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3Xによる行動変容の未来2030経済・社会・技術

バーチャル・テクノロジーがドライブする行動変容編 第1回:2030年代のCXを担う基盤技術

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2021.9.9

先進技術センター中村裕彦

3Xによる行動変容の未来2030

POINT

  • 2030年代のコミュニケーション革命(CX)は非言語情報のデジタルメディア化を通じ「強化」と「拡張」の方向に進む。
  • バーチャル・テクノロジー(V-tec)は非言語情報のデジタルメディア。
  • V-tecのもつ5つの行動変容加速要素により、さまざまな課題の解消が期待。

CXで対面を超えるコミュニケーションが可能に

コロナ禍によりわれわれの生活は大きな影響を受けていますが、わずかにポジティブな影響があるとすれば、多くの業種でテレワークなど、就業のオンライン化が進んだことが挙げられるでしょう。実際、国土交通省によれば、「全就業者(雇用型、自営型)のテレワーカーの割合は22.5%で、前年度から約7ポイント増加し、過去5年間で最高値を記録」しています※1

テレワークが広がるにつれ、その課題も明らかになってきました。特に「オンラインコミュニケーションでは十分なチームワークの醸成ができない」、「初見の相手との十分な意思疎通ができない」などの課題が指摘され、対面コミュニケーションの重要性が改めて認識されています。

対面コミュニケーションと現状のオンラインコミュニケーションの違いは、非言語情報(情動・感情・場の空気感など)の伝達能力にあります。非言語情報には、実際の肉体的接触(握手、ハグなど)といった触覚によるものや、匂いや温度・湿度などによるものもありますが、ビジネスシーンでは、表情や顔色、視線、あるいは相手との相対的位置関係や意図しない身体的な振る舞い、会話のトーン・ニュアンスなどが非言語的情報として重要になります。

私たちは、言語的なやり取りに加え非言語的な情報もやり取りをすることで、相手の意図の理解や信頼関係の醸成を行っている、と考えられています。ビジネスシーンで必要となる非言語的な情報は、現在の技術でもかなりの部分をデジタルメディア化することが可能です。この非言語的情報を言語的情報に重ね合わせることで、より豊かなオンラインコミュニケーションが実現できると考えられます。

2030年代のコミュニケーション革命(CX)※2は非言語情報のデジタルメディア化を通じ、「強化」と「拡張」の方向に進むと予想されます。「強化」は、人と人とのコミュニケーションにおいて、非言語情報のオンライン化やデジタルツールを介した見える化により、遠隔の人との対面に近いコミュニケーションができるようになること、および、遠隔/対面を問わず、対面を超えるコミュニケーション(例えば相手の真意や感情の見える化、同時通訳、適切な語彙(ごい)候補のリコメンドなど)ができるようになることを意味します。

「拡張」は、話し言葉や身ぶり手ぶりなどを含めた、誰もが馴染(なじ)んでいる自然なコミュニケーションスタイルで、機械(AI)や環境と言語的/非言語的に情報をやり取りできるようになることを意味します。例えば、手招きをするとゴミ回収ロボットが近くに寄ってくるとか、「“あれ”もってきて!」などの曖昧な発言であってもAIが文意を解釈して適切な応答をするといったイメージです。

2030年代にかけて普及が期待されるCXの方向を以下にまとめます(表1)。
表1 2030年代にかけて普及が期待されるCXの方向
2030年代にかけて普及が期待されるCXの方向
出所:三菱総合研究所
コミュニケーションの強化・拡張により、人と人とのコミュニケーションが多様化・円滑化することに加え、誰もが慣れ親しんでいる対人コミュニケーションと同じ方法で、機械(AI)や環境と情報をやり取りすることが可能になります。この変革により、リアル・デジタルが融合する社会のもつ利便性を、ITリテラシーのあるなしにかかわらず、誰もが享受できるようになると期待されます。

CXの基盤技術としてのバーチャル・テクノロジー(V-tec)

表情、顔色、視線、会話のトーン・ニュアンスといった非言語的情報を伝達するための技術的手段として、私たちはxR技術およびその関連技術に着目しました。

xR技術は、バーチャルリアリティ(VR)、オーギュメンテッド・リアリティ(AR)、ミックスド・リアリティ(MR)などの総称です。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着したゲームなどをイメージされる方が多いと思います。近年は技術進展や通信・情報処理・測位などのインフラの整備が進んだことにより、教育や各種産業応用への期待が高まりつつあります。

xR技術には、非言語的情報を伝達する仕組みが内在しています。xR技術がもつ、リアル情報とバーチャル情報を融合し没入感をもって生体(視覚・聴覚)に出力(生体から見れば、画像や音声情報を受け取ることに対応)する機能と、視線やジェスチャー・表情などをトラッキングしデジタル空間への入力情報とする機能(生体から見れば、身ぶり手ぶりなどの非言語情報をデジタル化して機器に出力することに対応)により、非言語的情報をデジタルメディアとして活用することが可能になります。言語情報は既にデジタルメディア化していますので、これにより、私たちが人対人の対話で使っている自然な方法で、デジタル空間やデジタルオブジェクトにアクセスすることが可能になります。つまり、xR技術のユーザー・インターフェースが、人とデジタル空間・オブジェクトとのナチュラル・ユーザー・インターフェース(UI)として機能するのです。なお、音声入出力などもナチュラル・UIの1つです。

CXは、ナチュラル・UIだけでは実現しません。デジタル空間・オブジェクト側も、そのための情報・形式をもつ必要があります。どのような情報量や型式が必要かは、伝えるべき情報によって大きく変化します。これは、機械(AI)による音声合成・応答と人の発話を比べれば容易に認識できます。単に言語的な意味を伝えるのであれば、機械による人工的な発話も人による発話も変わりがありません。

一方、怒りや喜び、共感などの感情や、発話者の個性などは、音調やイントネーション、強弱やピッチなどさまざまな非言語的な情報により伝達されています。同じ内容を聞かされたとしても、非言語的な情報が言語的情報に重ね合わされているか否かで人の受け取り方は大きく変わります。リアルの本質をどのようにデジタルとして再現するかを見極め、実装することが重要となります。

このように、人にリアリティを感じさせるデジタル、リアルがもつ本質を再現したデジタルを、私たちは「バーチャル」と捉え※3、ボイスコンピューティングなども含めたナチュラル・UI技術とバーチャル空間・オブジェクトの生成技術と併せて「バーチャル・テクノロジー(V-tec)」と名付けました。

現在のV-tec関連技術には、CXとして機能的に足りない部分がありますが、近い将来に技術的な閾値(しきいち)を超え、実用レベルに至ると私たちは予想しています。この中には裸眼系のxR技術(HMDなどを装着することなしに立体感を得る技術)の実用化・社会実装なども含まれます。

V-tecは、図1のような3つの「バース」、5つの利用形態で、社会のさまざまな分野で活用されます。社会浸透の動きは2025年頃から実感できるようになり、2030年頃には一般的にもかなり身近なものになると私たちは想定しています。
図1 V-tecの活用領域:3バースと5つの利用形態
V-tecの活用領域:3バースと5つの利用形態
出所:三菱総合研究所

V-tecの5つの行動変容加速要素

V-tecでは、表情、ジェスチャー、話し方のトーンなどの非言語情報を言語情報とともに伝達することで、感情、情動、経験など、今までのオンラインツールでは伝えきれなかった情報を伝えることができます。V-tecのこのような特性を意識的に活用することで、人の行動変容を加速することができると考えられます。

V-tecの行動変容加速要素は5つあります。①情報のオンタイム提供、②時間の創出、③空間価値の向上、④経験の深化、⑤つながりの構築です。

このうち「①~③」は、外的環境を変えることにより行動変容を加速するタイプの加速要素です。

①情報のオンタイム提供は、V-tecにより、必要な情報を適切な量・タイミングで提供するというものです。合理的な判断に基づき適切な行動を促進する効果が期待されます。

②時間の創出は、V-tecを使ったリモートアクセスや作業の可視化・効率化などを通じ、余剰時間を創出するというものです。余剰時間が生まれることで、実際に行動することが可能になります。

③空間価値の向上は、リアルな空間や物体にバーチャルな情報を加えることで、新しい価値を提供するというものです。例えば、名所・旧跡に過去の3D像を重ね合わせた現地体験コンテンツ、リアルな演奏者とバーチャルなボーカルを組み合わせたコンサートなどが挙げられます。V-tecを活用して空間や場所を魅力的にすることを通じて人の行動(動線)を変えることができます。

これら3つの加速要素は、通常のオンランコミュニケーションにも備わっていますが、V-tecでは、利用できる領域や期待できる効果が大幅に拡大します。

「④と⑤」は、V-tecならではの非言語情報の伝達機能を活用した、心理的な行動変容加速要素です。④経験の深化は高所や宇宙空間、地震や洪水など、実体験が危険・もしくは不可能な体験や、繰り返しが困難な貴重な体験などをバーチャルに体験することで、自分自身の経験値を高めるというものです。バーチャル体験を重ねることにより、技能の習熟、他者に共感する能力の向上、危機対処能力の改善などが期待できます。⑤つながりの構築はV-tecにより対面に近いコミュニケーション(言語+非言語)を提供するというものです。他者との情緒的なつながりの増大による行動の変容が期待できます。いずれもデジタルメディアであることが、適用範囲の拡大に大きく寄与しています。

これらの関係を図2に示します。
図2 V-tecの5つの行動変容加速要素
V-tecの5つの行動変容加速要素
出所:三菱総合研究所
V-tecのもつ5つの行動変容加速要素は、さまざまな社会課題の解消・緩和に役立ちます。

例えば、生活習慣病の予防には適切な摂取カロリーコントロールと適切な運動が有効ですが、なかなか自分の意思でコントロールすることは困難な場合があります。これは、直近の楽しみを優先してしまう「現在バイアスで理解することが一般的」※4だとされています。そうだとすれば、V-tecの「情報のオンタイム提供」により、現在バイアスを打ち消すような方向に強化した情報(例えば実際よりも肥満するように変形させた自分の画像)をその場で提供することにより、不適切な行動を抑制し、適切な行動を促すことが可能になります。

また、SNSなどでの無責任な投稿や発言、孤立・孤独が社会問題となっていますが、これらの原因として、テキストベースのオンラインコミュニケーションでは、情動や意思、本音など、非言語的な情報が伝わりにくい点が挙げられます。社会的な動物である人が心理的に安心感を得るためには、情動的なつながりをもつ他者の存在が必要です。V-tecを活用することで、オンラインでも情動的なつながりをもつことが可能になり、孤立・孤独感の緩和に役立つと期待されます。さまざまなバーチャル体験により、他者の心の動きに共感し、自分事として認識する力も向上すると考えられます。

V-tecのさまざまな実応用への展望に関してはこのシリーズの以後のコラムでも紹介します。

V-tecを活用した社会課題解決・産業化に向けて

V-tecは人の行動変容を促すことで社会課題を解消・緩和するための強力なツールですが、その背後で動作する情報処理インフラ(AIなど)や5Gインフラなどのさまざまな技術・インフラと協調しなければ機能は果たせません。その意味で、適切なタイミングでの製品・サービスの市場投入が事業の成否を左右します。

また、日本のような成熟社会の場合、新技術・サービスの投入に直接・間接に関係するステークホルダーが多数存在します。技術・サービスの検討段階から、行政や潜在ユーザー、多様な関連業界など、多くのステークホルダーとの連携を進める必要があります。特に、技術・サービス投入により不利益を受ける恐れのあるステークホルダーを認識し、事前に適切な対策をとっておくことは重要です。例えば、Google関連企業のSidewalk Labはカナダ・トロント市で計画していたスマートシティ計画から、2020年5月に撤退しましたが、その大きな原因として、個人情報データ管理・活用に関する企業姿勢への地域住民の疑念の見誤り、ならびに住民との調整不足・連携不足が指摘されています。計画の具体化前に住民などとの間で十分な意思疎通が図られ、適切な計画立案が行われていれば、撤退に至らなかった可能性があります。

これ以外にも、新しい技術を使用することに対する忌避感や費用対効果に対する疑念など、さまざまなボトルネックを事前に認識し、対応策を織り込んだ実装計画を立案することが必要です。

また、V-tecでは、非言語個人情報という、よりセンシティブな個人情報を取り扱うため、個人情報保護にもより一層の配慮が必要です。このほかにも、フェイクやなりすましなど、技術実装に伴う各種ネガティブインパクトへの対策なども事前に考えておく必要があります。

V-tecの社会浸透は2025年頃から2030年にかけて目に見えて進むと思われ、2025年の大阪万博はその1つのきっかけになる可能性があります。V-tec関連産業・サービスで先行者となるために残された時間はそれほど長くありません。この機会に、自社の事業や技術とV-tecの関係について考えてみてはいかがでしょうか。

※1:国土交通省「令和2年度テレワーク人口実態調査-調査結果の抜粋-」(2021年3月)

※2:当社は未来社会実現のキーファクターとして、「3X」の活用を提唱している。3Xとはさまざまな領域における革新技術がもたらす3つの変革を指す。DX(デジタル・トランスフォーメーション)、 CX(コミュニケーション・トランスフォーメーション)、BX(バイオ・トランスフォーメーション)。

※3:日本バーチャルリアリティ学会HP「バーチャルリアリティとは」
https://vrsj.org/about/virtualreality/(閲覧日:2021年8月6日)

※4:大竹文雄「行動経済学の使い方」(p21、2019年、岩波新書)

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