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3Xによる行動変容の未来2030テクノロジーデジタルトランスフォーメーション

原義のメタバースシリーズ 第3回:メタバースサービスの構築

「2つの誤解」を解くことで見える未来の世界

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2023.11.15

ビジネス&データ・アナリティクス本部櫻井元貴

3Xによる行動変容の未来2030
近年、メタバースという言葉はさまざまなメディアや業界で注目されている。非常に広い概念を示す言葉であり、その定義やビジネスモデルのあり方は確立していない。一方、あるべき姿について各立場でさまざまな意見が出されており、メタバースに対する誤解を呼んでいる。本コラムでは、メタバースのサービスを構築する際に陥りがちな「2つの誤解」を取り上げ、乗り越えるためのヒントを提供する。

「スマートフォンでは体験できない」にとらわれない

1点目の誤解は「スマートフォンでは体験できない」ことだ。

「メタバースを用いたサービスは、何が思いつくか?」と問われると、多くの人がヘッドマウントディスプレー(HMD)を利用した3次元空間での没入体験をイメージするのではないだろうか。確かにHMDはメタバースの魅力を最大限に引き出すことができるデバイスである。

一方、スマートフォンを利用したサービスをメタバースと呼ぶかどうかは意見が分かれる。しかしHMDを完全に代替することはできないものの、スマホもまた、メタバースサービスにおいて重要な役割を果たす機能を備えている。

本節では、メリットとデメリット(図1)に着目して、メタバースの適切なスマホ活用について考えたい。HMDとスマホの体験の違いについては、『V-Tec/メタバースの活用に向けて 第1回:アクセス方法で変わるメタバース体験』のコラムも参考いただきたい。

スマホの特筆すべき活用メリットは「HMDのアクセス性を補完しうる」ということである。なぜならHMDは、装着に手間がかかり、継続的に装着するのが難しいからだ。これらの課題をクリアし、簡易に仮想空間を体験できるデバイスとして有用になるのが、スマホである。

HMDが「じっくりと楽しめる環境」を提供するのに対し、スマホは「いつでも楽しめる環境」を作り出す。スマホを用いたメタバースサービスは利用者と仮想空間を継続的につなぎ留めやすく、新たなメタバース体験を利用者に提供し得る。例えば、衛星利用測位システム(GPS)機能を利用した位置情報ゲームは、現実空間との連動をスムーズにすることで、仮想空間をより身近な世界として知覚させる。

またスマホは、メタバースサービスの認知向上にも有用である。矢野経済研究所によると、2023年のXR(VR/AR/MR)対応のHMDとスマートグラスの国内出荷台数は計50万台弱※1の見込みであり、HMDは依然として普及率が低い。そのため、HMDだけに依存するメタバースサービスは、利用者数が限られてしまう。一方、スマホの世帯保有率は2021年時点で9割※2近くに達している。HMDの代わりにスマホが利用できるのであれば、メタバースサービスの利用者は一気に広がるだろう。

一方でスマホは「メタバースを誤解させる恐れがある」というデメリットも存在する。視覚や聴覚を刺激する度合いには一定の限界があり、HMDほどには利用者を仮想空間に引き込むことはできない。操作性の観点でも、HMDなどメタバースに特化したデバイスには劣る。そのため、スマホだけで体験した利用者が、そのサービス、ひいてはメタバースそのものが不完全だと感じる恐れがある。また、サービス提供者も、スマホでの利用を意識するあまり、メタバースの本質や魅力を見落とす可能性がある。

以上のように、メタバースが提供するサービスにおいて、スマホはメリットとデメリットを併せ持つデバイスである。利用時間や利用者数を増加させ、利用者とサービスとの接点を増やす強みがある一方、没入感などの体験価値を低下させる恐れがあるからだ。利用者の誤解を招かないためにも、革新的なサービスの構築を心掛けた上で、その革新性を適切にアピールすることが重要である。
図1 メタバースサービスにおける、スマホ活用のメリット・デメリット
メタバースサービスにおける、スマホ活用のメリット・デメリット
出所:三菱総合研究所

「メタバースと言えば空間再現」にとらわれない

もう1つの誤解は、「メタバースと言えば空間再現」という考え方だ。筆者はメタバースの特性を図2の5点で捉えている。一般的には、「3次元空間構成」や「同時アクセス」は着目されることが多いように思われる。確かに、これらがメタバースの重要な要素であることは間違いないが、その他にも3つの重要な特徴が存在する。

本節では、「物理法則を無視した空間設計」「インパクトのある情報伝達」という2つの特徴に着目して、より興味深いメタバースサービスを構築するための手がかりを提供する。
図2 メタバースの5つの特性
メタバースの5つの特性
出所:バーチャル美少女ねむ(2022年3月)『メタバース進化論—仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』(技術評論社)に基づき、三菱総合研究所が作成。
第1の特徴は、「物理法則を無視できる」ことである。仮想空間では自分の好きなように飛びまわり、自分の能力や制約を超えた表現が可能である。現実の複製にとどまらず、現実には存在しない世界を楽しむことができる。例えば、Gravity SketchやTilt Brushなどのアプリは、自分の指先で仮想空間に絵を描いたり彫刻を作ったりする体験を提供している。これらのアプリ単体ではメタバースの1要素に過ぎないが、メタバース上で自らのアイデンティティや価値観を自由に表現するためのツールとして有用である。物理法則を無視できることで、メタバースは人間の想像力・創造力を最大限に引き出す場となる。

第2の特徴は、「インパクトのある情報伝達を可能にする」ことである。従来、インターネット上の情報伝達は、テキストや画像など抽象度の高い手段に限られてきた。一方、メタバースでは、身体的な動きや表情を用いたより高次元な情報伝達が可能である。テキストや画像などと比較して、高次元な情報伝達は記憶にとどまりやすいことが知られている※3。そのため、インタラクションが一層意味深いものとなり、今まで以上にデジタル上での活動の価値が増す可能性がある。

以上のように、メタバースサービスの構築においては、空間再現以外にも着目すべき特徴が存在している。目が向けられることの少ない特徴にこそ、メタバースの可能性や革新性が秘められている。サービス構築の際には、「メタバースと言えば空間再現」という誤解にとらわれず、「物理法則を無視できる」「インパクトのある情報伝達を可能にする」といった特徴にも目を向けてみるのはいかがだろうか。

メタバースで未来の世界を

本コラムでは、メタバースサービスを検討する際に陥りがちな「スマートフォンでは体験できない」「メタバースと言えば空間再現」という2つの誤解について言及した。メタバースの活用はまだ始まったばかりであり、誤解にとらわれることはナンセンスである。当初はメタバースらしくないサービスだったとしても、気が付けば代表的なサービスになっているかもしれない。サービスの可能性を広く構想し、かつてない可能性を提供することが重要である。メタバースは、私たちの生活やビジネスに新たな価値や体験をもたらすことができる。誤解にとらわれず、未来の世界を自由に創造していきたい。

※1:矢野経済研究所「2023-2024 XR(VR/AR/MR)360°動画市場総覧~メタバース時代到来前夜~」(2023年4月)
https://www.yano.co.jp/market_reports/C64135700(閲覧日:2023年9月6日)

※2:総務省「令和4年版 情報通信白書」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/r04.html(閲覧日:2023年9月6日)

※3:Edgar DaleのCone of Experienceなどで言及されている。

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