マンスリーレビュー

2023年10月号特集3テクノロジー情報通信

デジタル技術が行動変容を加速させる

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2023.10.1

先進技術センター但野 紅美子

テクノロジー

POINT

  • 行動変容を支える技術は「手段」と「内容」に大別される。
  • 現在の行動促進技術は「言語」主体で効果には限界がある。
  • 非言語コミュニケーションの進化で状況が激変する可能性。

行動変容を支える2つの技術

行動変容を支えるには「手段」と「内容」の両方に関する技術の進化が必要となる。前者はVR、IoT、AIなど情報を伝えるためのデジタル技術で、後者は社会課題解決のため行動変容を後押しする介入策づくりのための行動促進技術だ(図)。
[図] 行動変容を加速させるのに必要な技術進化
[図] 行動変容を加速させるのに必要な技術進化
出所:三菱総合研究所
人に関わるデジタル技術は、リアルからバーチャルへ、言語情報から非言語情報※1を含むものへ、一律から個別の情報配信へと、それぞれ進化してきた。近年では表情や身ぶり、声色などの非言語情報を、物理的な空間の制約に縛られず、個々人に合わせた働きかけに活用できる多様な技術が発展している。

萌芽事例としては、オンラインでフィットネスのレッスンを受けられるサービスがある。受講者の運動量やフォームをAIで即時に評価してフィードバックするほか、インストラクターがビデオ通話で励ますなどしてトレーニングを促す働きかけが行われている※2

一方、行動変容を支える技術としては、ナッジ※3をはじめとした行動科学・行動経済学などの社会科学的な知見の活用が進んでいる。従来は属人的なスキルに合わせて介入策を設計していたが、近年では人間の心理的バイアスに基づく科学的な設計へと発展している。今後はAIを活用した介入策の設計支援や自動化などが進むだろう。

技術をめぐる2つの課題

行動変容を支える技術には現在、次の2つの大きな課題がある。

第1に、デジタル技術で具体的にどのような内容をユーザーに伝えれば効果的な行動変容につながるのかが不明確なことだ。例えば、健康管理のアプリでは、運動量の各種計測の結果などを活用しても働きかけが単調になりがちで、ユーザーにやる気を維持させるのが難しい。その結果、十分な効果を得るのが困難となり、市場の拡大も進んでいない。伝えるためのデジタル技術が進化しても、伝える内容の質がまだ十分ではないのである。

もう1つの課題は、現在の行動促進技術にある。実社会で行動促進のための大規模な介入を行う場合、ナッジを織り込んだ電子メールの一斉送信や封書の送付など、低コストで単純な「言語コミュニケーション」が中心となるため、効果に限界があることだ※4。直感的な「非言語コミュニケーション」とは異なり臨場感を欠き、文章を理解するのに集中力を要する。故に、介入対象が「興味がない、面倒だ、忙しくて注意を向けにくい」という、一般的にありがちな状況では、行動を促す効果が限定的とならざるをえない。

非言語コミュニケーションが鍵に

伝える内容の質を高めて第1の課題を解決するためには、行動促進技術の活用により人に行動を促す内容を科学的に導き出すことが不可欠となる。行動促進をめぐる第2の課題の解決に向けては、非言語コミュニケーションのデジタル化が進んでいることが有力な糸口となりうる。

行動促進技術とデジタル技術が融合すれば、個別対象の特性に合わせた非言語コミュニケーションが低コストで実現し、行動変容の効果を最大化できると期待される。臨場感に優れた非言語的な働きかけを、一人ひとりの事情に寄り添ったかたちで行えるからである。

また、人の心拍やホルモン値などの生理情報と、位置や運動などの行動情報をAIで分析して、リアルタイムに心理情報を科学的に推定できるようになれば、本人の同意に基づきプライバシー権を侵害しない範囲内で、個々の心情に配慮した、適切で効果的な働きかけが可能になるだろう。

このほか、特定の分野において利他的な行動を誘発できた人は、別の分野でも利他的な行動を促進しやすいとの関係性を示せれば、それを活用して社会課題解決のための分野横断的な働きかけを、戦略的に行えるようになるだろう。

「もろ刃の剣」であることを忘れずに

ただし、以上の方策によって介入効果の大幅な改善や適用分野の拡大が期待される半面で、技術の悪用による被害や新たなリスクも発生する。

このような負の影響を未然に防ぐために、不適切な利用防止のための新たな制度や監視の仕組みを考えていく必要があろう。臨場感のある非言語コミュニケーションによる訴えかけが「もろ刃の剣」となりうることを、忘れてはならない。

※1:当社コラム(2021年9月9日)「バーチャル・テクノロジーがドライブする行動変容編 第1回:2030年代のCXを担う基盤技術」。

※2:鏡に見立てた専用機器を購入してトレーニングを行う「MIRROR FIT.」などが存在。

※3:さりげない働きかけを指す行動経済学の用語。

※4:Stefano DellaVigna, Elizabeth Linos(2022年1月)"RCTs to Scale: Comprehensive Evidence from Two Nudge Units", Econometrica, 90:81-116ページ。