁輸した際には、中国国内で大規模な停電が発生した。

※4:GTAPは応用一般均衡モデルと呼ばれ、短期的な影響ではなく、中長期的な経済の均衡状態を求めるモデル。関税率の変化によって生じる経済構造調整を終えた状態とそれ以前の状態を比較して影響を算出。なお、今回用いたGTAPは2014年の経済構造を前提としている点には留意が必要。また、GTAPモデルでは輸入を途絶することのような極端な仮定は困難である。今回は輸入制限の効果を見るために、中国が日本からの関税率を30%pt上げたケースを想定している。

参考文献

  • Fergus Hunter et al. (2023) “Countering China’s coercive diplomacy”, Australian Strategic Policy Institute
    https://www.aspi.org.au/report/countering-chinas-coercive-diplomacy(閲覧日:2024年4月1日)
  • Matthew Reynolds, and Matthew P. Goodman (2023) “Deny, Deflect, Deter: Countering China's Economic Coercion
    https://www.csis.org/analysis/deny-deflect-deter-countering-chinas-economic-coercion(閲覧日:2024年4月1日)
  • Human Rights Watch, “Asleep at the Wheel Car Companies’ Complicity in Forced Labor in China”
    https://www.hrw.org/report/2024/02/01/asleep-wheel/car-companies-complicity-forced-labor-china(閲覧日:2024年4月1日)