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3Xによる行動変容の未来2030最先端技術デジタルトランスフォーメーション

原義のメタバースシリーズ 第1回:利用者の姿(前編)

事業をいつ時点の利用者に向けて作るか

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2023.8.28

DX技術本部小野寺光己

3Xによる行動変容の未来2030
2021年のMetaへの社名変更から急激に注目が高まったメタバース。このところネガティブな論調の記事が増えてきたようにも感じられる。ビジネス観点で失敗とされるケースでは、想定ユーザーの設定を誤っていないだろうか。前編となる本稿では、将来にわたるメタバースの利用者の姿を展望する。

現在のメタバース利用はアーリーアダプターまで

2021年10月にFacebook社がメタバースを由来とする「Meta」に社名を変更して以来、メタバースに対する関心と期待が高まってきた。日本でも、通信キャリアを筆頭に、小売り、メーカー、IPホルダーなどさまざまな業種がメタバース活用の取り組みを行ってきた。

しかし2022年11月以降のMetaのレイオフ、2023年3月の娯楽・メディア大手Walt Disneyによるメタバース部門閉鎖という米Wall Street Journalの報道など、ネガティブなニュースが続いた。勢いに陰りが見え、メタバースは失敗かのような論調が増えているように見える※1

読者の周りにも「失敗」とされているメタバース関連の取り組みがあるかもしれない。そういったケースは、ペルソナ、すなわち代表的なメタバース利用者の想定を誤ってはいないだろうか。本コラムでは、利用者、特に将来メタバースに住むような人に思いをはせながら、足元の事業へのヒントを探っていきたい。

なお、MRIでは研究リポート「CX2030:バーチャルテクノロジー活用の場としての広義のメタバース」※2でも触れている通り、リアル+バーチャルの融合空間としての「リアルバース」も含めて広義のメタバースと呼んでいる。一方、本コラムでは原義のメタバース、すなわち、バーチャル空間のうち、複数のエージェント(アバター)と操作・改変可能なオブジェクトを内部に含む共有空間、を念頭に置いている(図1)。
図1 原義のメタバースの概念
原義のメタバースの概念
出所:三菱総合研究所
まず、現在の利用状況を確認してみよう。当社が2022年12月に実施したメタバースの認知・利用状況に関する10,000人へのアンケート調査※3では、認知率は全体の8割強、利用率は5.5%弱という結果であった。一般的なイノベーター理論において、2.5%までがイノベーター、16%までがアーリーアダプターとされているため、イノベーターとアーリーアダプターのごく一部が利用していることになる。

以降では、現状も含め、今後拡大していくであろう利用者の姿を考えてみたい。

メタバースの発展ステージごとの代表的な利用者像

2050年以降、メタバースは段階を踏んで発展していくと考えられる。ここでは、①現在(~2025年頃)、②普及拡大期(2030年前後)、③定着期(2040年~)の3つのステージに分けて、それぞれにおける利用者像について思いをめぐらせてみたい(図2)。
図2 メタバースの発展ステージごとの代表的な利用者像
メタバースの発展ステージごとの代表的な利用者像
出所:三菱総合研究所

①現在 新世界を創造する神々の遊び(~2025年頃)

現在の利用者は、先ほども触れた通りアーリーアダプターまでであり、中心となっている層はゲームや先端的なエンターテインメント・技術に敏感なイノベーターと考えられる。前述のアンケートでも、メタバースの応用領域の中で現在利用が多いものはゲームであった。

この時点の利用者は、一方的に提供されているコンテンツを利用・消費する人というよりも、クリエイターを含めてメタバースの発展を支える参加者と表現するべきかもしれない。古事記や日本書紀にイザナギとイザナミによる国生みの神話があるが、筆者から見ると現在の参加者はメタバースという新たな世界の創造を楽しんでいる神々にも見える。

また、現時点のメタバースでは、本名を名乗る必要があるコンテンツがまだ少ないこともあり、現実世界の人格と切り離されているケースがほとんどである(この人格の捉え方については後編でも取り上げる)。そのため、現在の利用者は現実世界とは別の世界として、現実世界では不可能な自己実現・自己表現の場として、メタバースを利用しているように思われる。

②普及拡大期 放課後メタバース集合(2030年前後)

普及拡大期は2030年前後としているが、キラーコンテンツの登場によって急速に拡大すると考えられるため、時期の正確な予想は難しい。学生など、特定のコミュニティの間でゲームなどのキラーコンテンツを利用・消費することを目的としたメタバース利用者が増えるという構図になると思われる。

学生たちは学校や部活が終わると「放課後いつものメタバース集合な」と言って別れるのだろう。この現象は、「Roblox」※4などですでに起きているとも言われる。余談だが、2000年代には筆者も放課後に友人とMMORPG※5に集合していた。しかし、没入型※6でこのレベルに到達しているコンテンツはまだなく、その登場への期待も込めて2030年前後と設定した。

この普及拡大期を迎えられるかどうかは、メタバース(業界)がキャズム※7を超えられるかどうか次第だと思われる。キャズムを超える方法はさまざまなものが提唱されているが、ニッチ市場を攻めることや、口コミを広めることなどが挙げられる。

原義のメタバースの概念でも触れた通り、「複数のエージェント(アバター)」同士がコミュニケーションできることがメタバースの重要な要素・魅力でもある。このメタバースが元来持っているコミュニティ的な性質が、すでにこのキャズムを超えるための施策になっていると筆者は考えている。

ハードウエアの低価格化・高性能化、ネットワーク環境の整備などに支えられ、特定のコミュニティで流行するキラーコンテンツが生まれ、普及拡大期を迎えるであろう。

③定着期 「メタバースに住む」が普通に(2040年~)

周辺環境の整備を待つ必要があるため、かなり先の未来にはなるが、現在のスマートフォンのように、大多数が日常的にメタバースに触れている状態が定着期と考える。この段階では、メタバースが一般的なコミュニケーション手段となり、ビジネス用途でもさまざまな業界や職業で利用されるようになっているだろう。

多数が利用している状態のため、利用者像という観点では特別な層というわけではなくなるが、没入の深さ(利用頻度・時間など)にはバラつきが出るだろう。詳細はここでは取り上げないが、例えば、現在もすでに存在しているとされている※8「メタバース住民」の存在感は増すと思われる。メタバース内で安定的に収入を得ることができるようになれば、「メタバースに住む」ことが特別なことではなくなる。

定着期を狙うなら長い目での目標設定を

本コラムでは、今後のメタバースの発展に伴い拡大・変化していくであろう利用者の姿について、時間軸と発展ステージに注目して考察を行ってきた。

改めて、メタバース関連の事業を考える上でのポイントを整理すると、時間軸に関しては、主に次の3点である。

  • 現在の利用者はイノベーターが中心であり、まだ多数は認知のみの状態にとどまっていること
  • 学生など特定のコミュニティが起点となり、キャズムを超える(普及拡大期が訪れる)可能性が高いこと
  • 定着期では、ビジネスユースを含め人口の大多数が利用者となり、「メタバースに住む」層も出現すること

レイオフなどのニュースからMetaのメタバース関連事業は失敗であるかのように評されることもあるが、Metaは上記を理解した上で定着期に向けた打ち手を取っているように思える。反対に、無意識のうちに定着期の大多数の利用者をターゲットとしてサービスを開発し、現在の利用者が増えないことを嘆くような事態は避けたいものだ。

定着期を狙うのであれば、短期的な評価だけでなく長期目線での目標を定めた上で取り組み、業界全体の発展を目指していきたい。

後編では、メタバース特有の事情から利用者の姿に影響を与える要素として「アイデンティティ」を取り上げる。

※1:直近では、2023年6月6日に開催されたアップルの開発者向けイベント「WWDC23」の中で「Apple Vision Pro」が発表され、再度注目を集めた。

※2:2030年代、メタバースの産業利用が社会課題を解決(ニュースリリース 2022.11.22)

※3:三菱総合研究所、国内のメタバースの認知・利用に関する研究成果を発表(ニュースリリース 2023.3.30)

※4:5,000万人を超えるデイリーアクティブユーザー(DAU)を持つゲーミングプラットフォーム。

※5:大規模多人数同時参加型オンラインRPG。

※6:没入型アクセス:ヘッドマウントディスプレイ(VR-HMD)で体験する方法。
V-Tec/メタバースの活用に向けて 第1回:アクセス方法で変わるメタバース体験(3Xによる行動変容の未来2030 2023.6.16)

※7:イノベーター理論において、アーリーアダプターとアーリーマジョリティーとの間にキャズムと呼ばれる大きな溝があるとされる(キャズム理論)。

※8:『メタバース進化論—仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』技術評論社、2022年、バーチャル美少女ねむ著など。

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