マンスリーレビュー

2023年9月号特集2ヘルスケアデジタルトランスフォーメーション

ヘルスケアデータ共有が生む「攻めの健康経営」

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2023.9.1

ヘルスケア&ウェルネス本部中村 弘輝

ヘルスケア

POINT

  • 国内の企業に健康経営の取り組みが着実に広がりつつある。
  • ヘルスケアデータの共有・利活用によって「攻めの健康経営」へ。
  • データ共有を前提とした仕組みづくりをすることがポイント。

健康経営の裾野は拡大中

人手不足が深刻化する中、企業が従業員の心身の健康づくりを支援することは優秀な人材を確保する上での前提条件となっており、健康経営の取り組みは着実に広がりを見せている。現に「健康経営優良法人2023」では、大規模法人部門2,676法人、中小規模法人部門1万4,012法人が認定されている。認定制度が始まった6年前はそれぞれ235法人、318法人だったことを考えると、企業の関心の高まりには目を見張るものがある。

最近では、競争力の源泉として人的資本への投資に注目が集まっており、従業員の健康づくりは投資と捉えられ始めている。より高度な「攻めの健康経営」を目指す企業も今後は増えるだろう。その際、ヘルスケアデータの共有・利活用が重要な役割を果たすことになる(図)。
[図] ヘルスケアデータの共有・利活用がもたらす変化
[図] ヘルスケアデータの共有・利活用がもたらす変化
出所:三菱総合研究所

業界やサプライチェーンでつながる健康経営

健康経営は個社の取り組みにとどまらない。特集2では、「業界横断型」と「サプライチェーン縦断型」の2種類の取り組みについて紹介する。

業界全体で健康経営を武器に人材確保を試みる動きは、建設業が先陣を切って進めている。建設業は3K(きつい、汚い、危険)のイメージをもたれ、人材確保が喫緊の課題となっている。そこで、3Kのイメージを払拭し、魅力的な仕事であることをアピールするために業界として健康経営に取り組み始めた。同業他社間で働き方や職場環境が似ていることから、健康課題にも共通点が多い。このため業界団体が旗振り役となり、建設業界としての健康課題を特定し、複数社で共通の施策を展開している。健康イベントの共同開催やノウハウの共有など複数社で取り組むメリットは多い。

サプライチェーン全体での健康経営の取り組みも重視され始めた。「令和3年度健康経営度調査」※1に「サプライチェーンにおける取引先の取り組みの支援」が評価項目に加わり、直近の調査では、約3分の2の法人が支援していると回答。取引先との意見交換を通じたノウハウの提供やイベント共催などが進んできている。

日頃は競合としてしのぎを削るライバルでも、業界全体のイメージアップや従業員の健康づくりを「協調すべき領域」と捉え、企業の枠を超え健康経営に取り組む意義は大きい。人材獲得競争が激化する中、同様の動きは拡大していくだろう。

ヘルスケアデータの共有化が、この動きを加速させる。例えば、健診や生活習慣の情報(集計値)を共有し、解決すべき共通の課題を分析したり、施策の結果を横並びで評価したりすることで、より実効性の高い取り組みにつながる。

さらに、前出の調査には「業務パフォーマンスの評価・分析」も評価項目に追加された。ヘルスケアデータだけでなく、人事・労務データや業績データなどを統合して評価・分析ができる仕組みづくりをするとともに、企業価値の向上を健康経営起点で目指すことが求められる。

データの共有化がソリューション開発を加速

健康経営を支えるソリューション開発の観点からも、ヘルスケアデータの共有と利活用が有用だ。

現状の保健指導は、医療専門職の知見や経験に基づくことが一般的である。一方、大量のヘルスケアデータの共有・分析により、データに基づくリスク予測や効果的な介入の提案が可能となる。例えば京都大学では、健診データを基に個人に最適な健康改善プランを提案するAIの開発が行われており、こうしたソリューションの活用が、より効果的な介入につながっている。

また健康増進アプリなどを開発する事業者には、各社独自にデータを収集・分析するケースが多く、ヘルスケアデータの収集に多大なコストを要する。これが開発のボトルネックとなっている。これからはデータシェアを協調領域と、各社が積極的に捉えることで、開発の効率化が進むだろう。

ヘルスケアデータの共有・利活用は、企業の枠を超えた健康経営の実効性を高めるとともに、質の高いソリューション開発も加速させ、「攻めの健康経営」の実現にとって重要な役割を果たす。一方で、データの提供主が理解・納得した上で、プライバシー侵害のないかたちで活用する道は志半ばである。データを収集する段階から共有に至るまでを見据えた同意取得、さらにはプライバシーに十分配慮した匿名化が求められる。

生成AIの登場により、これまで顕在化しなかった新たなプライバシー侵害が起こる可能性もあり、運用にあたっては慎重な検討が必要となる。これらのハードルを乗り越え、ヘルスケアデータの共有・利活用を加速すべきである。

※1:健康経営の取り組み状況の分析や「健康経営銘柄」の選定、「健康経営優良法人(大規模法人部門)」を認定するための基礎情報を得るために経済産業省が主管して実施している調査。

著者紹介