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3Xによる行動変容の未来2030経済・社会・技術人財

バーチャル・テクノロジーがドライブする行動変容編 第4回:バーチャル・テクノロジーを活用した新しい技能継承

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2021.10.25

先進技術センター白井優美

3Xによる行動変容の未来2030

POINT

  • 2020年5月、職人技を記録し、初学者の⼿技の修練に役⽴つアプリケーションが提供開始。
  • バーチャル・テクノロジーにより視線や手の動きなどの「非言語ノウハウ」の共有がそのまま可能になり、技能継承が効率化。
  • 将来的には個人による技能継承が促され、YouTubeのようなプラットフォームが共創を加速。

1. バーチャルな「見よう見まね」の学習で技能を身に着ける

マイクロソフトのMixed RealityデバイスHoloLens2※1を用いたアプリケーション「TechniCapture」が、同社の認定パートナーとしてアプリ開発を行うホロラボより2020年5月に提供開始されました。これは職人技を記録し、初学者の手技の修練に役立つというものです。モーションキャプチャによって手・指の動き、さらにアイトラッキングによって、熟練技能者の視線の動きを3Dデータ化します。初学者が熟練の技と自分の動きとのずれを視覚化することで、熟練技能者と物理的に離れていても手本をなぞるように学習することができます。
図 TechniCaptureのサービスイメージ
TechniCaptureのサービスイメージ
溶接工場での利用例:作業対象の機器などの前でHoloLens2を使って熟練技能者の視線と手指の動きを記録。初学者が同じ位置で再生し技能継承を行う。

出所:ホロラボ 「TechniCapture」
https://hololab.co.jp/technicapture/(2021年7月28日閲覧)
従来、高度な技能を身に着けるには、「熟練者を見てまねる」ことが必要とされていました。しかし、仮想空間を活用することで、現実空間では不可能な練習をして学習効率を向上させることが可能になります。例えば東京大学先端科学技術研究センター稲見研究室の「けん玉できた!VR」では、けん玉の玉がゆっくり落ちるような動きをするトレーニングから始まります。まずはゆっくりと身体の動かし方に慣れていきながら、徐々に時間尺度を現実に戻すことにより、上達させるというものです。

熟練技能者が付ききりで教えなくとも、YouTubeなどの解説動画を見ることにより成果が上がることが知られています。同一視野内で3D表示し、見る角度や視野を自由に調整できる、さらに実際に手を動かしながら、繰り返し手本を参照することが可能であれば、学習効果をより一層高めることにつながります。これによって誰でも高度な技能を身に着けることができると期待されます。

2. 「非言語ノウハウ」そのままの共有で技能継承を効率化

技能継承といえば、「AI」を思い浮かべる人も多いでしょう。例えば食品の新商品開発にて、過去の配合レシピデータを教師データとして機械学習させたAIを使って、目標とする味の指標値を入力することで、AIがレシピ候補リストを提示してくれるといったものです。これを用いることで、熟練技能者は従来よりも少ない試作回数で最適なレシピに到達することができ、開発プロセスの効率化・コストが削減できます。さらに熟練技能者も思いつかないような新規性の高いレシピを考案できる可能性もあります。

一方で、バーチャル・テクノロジーによる技能継承では、言語化・計測可能なデータのみならず人の動作や視線といった形式知化が難しい「非言語ノウハウ」をそのままデータ化し、初学者に学習させることで能力を向上させる点が違いとなっています。このことから、継承者が受け継いだノウハウそのままではなく、体験を直接的に反映させて新たなノウハウを付け足していくことで、新たな付加価値を生むことが可能になります。

「バーチャル・テクノロジーがドライブする行動変容編 第2回:行動変容を加速するテクノロジーの進展」に紹介したように、2次元のカメラ画像から3次元情報を推定すること※2や、身体の姿勢や顔の表情を非接触で計測することができるようになりつつあります。専用デバイスを持たなくとも、スマートフォン1台で身の回りのあらゆるものの動きや形状を誰もが計測できるようになる時代も遠くないでしょう。こうした画像処理技術進展により、「非言語ノウハウ」の技能継承コンテンツ化に必要となる機器や手間、コストが削減でき、簡便にコンテンツを作成する環境が整いつつあります。
表 バーチャル・テクノロジーとAIによる技能継承との比較
バーチャル・テクノロジーとAIによる技能継承との比較
バーチャル・テクノロジーによる技能継承では、熟練技能者の「非言語ノウハウ」をそのまま継承者に伝える。継承者が技能向上していくなかで新たなノウハウを生み出していくことが可能。

出所:三菱総合研究所

3. 個人による技能継承が盛んな共創社会へ

バーチャル・テクノロジーによる技能継承が進むのは製造業のみにとどまりません。現場作業や安全管理など、建設業界でも活用するケースが広がってきています。例えば、作業員の視覚映像から作成したコンテンツにより、安全を担保しながらヒヤリハット事例の経験や段取りのノウハウを習得することができます。

また介護分野でも、例えばベッドから車いすへの移乗介助の動きを3Dデータ化し、動作を上手に行うポイントを説明するマニュアルを作ることで、介護経験のない人でも参照しながら対応することが可能になります。カメラやセンサーと連動したAIが「もう少し近づけて」「腰を低くして」といったアドバイスをできるようになれば、より安全・確実に移乗介助を行うことができるでしょう。

さらに医療分野でも、医師の治療や手術の様子を3Dデータ化、ライブ配信を行うことができれば、距離や時間の制約で研究会に参加することの難しい日本中・世界中の医師が、より効率的に治療技術の向上を図れます。症例が少ない治療にかんしても、何度も繰り返し仮想空間上で練習することで上達させることができます。

芸術分野でも、例えばピアニストがピアノを弾く指のモーションをコンテンツ化すれば、初学者は自分の指の動きとの差異を視覚化しながら効率よく演奏を上達できるでしょう。

以上のように、熟練者の技能が非言語ノウハウも含めオープンになることは、さまざまな人の技能を底上げします。やがておのおのが「熟練者」となり、もともと所持していた技能との相乗効果で独自性を出していくことによって、さらなる付加価値を生むでしょう。

こうした付加価値にたいして、デジタルコンテンツを作る企業が対価を支払うことも重要ですが、これからの社会においては企業の活動だけでなく、個人の活動が盛んになってくることが注目されます。将来的に個人がバーチャル・テクノロジーを用いたインストラクションコンテンツを簡単に作れるようになれば、不特定多数の個人間でコンテンツをやりとりし、アレンジを加えて進化させることのできるSNSが誕生し、共創が加速します。YouTubeのように広告収入を得られるプラットフォームとなれば、承認欲求が満たされるだけでなくビジネスとして自分の技能をオープンにすることに対してインセンティブが生まれます。何を収益の基準とするべきか、どう分配すべきかなど業界の維持・活性化、社会に対する貢献の観点から妥当な設計も考える必要があります。

※1:2019年末、マイクロソフトがMixed Realityデバイス HoloLens2を発表。人とデジタルの間にディスプレイを介さずに遠隔での視界共有・作業のデータ化・情報の空間表示などが行えるため、産業分野における効率化や技能継承への活用に向けたアプリケーションがすでに開発・導入され始めている。

※2:ニューラルレンダリング。CGのレンダリングに相当するような処理を、3次元モデルの作成をせずに機械学習によって実現する。

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