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3Xによる行動変容の未来2030経済・社会・技術

バーチャル・テクノロジーがドライブする行動変容編 第3回:ポストコロナ時代におけるホワイトカラーのコミュニケーション変革

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2021.10.25

先進技術センター奥村隆一

3Xによる行動変容の未来2030

POINT

  • 働き方のDXを加速するイノベーションが求められている。
  • 鍵は「人と人」「人と機械」のコミュニケーション変革にあり。
  • バーチャル・テクノロジー(V-tec)活用によりホワイトカラーの能力向上と発揮が期待される。

ポストコロナ時代、コミュニケーションのイノベーションが求められている

コロナ禍でリモートワークが普及し、柔軟な働き方が広がりました。一方、日常の業務遂行を通じた若手育成や合意形成などにおいて、遠隔コミュニケーション特有の課題が発生しています。在宅勤務やフリーアドレス化の動きは今後も進展が予想されるため、企業経営においてはポストコロナ時代に適合した働き方や組織の在り方の再定義が求められています。

ところで、製造現場での自動化(FA:ファクトリー・オートメーション)は極限レベルで実現しましたが、ホワイトカラーの知的生産における定型業務の自動化は道半ばであり、グローバル競争の下で日本企業が生き残りを図るためさらなる生産性の向上が求められています。特に、労働力人口が長期的に減少を続ける中、非定型の業務に携わる人材を中心とした人的資本の投資・拡充が急務となっています。

そのためのブレークスルーの鍵は「働き方」のコミュニケーション変革(CX)にあると考えています。ここでは、中でも「人と人」「人と機械」のコミュニケーションに着目して、その変革の絵姿を考察してみたいと思います。

V-tecを活用してOJTとコワーキングを活性化

昨年の冬から始まった世界的なコロナウイルスの感染拡大を背景に、企業においてリモートワークの導入・普及が進み(従業員30人以上の東京都内の企業では実施率は6割を超える※1)、通勤時間の縮減、集中作業の効率化などのメリットが指摘されています。

個人作業のみならず、アイデアを生み出すワークショップなどについても、「miro」や「Microsoft Whiteboard」、「Strap」などのホワイトボードをオンライン上で再現するホワイトボードツールが出てくることで、オンライン上でディスカッションの内容を広げたり深めたりすることができるようになりました。PC画面に映し出されるホワイトボードに貼り付けた付箋の情報はすべて電子化されているので、後で見返したり、再整理する上では、紙上よりも便利であり、オンラインならではのメリットも見いだされつつあります。

遠隔ディスカッションの浸透は、経済活動のみならず研究活動にも影響を及ぼしています。昨年のコロナ禍では多くの国際学会がオンラインで開催され、渡航の手間と費用のハードルが下がり、研究者間の交流が拡大しました。物理的障壁のないオンラインのメリットが認知されてきたことから、情報交換やアイディエーションはスポット的なものに限れば、コロナ禍が収束した後もある程度維持され、普及していくでしょう。

リモートワークの浸透やフリーアドレス化の進展が、上意下達のビラミッド型組織をフラット化したり、組織の枠を超えた連携・協業の動きを後押ししたりしています。リモートワークが就業者の自律性を促すことと、電話やメールなどと比べ、上下関係を気にせず使用できるチャットツールが日常的な業務上のコミュニケーションの中心になってきたことが、大きな要因と考えられます。

一方で、日常の業務遂行においてはプラス面ばかりではありません。既存調査によると同僚とのコミュニケーションに支障があることが、最大の課題として挙げられています※2。雑談ができない、気軽に職場内の仲間などに声をかけにくいといった問題は、先輩や上司が後輩や部下と同じ業務を行いながら人材育成を図る、いわゆるOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)にも悪影響を及ぼしています。

そこで、「非言語情報のデジタルメディア」であるバーチャル・テクノロジー(V-tec)の出番です。VR技術の持つ没入感を職場環境に適用することによって、自宅にいながら、現実の職場空間内で机を並べて、仕事をしているような感覚を就業者に提供できるようになります。

現在提供されている「バーチャルオフィスサービス」※3の大半は、本人ではなく本人を示す画像アイコンをPC上の平面図中の執務スペースや会議室に移動させたり、3Dアバターを仮想空間上の会社に出勤させたりすることで、疑似的に職場の仲間と一体感を得ながら仕事をする仕組みです。フェイスブックの「Horizon Workrooms」もその一つです。ヘッドマウントディスプレイの「Oculus Quest 2」を使うことで、まるでリアルな会議室に一堂に会したような臨場感が得られます。

そのほか、他の人の在席・離席・会議中などのステータスが一目でわかる仕組みや、自分のアイコンを人のアイコンに近づけるほど、その人の会話の声が大きく聞こえる仕組みなど、サービスによって特徴はさまざまですが、一般的なオンライン会議ツールよりも、リモートワークを行っている人と人との間につながりを感じられる点が、バーチャルオフィスサービスのメリットといえます。ただし、やはり本人そのものではないので、リアルなコミュニケーションから得られる円滑さが、完全に実現されているわけではありません。

この問題を解決する一つの手法はVR就労空間の創出・整備です。現在、ビデオシースルー型ディスプレイとしてはVarjo 社の「XR3」やMicrosoft社の「Hololens」のようなシースルー型ヘッドマウントディスプレイ(HMD)の2種類が実用化されています。現実空間の映像を重ね合わせる、これらのタイプのデバイスを装着することで、卓上のリアルなキーボードを視野に入れつつ、仮想空間上の職場で仕事をすることが可能となります。ただし、長時間のVRになるので、ヘッドセットの装着感や計算部と表示部の分離などによる軽量化が課題となります。

なお、HMDを使用する場合、本人の顔の一部がデバイスで覆われるため、3Dモデリングの顔で疑似的に表現せざるを得ず、リアルさが損なわれてしまう難点があります。人がコミュニケーションを取るとき、言語情報に加え、目や眉毛、口元などの顔の微妙な表情を読み取っているため、この点は大きなネックといえます。

解決策としては、HMDではなく非装着型のデバイスを活用する方法が考えられます。具体的には、椅子を取り囲むように180度曲面3Dディスプレイを配置し、高精度画像に深度センサーを組み合わせ、リアルタイム3Dモデルを作成し、相手先の3Dディスプレイで表示する仕組みなどが考えられます。リアルな裸眼立体視を実現している「Project Starline」(Googleが2021年5月に発表)などの技術を活用することで実現が可能となります。

仮想空間内で気軽に隣の席の仲間に話しかけたり、雑談を行ったり、新人や若手が先輩や上司にちょっとした相談を持ち掛けたりしやすくなることで、現状のリモートワークよりも、職場の心理的安全性※4が高まるとともに、日々の業務遂行では通勤時間がゼロになることに加え、リアルな出勤とそん色ない状態が実現するでしょう。

さらに、海外支社の社員との共同作業や遠隔地に事務所を持つ社外人材との協業なども容易となり、企業内外のコワーキングの加速が期待されます。

V-tecを活用して非定型業務の遂行能力を向上

産業界におけるホワイトカラーの生産性向上ニーズは極めて高く、「ロボティック・プロセス・オートメーション」(RPA)市場は近年、拡大を続けています。2016年度から2019年度にかけてRPA関連サービスを含む市場は6倍以上となっており、2016年度から2023年度にかけては17倍以上となることが予測されています※5

RPAとは、人工知能(AI)のソフトウェアロボットにより、ホワイトカラー業務を自動化する仕組みです。さまざまな知的業務を代行できるため「仮想知的労働者」とも呼ばれています。

定型業務の自動化(ステージ1および2)は一般化しつつあり、10年以内に非定型業務の自動化(ステージ3)に進むと予想されます。例えば、コールセンターでは、会話音声を音声認識でテキストに変換してログとして残す取り組みや、そのログをもとにFAQを作成しておき、類似の相談を受けたときにFAQを表示することでオペレーターをリアルタイムにサポートするAIがすでに導入されています。営業や会議進行など、経験やノウハウが重要となるコミュニケーションが多い業務では、ログを取得してメンバー全体の経験・ノウハウを解析することで、AIによるサポート・代替が可能となります※6

このステージではRPAと汎用性の高い高度なAIとの掛け合わせが必要になりますが、非定型的な業務の場合、やり取りは複雑になり、RPAと人をつなぐインターフェースとしてのAIにはより人間らしさが求められるため、五感を含めたV-tecの活用が有望といえます。

具体的には、V-tecの音声認識や感情認識の技術は「センシング」の役割を果たします。トラッキングにより表情や身ぶりといった非定型業務の遂行中に得られるデータをリアルタイムに計測します。一定程度、データが蓄積されれば、データ分析を行えるようになり、AIを構築することで支援や自動化につなげられます。このことにより、RPAは個人仕様のアシスタントに近づいていくと思われます。

その際に重要となるのは、RPAとのコミュニケーション手段です。現状のキーボードという入力装置は、日本語を標準語として使用している私たちにとって決して使いやすいものではありません。ほとんどの日本人ビジネスパーソンはローマ字入力を行っていますが、その際、日本語の文字は子音と母音の組み合わせとなっているため、一文字入力するために2つのキーをたたく必要があります。

しかも、日本語は同音異字が数多くあるため、英語やスペイン語などのインド・ヨーロッパ語族の用いる言語に比べ、変換候補から該当語を選択するというひと手間も加わります。キーボード入力に比べ音声認識の入力スピードは速いため、未来のインターフェースとしては音声入力の方が、軍配が上がると思われます。

ワントゥーテンが開発中の会話インターフェース「DUI(Dialog User Interface)」は、人間の言葉を聞き取って、環境や文脈を理解した上で、意をくみ取って話してくれたり、冗談や気の利いたことも話してくれることをめざしています。このような非言語的コミュニケーション技術を3Dアバターに載せることで、RPAはさらに「仮想知的労働者」のイメージに近づくと想定されます。
図1 ホワイトカラーのコミュニケーション変革(イメージ)
ホワイトカラーのコミュニケーション変革(イメージ)
出所:三菱総合研究所

V-tecを活用して知識労働者間の能力共有を実現

V-tecのセンシング技術を活用して蓄積した業務ログは、本人のみならず、他者の能力向上支援や業務効率化にも役立つ可能性があります。

労働力の人口減少局面にある日本にとって、就業者一人ひとりの能力、すなわち人的資本を高めることは喫緊の課題であり、スキルやノウハウの非属人化・他者との共有がますます重要になっています。五感を通した非言語情報を含む豊富な情報を移転・共有するには、V-tecは有効な技術と考えられます。

手の動きなどの視覚や触覚の非言語情報をデジタルデータとして収集・格納・解析・再現する技術はすでに実用化され、職人の技の伝承などに活用されています。これに対し、ホワイトカラーの持つスキルやノウハウの大半は脳の中で使用されているため、トラッキングの難易度は高いです。

しかし、職人のスキルが手の動きになって表れるように、ホワイトカラーのスキルは業務の中で作り出される書類やチャット上の書き込みといったデータに表れます。そこで、これらのデータを解析することで、ホワイトカラーの暗黙知を形式知化し、非属人的な「知」として、他者と共有できるようになる可能性があります。

冒頭で触れた通り、コロナウイルス感染拡大を機にホワイトカラーのリモートワークが普及してきましたが、同時に、「Microsoft365」 や「G suite」などのグループウェア利用も一般化し、全社員の業務のログが一つのプラットフォームでひもづけられる状態となりつつあります。リモートワークが業務活動の中心になれば、ホワイトカラー一人ひとりが日々行っているアイディエーション、分析、判断、意思決定、指示・助言等の業務プロセスの大半が、デジタル化されて蓄積され、業務ログを詳細にトレース・解析できるようになります。

例えば、社内で有能とされる特定の社員が、電子会議やメール、チャット等を通した他者の指摘や意見を踏まえて、どのような意思決定を下して部下に何を伝えたのか、グループウェア上の会議資料などの電子ファイルをどのようなプロセスで修正しブラッシュアップしているのかなどのログをディープラーニングさせることで、別の社員が似た状況に直面した際にRPAがヒントを提示してくれるようになる可能性があります。

パーソナルアシスタント化したRPAとの対話を通じて業務を行う状況が一般化すれば、RPAとの対話ログも含めて思考プロセスをトレースできるようになるので、解析精度はさらに高まることが期待されます。

ただし、「知恵」を共有する際の本人の権利をどのように保障するかといった問題への対処を含めた、倫理的なガイドラインや法的な環境整備なども求められるでしょう。

オフィスワーク関連にV-tecを適用した場合、2025年に5,200億円、2030年には2兆4,500億円もの国内市場が形成されると、当社では試算しています。コミュニケーションの在り方を変革することで、OJTとコワーキングの活性化、柔軟な働き方の推進、人とAIとの協業、暗黙知の形式知化などが図られ、ホワイトカラーの能力向上と企業の持続的成長に大いに寄与すると期待されます。
図2 オフィスワーク関連の働き方分野へのV-tec活用の展望
オフィスワーク関連の働き方分野へのV-tec活用の展望
出所:三菱総合研究所

※1:2021年6月テレワーク実施率調査(東京都産業労働局、2021年7月2日)
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2021/07/02/09.html(閲覧日:2021年8月16日)

※2:日経BP総合研究所 イノベーションICTラボ 大和田尚孝「新常態の働き方大調査 テレワークの『新たな課題』ダントツ首位はあれ、独自調査で判明」(日経BP 日経クロステック、2020年11月19日)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01471/111600002/(閲覧日:2021年8月19日)

※3:ツールやソフトウェア、もしくはサービス上の仮想空間に疑似的なオフィスを構築し、オンラインで社員間がコミュニケーションを行う仕組み。

※4:組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも、非難や拒絶の不安なく安心して発言できる状態。

※5:https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/2599(閲覧日:2021年8月16日)

※6:当社コラム 経営戦略とイノベーション「働き方改革 第3回:コミュニケーションマイニングで変わるポストコロナの働き方」

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