マンスリーレビュー

2023年9月号トピックス2ヘルスケア

「治験に選ばれる」医療機関になるために

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2023.9.1

ヘルスケア&ウェルネス本部折居 舞

ヘルスケア

POINT

  • 治験には質の確保と期間短縮による効率化が求められている。
  • 国内で治験が実施されず新薬が使えなくなる恐れも。
  • 国際的な治験変革に日本の医療機関も政府も対応すべき。

開発対象の変化で治験は国際化

医薬品開発の対象は、糖尿病や高血圧のように多くの患者がいる病気から、希少な疾患や、特定の遺伝子型の人だけを抽出した患者層へとシフトしている。このため、医薬品の有効性・安全性を検証するための臨床試験である治験を行う際に、被験者の数を十分に確保することが難しくなってきている。

こうした事情から近年、1カ国ではなく複数の国で被験者を募る国際共同治験がスタンダードになりつつある。医薬産業政策研究所によれば、日本国内で実施された全治験件数に対する国際共同治験の割合は、2011年度は18%だったが、2020年度には57%へと増加した※1

さらに新薬開発の成功率低下もあって、医薬品開発のコストは上昇している。世界的な製薬企業は治験について、国際化と合わせ、被験者募集期間の短縮や人手をかけないデータの信頼性確保などを進めている。今後は治験の依頼先として、データ品質確保とプロセス効率化を両立できる医療機関が選ばれるようになるだろう。

「日本で使えなくなる」懸念も

日本での新薬の承認審査は原則として日本人のデータを必要とするため、国内での治験実施は新薬の利用に向けて非常に重要である。しかし、日本は医療機関あたりの被験者が少ない一方で、治験に参加する医療機関数が多く手続きや管理のコストがかさむ。さらに、データの信頼性確保のために多数の人手を要している。

業界団体の調査では2017年時点で、日本における1機関あたり症例数は、世界最多であるオランダの4分の1未満だった※2。それだけ開発データの集まりが遅い。臨床開発モニター(CRA)※31人あたりの担当医療機関数が米国の3分の1程度で、1機関あたり訪問回数が他国より多いことも非効率さを招き、治験コストを押し上げている。

世界的な効率化の流れに逆行している従来の治験体制が変わらなければ、日本はコストとスピードの面で他国にさらに後れを取り続ける。結果として、海外で使われている医薬品が国内ではなかなか承認されず、しばらくは使えない「ドラッグ・ラグ/ロス」が深刻化する可能性がある。

質と効率性を両立させた治験体制を

そのような事態を回避するため、国内の医療機関は製薬企業が求めている十分な質と効率性を有する治験体制を構築する必要がある。例えば、現在は医療機関ごとに設置されることが多い倫理審査委員会の統合を進めることや、他の医療機関との連携を通じて被験者募集を効率化することなどが考えられる。

医療機関が治験体制の転換を進めるとともに、政府もインフラや規制の面から、日本の治験環境を魅力的なものにしていく必要がある。国としても、医療機関としても、製薬会社から「治験に選ばれる」ことが、日本における革新的新薬の確保につながるからだ。

※1:医薬産業政策研究所(2022年7月)「近年における国際共同治験の動向調査」政策研ニュースNo.66。

※2:米国研究製薬工業協会(PhRMA)と欧州製薬団体連合会(EFPIA)の共催セミナー資料「日本がグローバル試験から排除される日」(2018年9月)。

※3:Clinical Research Associateの略。製薬企業から依頼を受けて医療機関を訪問し、治験が適切に行われているかをモニタリングする専門職。