マンスリーレビュー

2023年9月号特集4ヘルスケアデジタルトランスフォーメーション

ビジネスケアラーの「安心」は介護データで

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2023.9.1

経営イノベーション本部有田 匡伸

ヘルスケア

POINT

  • 30〜50代の働き盛りの介護負担は今後、ますます深刻な社会課題に。
  • 介護情報の利活用により、介護の質・生産性の向上が期待される。
  • 介護現場のデジタル化推進では、人材育成が鍵を握るだろう。

ビジネスケアラーの問題はさらに深刻に

働きながら介護にあたる「ビジネスケアラー」の介護離職や労働生産性の低下が問題となっている。経済産業省の試算※1によると、2030年までにビジネスケアラーは318万人まで増加する見込みであり、介護離職などに伴う経済損失は2030年に9.2兆円に上ると試算されている。

企業の子育て支援制度は近年大幅に拡充されてきた一方で、ビジネスケアラーへの支援制度(介護を理由とした働き方の変更、民間サービス利用の負担軽減など)は充実しているとはいえない。例えば介護離職者の「介護休業制度」や「介護休暇制度」の利用割合は、3割前後にとどまる※2。少子高齢化に伴い働き手の減少が続く日本にとって、働く人一人ひとりが仕事と介護を両立できる社会を目指すことが重要である。

そのためには居宅サービスや施設サービスといった介護サービスの適切な利用が極めて重要である一方、介護分野の人材が不足しているなど※3、介護サービスの提供体制には多くの課題が山積している。課題解決の糸口は、介護情報の利活用をはじめとするデジタル化の推進にある。

介護情報の共有で「寄り添う介護」が可能に

30〜50代を中心とする働き盛りの世代が安心して介護サービスを利用できるようするには、各利用者に適した介護の提供、ひいては、利用者の健康や生活の状態といった介護情報を適切に利活用することが不可欠である。

これまではケアマネジャーが利用者の窓口となり、各専門職(医師、介護士など)と連携しながらケアを実施していたが、関係者間の情報共有は必ずしも円滑になされなかった。しかし最近になり、政府主導による医療・介護分野での情報基盤の整備が進められている。

2023年4月に稼働した「ケアプランデータ連携システム」※4では、居宅サービス計画(ケアプラン)の作成や利用者の状況に応じた介護サービスの利用調整などを行う「居宅介護支援事業者」、さらには実際に介護サービスを提供する「介護サービス事業者」間の情報連携をオンラインで実現している。従来は手書きまたは手入力で書面を作成し、ファクシミリや郵送で送っていた書類を直接データで送受信できるようになった。これにより、事務負担が軽減され、介護従事者が利用者の支援に、より多くの時間を割けるようになることが期待されている。

政府の医療DX推進本部が主導する「全国医療情報プラットフォーム」の機能が拡充すれば、将来的には医療機関と介護サービス事業者間で情報も共有できるようになる見込みだ。介護職種内にとどまらず、他職種も含めた情報共有が実現すれば、利用者の状態に応じた介護サービスの提供につながることが期待される(図)。
[図] 介護情報の利活用による介護の質・生産性向上(イメージ) 
[図] 介護情報の利活用による介護の質・生産性向上(イメージ) 
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出所:三菱総合研究所

介護現場のデジタル化の鍵は人材育成

介護情報の利活用を中心とした介護分野のデジタル化は、介護サービスの質向上のほかにも、介護人材の不足解消の有力な手だてとなる。当社はレポートで、デジタル技術の活用が介護事業者全体の半数程度に普及した場合、2040年時点における69万人の介護人材不足が解消される可能性を示した※5。デジタル技術を活用した業務の一部代替やプロセス改善による「介護の生産性向上」、それに伴う「介護従事者の処遇改善」によって、「異業種からの人材流入」が期待される。

しかし、前述のように介護情報基盤の整備や利活用が進みつつあっても、介護現場に広くデジタル化が浸透したとは言い難い。例えば、介護労働安定センターの「介護労働実態調査」※6によると、介護事業者内においてパソコンを活用した情報共有は、介護サービス事業者の約半数でしか実現されていない。介護サービス事業者は中小規模の事業所が多く、ICT機器などの設備投資や人材育成に十分なコストをかけられないことが背景にある。

さらに高度かつ多くの情報活用・連携が求められることを踏まえると、情報活用のスキルやノウハウをもった人材の育成が必要不可欠といえる。国は情報基盤の整備に加え、情報を活用するためのロールモデルを作成し、介護従事者に広める必要があるだろう。そのうえで中長期的には、介護専門職の育成プログラムの中に取り入れるなどの取り組みが求められている。

※1:経済産業省(2023年3月)「新しい健康社会の実現」。

※2:三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2022年3月)「令和3年度 仕事と介護の両立等に関する実態把握のための調査研究事業」。

※3:厚生労働省(2021年7月)「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」。

※4:国民健康保険中央会。

※5:MRIエコノミックレビュー(2023年3月15日)「介護のデジタル化が介護難民を救う」

※6:介護労働安定センター(2022年8月22日)「令和3年度介護労働実態調査」。

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