マンスリーレビュー

2023年9月号特集1ヘルスケアデジタルトランスフォーメーション

医療・介護への不安解消に向けた処方箋

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2023.9.1

English version: 19 October 2023

政策・経済センター藤井 倫雅

POINT

  • 「働き世代」は社会保障制度と健康の両方に不安を抱いている。
  • 不安を払拭するには、AIなどのデジタル技術の活用が有効。
  • 健康状態を可視化するヘルスケアデータの利活用が改革の一助になる。

働き世代は社会保障の持続性に不安を抱く

30〜50代の「働き世代」が抱えている社会不安の第1位は、「医療・年金などによる財政の悪化」——。これは当社が実施する生活者3万人アンケート調査の結果だ。2011年の調査開始以来、12年連続で1位である。実際盛んに報道されているように、医療・介護にかかる支出は急激に増加している。その結果、現役世代の社会保険料も増加傾向にある。勤労世帯の健康保険料は過去20年で約1.3倍に増加。少子化で支え手が減っていく中でさらに負担が増えることが見込まれる。

人材面でも、看護師や介護士など医療・介護サービスを現場で支える人材の不足傾向も顕著となりつつある。患者や利用者の命・安全を守るべく、少ない人数で切り盛りする医療機関や介護サービス事業者も少なくない。こうした状況が続けば、社会保障制度の持続可能性に黄色信号がともる。

社会保障制度改革に向けた3つの方針

社会保障制度とは個人の力では対応が難しい課題やリスクなどを社会全体で支える仕組みであり、持続可能な制度改革に向けて次の3つの観点が重要である。

1番目は、年齢にかかわらず能力に応じて支払う、いわば「応能負担の原則」に基づいた自己負担の設定である。所得や資産の多寡を踏まえ負担率を調整する。具体的には、現状の制度では「高齢者は支払い能力が低い」として、年齢によって負担率を変えている。今後は、一人ひとりの支払い能力に応じて負担率を設定することで、公平な支え合いを実現できる本来の姿に近づけるべきだ。

2番目は「小さなリスクは自身で負い、大きなリスクは皆で支える」という公的保険の原則の徹底だ。具体的には、大きな病気で手術や入院をする際は保険から支払う一方で、ちょっとした風邪や筋肉痛など、市販薬で対応可能な軽微な処置は自己負担率を高める。この措置により、本当に必要なサービスに資源を割くことが可能となる。

3番目はデジタル技術の利活用によって「現場負担やコストを抑制しつつ、公的サービスの質と利便性を向上させる」ことだ。例えば、困窮世帯への給付を行う場合、デジタル技術の活用により給付に要する紙書類の処理・事務コストを大幅に抑制。同時に、個々の所得などに応じて本当に困っている世帯へ素早くプッシュ型で支援が可能になる。医療・介護サービスの現場でも、デジタル化によって業務プロセスの一部が機械代替され、業務負荷も軽減される。


ただし3つのアプローチによる制度改革の実現には多くの障壁が存在する。例えば、制度変更への社会的コンセンサス獲得の困難さ。新制度への不安が改革への抵抗感を生む懸念もある。国民的議論を経ることは不可欠であるとともに、地域を限定したパイロットプロジェクトを通じて制度変更がもたらす「便益(ベネフィット)」と副作用(リスク)の洗い出しが重要だ。

働き世代が抱えるもう一つの不安:健康問題

働き世代は、自身と家族の健康問題にも少なくない不安を抱いている。当社が行ったウェルビーイングに関する調査※1では、働き世代の総合的な生活満足度が低かった。理由として経済格差や時間のゆとりのなさに加えて、心身の健康を挙げた回答者も多い。実際に働き世代の精神疾患および生活習慣病の患者数は年々増加している。新型コロナウイルスの感染拡大が増加傾向に拍車をかけた。また、親族の介護問題という少子高齢化時代独特の不安要素もある。2035年には85歳以上の人口が1,000万人を超え、いわゆるビジネスケアラーの問題が深刻の度合いを増す恐れがある。

働き世代の健康に関する不安払拭に医療・介護サービスのデジタル化は有効である。その具体策は、図の赤枠内に示した特集2〜4で述べる。
[図] 働き世代の不安とその解消策
[図] 働き世代の不安とその解消策
出所:三菱総合研究所

「小さな実験」が改革を成功に導く

ヘルスケアデータの共有・利活用は、制度改革を推し進める。例えば、負担率変更が国民の健康に及ぼす影響を詳細に把握するのに、医療・介護サービスの利用頻度や実際の健康状態を可視化するICTやDXの存在が必須であろう。また、診療行為と患者のその後の健康状態を結び付けて分析することにより、医療・介護の質の改善や効率化につなげることも可能となる。

抜本的な改革には数多くの障壁が立ちふさがる。「できない」と諦めてしまうのではなく、「小さな実験」を繰り返し、たゆまず前進していくことが重要ではないだろうか。

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