マンスリーレビュー

2024年2月号特集1デジタルトランスフォーメーション

デジタルで社会の未来を切り拓く

2024.2.1

政策・経済センター藤井 倫雅

POINT

  • 世界の潮流が加速する一方、日本の社会課題はさらに深刻化。
  • ピンチをチャンスに変えていくことが不可欠である。
  • AIやデータ共有などでデジタルを活用した社会課題解決を。

加速する未来への潮流

当社は2019年に提言の「未来社会構想2050※1」で、2050年に至る世界の潮流として「デジタル経済圏の台頭」「覇権国のいない国際秩序」「脱炭素を実現する循環型社会」などを挙げた。それから4年が経過して改めて振り返ると、当初想定よりも速く変化が進んでいることに気づく。

例えば、新型コロナウイルス感染症はデジタル経済圏の成長を加速させ、2023年の世界の電子取引市場(BtoC)は約880兆円と推計されており、これは全商取引の2割に当たる※2。また、ロシアのウクライナ侵攻や中東での紛争によって、化石燃料や金属資源、半導体などの安定確保を含めた経済安全保障の問題が顕在化した。

本特集では、こうした世界の潮流変化を踏まえ、デジタルを活用して社会課題解決を目指す方策を示す。時期的には2050年の未来社会を俯瞰(ふかん)した上で2030年ごろまでに行うべき方策とした。

日本の課題と変革を阻む壁

未来に向け、日本の社会には課題が山積している。課題の根幹にあるのは少子高齢化だ。2050年までに減少するとみられる生産年齢人口(15〜64歳)の約1,970万人は、総人口減少分の約9割に相当する※3。これにより労働供給の制約や経済成長力の低下が深刻化する。巨大地震や異常気象、国際紛争といった危機の発生率も高まっている。社会のレジリエンスを強めるためにも個人・社会・政府が果たすべき役割に変革が求められている。

これらの課題は長年指摘され続けているが、変革は進んでいない。その理由を3つ挙げる。

1点目は「挑戦意識の後退」である。「失われた30年」によりリスク回避型の思考が主流となり、革新的なアイデアへの投資が十分になされてこなかった。スタートアップへの投資額はGDP比で見るとドイツの約半分、米国の8分の1程度※4だ。また、スイスのビジネススクールの国際経営開発研究所(IMD)が発表している2023年版の国際競争力ランキング※5では、日本の「起業家精神」は、調査対象の64カ国中最下位である(図1)。

2点目は「変化への対応スピードの低下」だ。長期雇用と上下関係が強固な年功序列文化は変革よりも安定を重視し、人材の流動性を下げる傾向にある。さらに大企業や行政機関では組織の縦割り化が進み、素早くて柔軟な対応が難しくなっている。2023年のIMDランキングでは、日本の「ビジネスの俊敏性」も最下位となっている。

3点目は「人的資本への投資意識の減退」だ。日本企業が人材育成の中心としてきたOJTでは、現在の業務とは関係しない新しい知識や経験を積む機会に乏しい。IMDランキングでは「デジタルスキル」や「国際経験」を有する人材確保に関する順位も最下位に近い。
[図1] 変革の遅れで日本の競争力は「最下位」に
[図1] 変革の遅れで日本の競争力は「最下位」に
出所: IMD「世界競争力年鑑」2023年版より三菱総合研究所作成

ピンチをチャンスに変える

しかし、ピンチはチャンスにも通じる。

人材不足→AIやロボットの活用機会増

当社の推計では、DX推進による省人化や生成AIの活用が進んだとしても、2035年の日本では約190万人分の人材が不足する。産業構造の転換から生じるスキルのミスマッチもいっそう拡大する※6。このままいくと人材不足はさらに深刻化するが、裏を返せばAIやロボットを存分に活用する余地が大きいといえる。

国際情勢の不安定化→国内への投資回帰

実際にここ数年間、金融・不動産を除く対内直接投資は増加傾向にあり、2022年7月~2023年6月の合計は2.7兆円程度となっている※7。海外の企業や投資家から見ると比較的安定している日本への投資が選択肢として注目されているからだ。

経済安全保障の観点から、日本企業の一部も国内回帰の動きを進めつつある。これらを追い風として国内への投資が加速すれば、新たな挑戦への原資となりうる。

財政ひっ迫→政府のデジタル化促進

日本の財政赤字は膨張し続けている。2023年の政府総債務残高はGDPのほぼ2.6倍であり、米国の2倍、ドイツの4倍にあたる。今後金利が上昇することにより、債務は雪だるま式に増えていく。社会システムの抜本的な見直しが待ったなしだ。

こうした切迫感はチャンスにもなりうる。一例が政府のデジタル化だ。実際にデジタル庁が中心となり、行政分野における公的データ共有基盤の整備が急ピッチで進みつつある。このようなデータ共有と利活用が進めば、官民が協働して社会課題解決に取り組むことも後押しされる。

デジタルを活用し未来社会を切り拓く

ピンチをチャンスに変え、デジタルを活用して未来社会を築くための方策を3つ示す(図2)。
[図2] ピンチをチャンスに変えるために
[図2] ピンチをチャンスに変えるために
出所:三菱総合研究所

1. AI・ロボットとの協働

生成AIの登場は産業や生活に大きな影響を与えつつある。生成AIがロボットに搭載されれば、人とロボットが自然に会話しながら協業することが可能になり、非常に大きなインパクトが生じる。

日本は産業用ロボットでは世界トップクラスの技術を有する。人手不足緩和やコスト削減を目的とした自動化だけでなく、人の能力を拡張するかたちでロボットとの協業が進めば、新たな市場創出や競争力強化につながると期待される。詳細は特集2「AIやロボットで人手不足緩和と持続的発展の両立を」で説明している。

2. 領域横断的なデータ活用

組織の壁を越えてデータ活用を進めれば、保有主体間の情報格差に起因する非効率の解消につながる。例えばサプライチェーンのデータを参画する業界間で共有できれば、在庫管理や物流の効率化が実現する。

また、国際情勢に関するデータをAIで分析することで、地政学的なリスクの検知をより素早く行えるようになる。加えて、部材・製品単位でのトレーサビリティ向上が実現すれば、炭素排出や資源循環の状況を把握可能になる。

日本で、データ共有による多大な社会的便益が期待できるのは医療介護分野だ。従来は分散管理されていたデータを、多様な保有主体間でひも付けることが可能になりつつある。ウエアラブルデバイスの進化により、個人の生体情報を簡便かつ低価格でセンシングできるようにもなってきた。

個人の健康データと医療データを組み合わせることで、新たな民間ビジネスの市場も創出されるだろう。詳細は特集3「データ共有で医療介護インフラの変革を」に記載している。

3. 挑戦と成長を促す人的資本投資

AIやロボットの導入や領域横断的なデータ共有によって効率化はさらに進む。多くのタスクが機械に代替された結果、今まで必要とされた知識や技能が急速に陳腐化していくため、企業は組織と人のあり方を根本から見直す必要が生じる。デジタルを駆使して課題解決に挑む人材の育成も極めて重要となる。

人による挑戦と企業の持続的成長を促す組織づくりには、適切な人的資本投資が不可欠である。次の節では、その具体像について説明する。

「スキルベース組織」を機能させるには

変化が激しい市場環境に対応して、企業が挑戦と成長を促す人的資本投資を実現する上で注目されているのが、「個人のスキルをベースとした組織」の構築である。組織のミッションを遂行するために必要なスキルをもつ人材を柔軟に適材適所に配置して、組織全体のアジリティ(俊敏性)を高めることを目指す。ここでいうスキルは知識や遂行能力だけでなく、志向性や資格なども含む、広範かつ汎用的なものと定義される。

このような組織を有効に機能させるには2つの施策が必要となる。まずは個人が自発的に学べる環境の整備だ。現在の業務に役立つ知識・スキルを獲得するだけでは、デジタル技術の急速な進化にキャッチアップできない。従業員が自身のキャリアを展望した上で「将来必要となる」知識やスキルの獲得を目指して努力し、企業が支援するのだ。この点については現在提供されている数多くのオンライン教材を活用するのが有効である。

第2に、スキルに基づいた人事評価(処遇)を実現することだ。これは従業員の成長意欲向上に必須だが、導入のハードルは高い。特定部署に偏らない汎用化されたスキルを共通の物差しとして設定した上で、各個人のスキルを可視化して客観的な評価を行い、処遇を決める必要がある。

スキルの可視化自体は、現在提供されているタレントマネジメントシステムを活用すれば可能である。難しいのはスキルと評価(処遇)のひも付けだ。評価基準が抽象的になり、結果として年功序列的な評価になってしまうおそれがある。

この点を解決するには、領域横断的なデータの蓄積・共有が重要となる。すでに米国ではスタートアップ企業を中心とするさまざまな業種で、タスクやスキル、処遇に関するデータの蓄積と分析が進められている。

今まで多くの日本企業が採用してきた職能資格制度は個人の能力の成長に着目した人事制度であり、その意味ではスキルベースの組織づくりと親和性がある。あとはスキルを基準に、適切な評価としがらみのない人材配置を実現できるかどうかがポイントとなるだろう。

デジタル活用の3方策は同時に推進を

ここまでデジタルによって社会の未来を切り拓く3つの方策について述べてきた。重要なのはこれらを同時に推し進めることだ。

AIやロボットの活用は、業務の効率化や自動化にとどまらず、大量のデータを創出する。こうしたデータの共有・分析は次のイノベーションを誘発する。そして企業は、新しい市場環境に適応するため、従業員のスキルを常にアップデートできる組織づくりを進めなければならない。

日本はデジタル化で後塵を拝しているといわれてきた。逆にいうと、伸びしろが十分に残されているということでもある。デジタル活用の3方策を同時に推し進めて好循環につなげれば、2050年の未来社会は明るいものになる。

※1:当社エコノミックインサイト(2019年10月)「未来社会構想2050を発表」。

※2:経済産業省(2023年5月)「令和4年度 電子商取引に関する市場調査報告書」。

※3:人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」(2023年推計)の中位推計。

※4:スタートアップ投資額はCB Insights(2023年10月)"State of Venture Q3 2023"、各国GDPはIMFデータベースを用いて算出。

※5:IMD「世界競争力年鑑」2023年版。

※6:MRIエコノミックレビュー(2023年9月)「【提言】スキル可視化で開く日本の労働市場」。

※7:日本銀行「国際収支関連統計(業種別・地域別直接投資)」。ただし金融・不動産を除く。

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