コラム

技術で拓く経済・社会・技術

「PFAS」規制のインパクトは?

素材の規制動向から商機をつかむ

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2023.6.19

経営イノベーション本部舟橋龍之介

POINT

  • 素材への規制が社会や経済に及ぼす影響は大きい。
  • 代替品がない素材への規制は脅威でもあり、チャンスでもある。
  • 規制動向を踏まえた準備で商機を捉え、市場をリードしよう。

EUの規制が日本にも大きな影響を与える

多様化する消費者ニーズを満たすために昨今、多彩な素材が開発されている。素材への規制は、その素材を製造する素材メーカーのみならず、素材を使用して消費者に製品を製造・販売する最終製品メーカーにも大きな影響を与える。本コラムでは、有機フッ素化合物の一種である「PFAS※1」を取り上げたい。その難分解性から“永遠の化学物質”と呼ばれるこの「PFAS」。先行して検討が進む欧州連合(EU)での規制を題材として、素材メーカーや最終製品メーカーが規制動向を起点に商機をつかむためのポイントを紹介する。

経済協力開発機構(OECD)の報告書によると、PFASは「完全にフッ素化されたメチルまたはメチレン炭素原子を少なくとも一つ含むフッ素化合物」と定義されており、1万種以上の化学物質※2がリストアップされている※3。このPFASは、耐熱性、耐候性、耐薬品性、撥水性、撥油性などの優れた特性を有することから、織物製品、医療機器、電子機器、半導体製造用製品、建築用製品、潤滑剤などの幅広い用途で使用されている。しかし現在、環境への影響を懸念して、EUを中心としてPFASへの規制検討が進められていて、用途が制限される可能性が出てきた。

具体的には、EUの化学物質規制であるREACH規則※4の対象にPFASを加えようとする動きがある。REACH規則は、EU加盟国が国内法を定めて個別に運用するDirective(指令)とは異なり、EU加盟国全体にそのまま適用される共通の法律である。このためEUに進出している日本メーカーも対応する必要がある。また自社の部品や素材をEU域内に輸出していないとしても、部材や素材を使った最終製品の対EU輸出にREACH規則が適用される可能性がある。EUのPFAS規制は決して対岸の火事ではなく、日本社会にも大きな影響を与えるだろう※5

代替品がなくとも素材は規制される

なぜEUでPFASの規制化が検討されているのだろうか。欧州化学品庁(ECHA)が2023年3月に公表したPFAS制限提案書によると、①PFASおよびPFAS分解生成物が他のどの人工化学物質よりも長く環境中に残留する可能性があること、②生物濃縮性、移動性、長距離輸送の可能性、および生態毒性が懸念されること。この2つが制限理由として挙げられている※6。前者①の難分解性はPFASの化学構造に起因するため、制限対象※2のPFAS全体が該当するが、難分解性自体は有害な特性ではない。後者②に関しては、科学的根拠となるデータが存在しているのは一部のPFASに限られる。しかし、「不確実性がある場合、リスクの存在および深刻性の程度が完全に明らかになるまで待つことなく、保護的措置を講じる」予防原則※7に基づいて、制限対象が広く設定されているのだ※8

ここで重要なのは、世の中で広く使用されており、われわれの生活に欠かせない素材であっても制限対象となることである。PFASは他の素材よりも優れた特性を有するために、代替品が存在しない用途が数多く存在する。こうした用途に関しては、18カ月の移行期間に加え、5年あるいは12年の追加猶予期間が設定されている(図表)※9

ここで追加猶予期間について説明する。

5年間の追加猶予期間は、「規制施行時に技術的・経済的に実現可能な代替品は市場に存在しないが、PFAS代替品が既に特定されて開発段階にある」か、「規制施行時に十分な量の既知代替品が市場で入手できない、あるいは移行期間終了までに既知代替品を導入できない」場合である。

12年間の追加猶予期間は、「規制施行時に技術的・経済的に実現可能な代替品が市場に存在せず、研究開発の努力によってもPFAS非含有の代替品の可能性が特定されない」か、「PFAS非含有の代替品の認証に5年以上を要する」場合である。12年間の追加猶予期間が設けられているとは言え、最近日本で投資が拡大している半導体製造のプロセスが制限対象に入っている旨には注意が必要だ。
図表 追加猶予期間が設定されている用途
追加猶予期間が設定されている用途
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出所:文献※6を基に三菱総合研究所が仮訳

規制動向を踏まえた準備が商機を捉える

素材に対するこうした規制は、化学メーカーにとって脅威であるが、同時に高性能代替品の開発で世界をリードする絶好のチャンスでもある。例えば三井化学は、PFASの1種で塗料などの添加剤として使われるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の代替品として、真球・微粒子状の超高分子量ポリエチレン「ミペロン」を開発・販売している※10。ミペロンは粒径が小さく真球状であるため各添加先での分散性に優れている。またPTFEよりも摩耗しにくいため、塗料への添加によって、より摩擦に強い被膜形成が可能になる。

PTFEの別用途として、摺動材料(部品同士の接触部で使用される材料)への添加剤がある。これについても三井化学は、射出・押し出し成形が可能な世界初のペレットタイプ超高分子量ポリエチレン「リュブマー」を開発・販売している※11。エンジニアリングプラスチックに添加した場合、PTFEを使うよりも滑りやすく摩耗しにくくなるため、長寿命化が実現できるとしている。

素材の規制動向が社会や経済に与える影響は大きい。素材の規制動向をモニタリングし、把握することは、素材メーカーにとって販売機会の損失を低減し、同時に新素材の開発機会を捉える上で重要である。素材開発は一筋縄ではいかず、10年単位の時間がかかる。世の中の変化を先取りして開発を進めてきた者が市場をリードできる。そのためには、自社素材が規制された場合のリスクヘッジとして、代替素材を提供するための礎となる技術をコーポレートR&Dで開発する、そして規制動向を見ながら自社素材が規制対象の代替品になり得るかを考え、準備しておくことがポイントになる。

また素材は一般的に、消費者ニーズにきめ細やかに応え、多種多様なグレード品が開発・提供されている。素材の作り込みが細かく行われているからこそ、特定の素材が規制された場合、最終製品メーカーが自社の顧客ニーズを満たす製品を製造・販売し続けることが困難になる可能性は十分にある。素材の規制動向をモニタリングするのはもちろん、自社製品がなぜ、顧客に選ばれているかを把握し、素材に求める性能の優先順位を検討することが重要である。優先順位が低い性能を要件から外してみると、代替品がないように見える素材に実は代替候補が隠れていることがある。最終製品メーカーにとっては、素材の代替可能性を探り、世の中の変革に対する準備をしておくことが、市場をリードする上で求められるだろう。

※1:パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物

※2:欧州化学品庁(ECHA)が公表したPFAS制限提案書に記載されているPFASの定義はOECD報告書でのPFASの定義と一致しているが、これらで定義されているPFASのうち自然環境下で完全に分解されるものに関しては、ECHAは制限対象外としている。

※3:OECD「Reconciling Terminology of the Universe of Per- and Polyfl uoroalkyl Substances: Recommendations and Practical Guidance」
https://www.oecd.org/chemicalsafety/portal-perfluorinated-chemicals/terminology-per-and-polyfluoroalkyl-substances.pdf(閲覧日:2023年5月16日)

※4:2007年に施行された規制。EU域内で製造、上市または使用される化学物質に対してRegistration(登録)、Evaluation(評価)、Authorisation(認可)、Restriction(制限)の責務が課される。

※5:PFASの中でも、例えばペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)およびペルフルオロオクタン酸(PFOA)については、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)の改正により、日本国内での製造・輸入等が原則禁止されている。現在、REACH規則で検討対象となっている化学物質に関しても、化審法の改正を通じて国内で規制される可能性がある。

※6:ECHA「ANNEX XV RESTRICTION REPORT」
https://echa.europa.eu/documents/10162/f605d4b5-7c17-7414-8823-b49b9fd43aea(閲覧日:2023年5月16日)

※7:人の健康あるいは環境に係るリスクの存在および程度に関して不確実性がある場合、リスクの存在および深刻性の程度が完全に明らかになるまで待つことなく、保護的措置を講じること。

※8:※2で示したように自然環境下で完全に分解される物質は制限対象外である。分解性以外の制限条件として、製品でのPFAS濃度の閾値(しきいち)が定められている。
また、他法令で規制されているため制限対象外となっている物質の場合は、2年ごとにECHAへの情報提出が求められている。なお、ECHAは2023年3月22日から9月25日までパブリックコンサルテーションを募集しており、その意見を踏まえて制限条件や制限内容が変更される可能性がある。

※9:追加猶予期間が設定された用途であっても、規制施行から18カ月の移行期間後、毎年3月31日までにECHAに届け出をする必要がある。

※10:三井化学「ミペロン」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/special/uhmw-pe/features/mipelon/(閲覧日:2023年5月16日)

※11:三井化学「リュブマー」
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/special/uhmw-pe/features/lubmer/(閲覧日:2023年5月16日)

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