マンスリーレビュー

2024年2月号特集3デジタルトランスフォーメーションヘルスケア

データ共有で医療介護インフラの変革を

2024.2.1

政策・経済センター西角 直樹

デジタルトランスフォーメーション

POINT

  • 高齢化や財政ひっ迫で医療介護インフラの変革は待ったなし。
  • 患者のデータを共有・活用することによる便益が大きい。
  • 成功の鍵は安全な共有ルール確立と民間保険外市場の拡大。

コスト増と人材不足への対応が急務

生産年齢人口が減少する中での財政ひっ迫に見舞われている日本では、医療機関や介護施設などの医療介護分野のインフラにおいて、コスト増と人材不足に対応した変革が急務である。

課題解決に向けたポイントは領域横断的なデータ利活用だ。マイナ保険証の利用登録が7,000万件を超え、「全国医療情報プラットフォーム」構築が進展するなど、デジタルを起点とした医療介護制度の改革に着手可能な環境が徐々に整ってきた。

患者データの共有による社会便益は大きい

医療介護分野では、データの散在が効率的な利用を妨げてきた。カルテは医療機関、健康診断は保険者、予防接種の記録は自治体、レセプトデータは国が保有しており、管理主体はバラバラである。

これらのデータが共有されていないため、病院を替えるごとに同じ検査を受けたり、毎回の処方で禁忌事項を確認するなどの無駄が生じている。

こうした課題の解決に向け参考になる事例として、欧州委員会が整備を計画中のデータ基盤「欧州保健データスペース(EHDS※1)」がある。欧州連合(EU)加盟各国で異なる一般データ保護規則(GDPR)の解釈を統一し、患者本人の治療のためのデータ利用は原則として同意不要とする。さらに二次利用についてもデータ管理を行う第三者機関が利用目的に応じて柔軟に判断・提供する仕組みを設ける。これまで難しかった医療機関間での患者データ共有を行いやすくする点が特徴だ。

患者には、旅行中や緊急時でもEU域内であれば履歴データに基づいて個別最適な医療を受けられるなどの便益がある。さらに大きいのは二次利用が社会にもたらす便益だ。製薬会社は創薬の加速が可能となり、各国政府はデータに基づく医療システム最適化を図ることができる。将来は生成AIの学習データとしての価値も高まるだろう。

成功の鍵はルール確立と民間保険外市場拡大

医療介護分野のデータ共有については日本でも必要性が指摘されてきたが、実現を阻む3つの障壁があった。第1は制度の問題だ。出来高払いが主流の診療報酬制度では、医療機関間での重複検査を避けるなどのインセンティブが働きにくい。

第2はプライバシーとセキュリティの問題だ。個人情報保護法によりデータ共有には事前の本人同意が求められるが、同意の取得に多大な手間とコストがかかるため共有が進まないのが現実だ。

第3は利益面だ。データを共有した場合、具体的にどのような便益が社会に還元されるのかを示す必要がある。

欧州の例なども参考に、こうした課題を解決する方策を提案したい。まず制度の面では、診療報酬における包括払いの適用範囲を拡大することだ。支払いの上限額を設ければ医療機関の側に効率化するインセンティブが生じる。一方で医療の質を落とすことなく費用を抑制するため、他医療機関のデータ利活用が進むだろう。

2番目のプライバシー・セキュリティの課題解決には、新しい技術の導入が有効だ。例えばエストニアの共通データベース「e-Health」※2におけるブロックチェーン技術の活用や、EHDSでの連携基盤整備など、各主体がデータを分散所有しながらプラットフォームを通じて信頼性やアクセス権を管理する仕組みが実現されつつある。

そこで重要なのは、安心してデータ共有を推進できるルールの構築だ。例えば本人の診療のための医療機関による利用は原則同意不要とすることも考えられる。そのためには目的や対象を絞り、不正利用時の罰則規定などを整備することで患者の不安を払拭するとともに、生涯にわたる履歴データの共有で医療や介護の質が向上するなどして患者本人がメリットを実感できることが重要だ。二次利用については使い勝手のよい仮名化による利用を認める法改正が2024年に施行される。

第3の課題である利益モデル確立の鍵となるのは民間保険外市場だ。健康増進や予防医療など公的保険外のヘルスケア市場であり、ビッグデータの二次利用を通じた拡大が期待される。

先駆的な事例に、青森県や弘前大学などによる「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」※3がある(図)。数千項目の健診データなどを長期にわたり蓄積し産官学民で活用する仕組みを整え、製薬会社や食品会社などが製品開発に活用している。良質で大量のデータ取得を、多数の企業が相乗りすることで低コスト化したのがポイントだ。
[図] 先駆的事例の「弘前大学COI-NEXT」
[図] 先駆的事例の「弘前大学COI-NEXT」
出所:「弘前大学COI-NEXT」のウェブサイトをもとに三菱総合研究所作成

巨大な鉱脈の発掘を

医療介護分野では、多様な主体がデータを長時間かけて個別に蓄積してきたため、巨大な鉱脈が未活用のまま眠っている。ルールを整備し鉱脈を掘り出して社会便益につなげられれば、インフラ効率化に大きく貢献する。

※1:European Health Data Spaceの略。

※2:患者がさまざまな医療機関の診療データにオンラインでアクセスできる点が特徴。

※3:文部科学省・国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)によるプログラム。2023年11月1日時点で全国20拠点が採択されている。

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