1点目の誤解は「スマートフォンでは体験できない」ことだ。
「メタバースを用いたサービスは、何が思いつくか?」と問われると、多くの人がヘッドマウントディスプレー(HMD)を利用した3次元空間での没入体験をイメージするのではないだろうか。確かにHMDはメタバースの魅力を最大限に引き出すことができるデバイスである。
一方、スマートフォンを利用したサービスをメタバースと呼ぶかどうかは意見が分かれる。しかしHMDを完全に代替することはできないものの、スマホもまた、メタバースサービスにおいて重要な役割を果たす機能を備えている。
本節では、メリットとデメリット(図1)に着目して、メタバースの適切なスマホ活用について考えたい。HMDとスマホの体験の違いについては、
『V-Tec/メタバースの活用に向けて 第1回:アクセス方法で変わるメタバース体験』のコラムも参考いただきたい。
スマホの特筆すべき活用メリットは「HMDのアクセス性を補完しうる」ということである。なぜならHMDは、装着に手間がかかり、継続的に装着するのが難しいからだ。これらの課題をクリアし、簡易に仮想空間を体験できるデバイスとして有用になるのが、スマホである。
HMDが「じっくりと楽しめる環境」を提供するのに対し、スマホは「いつでも楽しめる環境」を作り出す。スマホを用いたメタバースサービスは利用者と仮想空間を継続的につなぎ留めやすく、新たなメタバース体験を利用者に提供し得る。例えば、衛星利用測位システム(GPS)機能を利用した位置情報ゲームは、現実空間との連動をスムーズにすることで、仮想空間をより身近な世界として知覚させる。
またスマホは、メタバースサービスの認知向上にも有用である。矢野経済研究所によると、2023年のXR(VR/AR/MR)対応のHMDとスマートグラスの国内出荷台数は計50万台弱
※1の見込みであり、HMDは依然として普及率が低い。そのため、HMDだけに依存するメタバースサービスは、利用者数が限られてしまう。一方、スマホの世帯保有率は2021年時点で9割
※2近くに達している。HMDの代わりにスマホが利用できるのであれば、メタバースサービスの利用者は一気に広がるだろう。
一方でスマホは「メタバースを誤解させる恐れがある」というデメリットも存在する。視覚や聴覚を刺激する度合いには一定の限界があり、HMDほどには利用者を仮想空間に引き込むことはできない。操作性の観点でも、HMDなどメタバースに特化したデバイスには劣る。そのため、スマホだけで体験した利用者が、そのサービス、ひいてはメタバースそのものが不完全だと感じる恐れがある。また、サービス提供者も、スマホでの利用を意識するあまり、メタバースの本質や魅力を見落とす可能性がある。
以上のように、メタバースが提供するサービスにおいて、スマホはメリットとデメリットを併せ持つデバイスである。利用時間や利用者数を増加させ、利用者とサービスとの接点を増やす強みがある一方、没入感などの体験価値を低下させる恐れがあるからだ。利用者の誤解を招かないためにも、革新的なサービスの構築を心掛けた上で、その革新性を適切にアピールすることが重要である。
図1 メタバースサービスにおける、スマホ活用のメリット・デメリット
出所:三菱総合研究所