マンスリーレビュー

2024年2月号特集2テクノロジー人材

AIやロボットで人手不足緩和と持続的発展の両立を

同じ月のマンスリーレビュー

タグから探す

2024.2.1

先進技術センター中村 裕彦

テクノロジー

POINT

  • AIやロボットの利用法には自動化型と拡張型の2つがある。
  • 過度な自動化は非効率なため、拡張との適切な使い分けが必要。
  • 社内外の人材流動性増加によるミスマッチ緩和も期待できる。

人手不足解消に向けたAIやロボットの利用

人手不足が深刻化している。AIの普及による省人化などを考慮しても2035年時点でおよそ190万人分の需給ギャップが生じると、当社はみている※1。加えて、専門技術職や運搬・清掃・梱包職などの不足が深刻になり、逆に事務職や販売職は過剰になるという、雇用のミスマッチも深刻である。

一般に、人材育成にはかなりの時間とコストが必要となる。求められるスキルの内容が年々変化するような近年の状況では、従来のようにOJT的に長期間をかけて必要な専門性を取得するだけでは、人手不足に対応できない。

こうした中、AIやロボットへの期待が高まっている。国は2023年度補正予算における「中堅・中小企業の賃上げに向けた省力化等の大規模成長投資補助金」(総額3,000億円)や約2,000億円の「中小企業生産性革命推進事業」などにより支援を進めている。企業としても自社の事業に適したAIやロボットの導入を進め競争力を高める好機だ。

AIやロボットを利用する2つのアプローチ

AIやロボットの利用法には大別して2つのアプローチがある。1つは、AIやロボットが人の作業を代替する「自動化型」である。もう1つは、AIやロボットが支援することで人の機能を拡張して生産性を上げる「拡張型」である(図)。
[図] AIやロボットによる自動化と拡張の概念図
[図] AIやロボットによる自動化と拡張の概念図
出所:Erik Brynjolfsson "The Turing Trap: The Promise & Peril of Human-Like Artificial Intelligence"をもとに三菱総合研究所作成
自動化型は、人手不足の解消という点では最も効果が大きく、スケールメリットもある。しかし、多くの産業では全ての作業を自動化できる状況にはなく、無理をして自動化システムに置き換えると、かえって生産性が悪化してしまう。通常の操業時には生産性が高くても、不具合の復旧に時間やコストを要するようでは意味がない。

拡張型は、AIやロボットの支援により、人の専門業務への対応力を向上させることに力点を置く。対応力向上により生まれた余剰時間は、自社の生産プロセスの改善、新製品や新事業の開拓などに充てることができる。漸進的に自社の業務プロセスを変革できる点も魅力である。一方、飛躍的な生産性向上にはつながらず、移行の過程で一時的に負荷が増加する弱点もある。

自動化と拡張の両輪で持続的発展を

人手不足に自動化で対応するだけでは新たなアイデアが生まれず、持続的発展は困難になる。しかし、企業がコアバリューを十分に理解した上で、自動化と拡張を適切に組み合わせれば、自社の強みを伸ばせる。萌芽事例を2つ紹介する。

ある家電メーカーは、日本の製造業が強みとする「カイゼン力」※2をラインに残しつつ、AIやロボットに任せるべき作業は可能なかぎり代替させる方式を試行している。

違う種類の製品を同一ラインで製造する「混流生産」が得意なこの会社にとって、手順が明確な作業はAIやロボットへの代替による自動化が望ましい。しかし、人の関与を完全になくしてしまうと長期的にはプロセス改善の範囲が狭まり、独自の生産ノウハウ蓄積が阻害されるなどの副作用が懸念される。このため同社は自動化型と、人のカイゼン力を取り込むことができる拡張型とを、状況に合わせて組み合わせる方針だ。

別の素材メーカーでは、AIに熟練技能者のスキルを学習させることで支援ツールとして活用し、非熟練の作業者でも水準以上のオペレーションができるようにした。これに伴い、従来は徒弟制度によって長い年月をかけていた技能伝承が、短時間で可能になると期待される。

企業内外の人材流動性改善に向けて

AIやロボットの適切な活用は、人手不足緩和だけでなく、人材のミスマッチ改善にもつながる。

企業の専門職には、担当分野に関する専門性だけでなく、課題への対応能力やコミュニケーション能力などのビジネススキルも求められる。AIやロボットによって、専門知識の一部や経験的要素を担当者が迅速に習得できるような基盤の整備を業界横断的に行えば、現場投入までの習熟期間の大幅な短縮や、人材のミスマッチの改善につながる可能性がある。

個社特有の要素を減らして業界共通・標準的な要素を増やすことに加え、協調可能な情報・データなどの社内外を通じた共有を進め、競争力の源泉である特殊設備や技術は区別して管理するなど、AIやロボットが貢献できる部分は多い。これらの体制整備を通じて、業界や業種を問わず、人材の流動性を増すことができるはずだ。

企業内での流動性増加も期待できる。AIやロボットが専門知識などを適切に提供すれば、従業員がジョブや所属部署を変更することなども比較的容易になるからだ。意欲ある人材を社内にとどめつつ、社外の環境変化への対応力を強化していくことも可能になる。

※1:当社提言「スキル可視化で開く日本の労働市場」。

※2:「カイゼン」は国際的にも高い認知度を持つようになった日本語。現場での業務を見直して作業効率や安全性の向上を目指す取り組みを指し、トヨタ自動車の生産改善活動に由来している。