マンスリーレビュー

2023年12月号特集3テクノロジーデジタルトランスフォーメーション

生成AIをめぐる世界の議論と日本の役割

2023.12.1

生成AIラボ飯田 正仁

テクノロジー

POINT

  • 生成AIは発展をもたらすが、企業にはリスクがあり社会的な懸念も。
  • リスクと懸念への対応を、企業DX加速と社会課題解決の起点に。
  • 日本は、具体的な解決策の提案で世界の規制議論を主導すべき。

生成AIによる企業のリスクと社会的懸念

生成AIは人類に大きな発展をもたらす革新的な技術である。一方、企業活動に際してのリスクや社会全体への懸念も大きい。現在想定されている主なリスクと懸念は8つある(表)。

企業のリスク低減には、人手によるチェック、十分なセキュリティ確保などの対策や、社内規則類の作成、社内教育やFAQ整備、照会窓口の提供などが有効だ。当社が2023年6月に実施した「ChatGPT緊急アンケート調査」では、約半数の企業が社内ルールを整備・計画中と回答している。

リスク対応は単なるコストではなく、デジタル変革(DX)を加速させるチャンスともしたい。生成AIは自然言語で操作可能なため誰もが使いやすく、多くの社員が直接操作する初のAIとなる。業務効率化や現場の知見集約に活用できるほか、リスク対策サービス※1で他社と差別化を図る企業もある。

社会的懸念については、例えば業務自動化による雇用への甚大な影響を予測する声が根強い。従来のAIは、定型業務など特定のタスクが得意であったが、生成AIは汎用性が高く、さまざまなタスクに対応可能だ。これまで人間の方が得意とされていた非定型業務の多くを肩代わりするだろう※2

このような懸念は、既存の社会課題が生成AIの登場で顕在化した結果ともいえる。労働代替によって生じる需給ギャップ解消に向けたリスキリングの重要性は、以前から指摘されていた。スキルと人材をマッチングさせるようなサービスも必要になる。生成AIによる懸念への対応は、社会課題を解決する起点であり、ビジネスチャンスにもなりうるとの視点が大切だ。
[表] 生成AIによる企業のリスクと社会的懸念
[表] 生成AIによる企業のリスクと社会的懸念
出所:三菱総合研究所

世界的に進む規制とガイドラインの議論

生成AIによる企業のリスクと社会的懸念に対し、世界的にAI規制が盛んに議論されている。2023年5月の先進7カ国(G7)広島サミットでは、国際連携によって規制の在り方を議論する枠組み「広島AIプロセス」が創設された。議長国の日本は年内にG7の見解を取りまとめる予定である。

並行して、各国でも議論が進んでいる。

世界で最も議論が進んでいる欧州連合(EU)は、AIのリスクレベルを4段階で定義したリスクベースのアプローチ※3による規制法案に、生成AIへの対応も含めた改定が議論されている。EU自体の市場が大きく規制が域外適用されるのに加え、対策を怠った企業に多額の制裁金も科されるため、非常に大きな影響を及ぼすと考えられる。

世界のAI市場をけん引してきた米国は技術と産業の育成を重視している。企業の自主規制をベースに、政府が原則やガイドラインを示してリスクをマネジメントしてきたが※4、生成AIの登場で変化が生じつつある。2023年7月に政府と大手IT企業が安全性やセキュリティなどに関する自主的な取り組みを約束し、10月には大統領令が出された※5。議会では規制法案も議論されている。

日本でも、ガバナンスの仕組みに変化が生じつつある。これまでは、米国同様に技術や産業の育成を重視し、理念・原則やガイドラインによる現場の運用を重視してきた。内閣府では「AI戦略会議」で、生成AIに関する論点も盛り込んだ議論が進められている。EUと同様のリスクベースのアプローチ採用、AI事業者向けガイドラインの策定などが検討されている。

中国は、欧米への対抗や国家の管理を重視、世界初の生成AIを対象とした規制「生成人工知能サービス管理暫行弁法」を2023年8月に施行した。英国は2023年11月に世界初の「AI安全サミット」を開催、英国と米国の各政府が個別に研究機関を設立して、企業が開発するAIの安全性を事前検証することで合意するなど、存在感を示している。

日本はG7議長国として議論の主導を

規制・ガイドラインをめぐる各国の動きには、自国のAI産業、安全保障上の思惑を背景とする主導権争いの側面もある。G7議長国の日本は、AI活用による産業変革を進めつつ、ポイントを絞ってリスク対応する見地から議論を主導すべきだ。

そのためにも、日本は具体的な解決策を提案することが重要だ。例えば、インターネット上のコンテンツに発信者情報を付与する「オリジネーター・プロファイル(OP)」などの技術提案や、「AI時代の知的財産権検討会」での生成AIと知的財産権に関する論点整理などは、議論をリードするきっかけとなる。

生成AIは10年に一度クラスの革命的な情報技術で、かつてない可能性とリスクを秘めている。生成AIによって生じる企業のリスクや社会的懸念への対応を単なるコストとは捉えずに、DX加速と社会課題解決の起点としたい。

※1:著作権問題に対応した画像生成AI「Adobe Firefly」(Adobe)、誤情報対策を施したレポート生成AI「ロボリサ®」(当社)など。

※2:MRIエコノミックレビュー(2023年9月13日)「【提言】スキル可視化で開く日本の労働市場」。

※3:順に、法執行目的の遠隔リアルタイム生体識別AIなど許容不可リスクは禁止、人材選考AIなどハイリスクは規制(事前評価)、チャットボットやリアルなコンテンツ生成・操作AIなど限定リスクは透明性義務、最小リスクは義務なし。

※4:AI権利章典のための青写真、AIリスクマネジメントフレームワークなど。

※5:政府による安全性テスト基準策定、企業による事前安全性テスト・結果共有など。

著者紹介