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3Xによる行動変容の未来2030経済・社会・技術

バーチャル・テクノロジーがドライブする行動変容編 第2回:行動変容を加速するテクノロジーの進展

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2021.10.12

先進技術センター勝山裕輝

3Xによる行動変容の未来2030

POINT

  • バーチャル・テクノロジー(V-tec)の要素技術は社会実装フェーズへ。
  • 「利便性」「娯楽性」「対価性」の3つの価値提供で行動変容を加速する。
  • 活用の鍵は、アジャイル開発による効率的なコンテンツ・ローカライズである。
第1回のコラム「2030年代のCXを担う基盤技術」では、コミュニケーション革命(CX)の基盤技術であるバーチャル・テクノロジー(V-tec)のもつ5つの行動変容加速要素を活用すれば、社会課題解決や産業化の可能性があることを示しました。本コラムでは、V-tecの技術動向とビジネスへの活用のポイントについて紹介します。

要素技術は実用段階に入り、社会に実装され始めている

はじめに、V-tecの技術進展がどの程度実用段階に入っているかを見てみましょう。V-tecの中核であるxR(VR/AR/MR)技術はゲームやエンターテインメント業界を中心に急速に発展を遂げています。以下では主な要素技術として、画面出力を行う表示系であるヘッドマウントディスプレイ(HMD)やMRグラスなど、体などの動きを計測するトラッキング技術、3次元の物体の形状などを仮想空間上で再現する3Dモデリング技術、そして開発やコンテンツ配信を支援するプラットフォーム、の4つに分けてそれぞれの動向を見ていきます。

まずHMDは人間の視覚と同等の画素数や視野角を再現することが重要です。図1(a)に示すとおり、その性能は年々向上しており、人間の視野角である120度を超える製品も登場し、没入感はかなりの水準を達成していると言えます。また図1(b)に示すように製品数も増加傾向にあり、Facebook社の「OculusQuest2」の出荷台数が世界中で400万台を超えるなど、普及も進んできたと言えるでしょう。
図1 HMDの推移
(a)HMDの水平方向視野角性能
(b)HMDの発売製品数
出所:三菱総合研究所
またMRグラスは軽量さが求められるため、Microsoft社の「HoloLens2」※1をはじめとして、画素数などの臨場感ではHMDに劣りますが、臨場感よりも情報のオンタイム性を重視した自動車整備や安全点検などで利用されるようになってきました。

さらにHMDとARレンズを組み合わせた「Varjo XR-3」※2という製品が登場し、HMDのもつ高精細な画面に外部カメラの映像をリンクすることで既存のMRグラスでは実現できない臨場感のある3Dオブジェクトを現実世界の映像と融合させることに成功しています。加えて、専用のハードウエアを個人がもっていなくてもその場に行くことで楽しむことができるプロジェクションマッピングや裸眼立体視の技術にも注目が集まっています※3

人や物の動作をデータ化するトラッキングや物体の3次元形状を計測する技術についてはセンサーの小型化・低価格化が進んでいます。「OculusQuest2」を利用すると頭と手の位置と姿勢を検出することができますし、最新のスマートフォン「iPhone13 Pro」には3次元センサーであるLiDAR※4が搭載されるなど、高度なセンサーを誰でも利用できる環境が整ってきました。

また、近年のAI技術の進展によって、2次元のカメラ画像から3次元情報を推定することや、体の姿勢や顔の表情を非接触で計測することができるようになりつつあります。スマートフォン1台で身の回りのあらゆるものの動きや形状を誰もが計測できるようになる時代も遠くないでしょう。

要素技術の発展だけでなく、コンテンツ開発のコスト削減と期間短縮のためのツールやプラットフォームの開発も、導入ハードルを下げる要因となっています。ユーザーに対してVR上でコミュニケーションが取れるVR-SNSプラットフォーム「Cluster」や簡単に3Dモデルを作成できるツール「Unity」、スマートフォン向けARアプリを構築するためのツール群である「ARKit」などさまざまな製品が登場し、新規参入ハードルを下げて市場を活性化することに貢献しています。

xR技術については製品群がすでに出そろいつつあり、2030年に向けてさらなる小型軽量化、高精度化、低価格化が進んでいくと考えられます。V-tecを活用して人々の行動を変容させるための下地ができてきたと言えるでしょう。これからは、達成したい目的に即してコンパクトに開発し、ユーザーに新しくて便利な体験を提供できることが、より重視されるようになるでしょう。

V-tecを通じた「利便性」「娯楽性」「対価性」の3つの価値で行動変容を加速する

ではV-tecの要素技術を行動変容に活かすためにはどのように実装していけば良いでしょうか。第1回コラムでは行動変容を加速させる5つの要素を示しました。本コラムではビジネスの視点から、個人(=ユーザー)へ提供できる3つの価値と、企業が享受する3つの価値について解説します(図2)。
図2 行動変容を加速させる要素と行動変容を促す価値の関係性
行動変容を加速させる要素と行動変容を促す価値の関係性
出所:三菱総合研究所
ユーザーを新たな行動に導くには動機付けが必要ですが、社会的規範のような、社会としての意義やメリットを提示するだけでは不十分と考えられます。例えば正しいごみの分別が地球環境に良いことは分かっていても、ごみの分別方法が急に細分化されては、個々人がルールを守るのは難しいでしょう。行動変容を起こすには個人に対する価値を提供する、もしくは行動変容しなかった場合の損失を提示することが重要と言えます。V-tecは行動変容の動機付けを行うのに適した技術です。

V-tecが個人へ提供できる価値としては「利便性」「娯楽性」「対価性」の3つがあります。利便性は行動にかかる時間やお金が削減されること、娯楽性は利用することで楽しさを感じること、対価性は利用に応じて金銭やポイントなどの対価を受け取れることです。これら3つのいずれかの価値を企業から個人に提供することで行動変容を促します。

V-tecにはバーチャル空間を活用することで、その場に行かなくてもサービス提供を受けられる「利便性」の強みがあります。またxR発展の背景にあるゲームや映像作品など「娯楽性」をもつコンテンツには、行動変容への活用が期待されます。

加えて副次効果として、従来は取得できなかった個人の体の動きや視線の動きといった、行動のログデータを蓄積できるようになる「デジタル化」が挙げられます。ログデータのセンシングが可能となったことで個人が行動したかどうかをデジタルデータとして収集・追跡することができるようになり、マーケティングへの活用が期待されています。デジタル化することで行動結果に応じて「対価」を適切に受け渡すことができるようになる点も、V-tecを行動変容に活用する上でのポイントとなります。

V-tecの「利便性」「娯楽性」の活用事例として、プロジェクションマッピングなどによって空間の演出を行うワントゥーテン社がプロデュースした、資生堂のフラグシップ店舗があります※5。この店舗ではリストバンド型のデバイスを商品にかざすことでバーチャルな買い物かごに商品をためて支払いができます。オフラインで製品にじかに触れつつ、オンラインのもつ手軽さも併せ持つ店舗です。店内には商品だけでなく、光や音、香り体験型テクノロジーを融合させることで、集客とブランドイメージ向上につなげています。

また住友生命では「対価性」を活用して、スマートフォンで保険加入者の歩行量やストレス度合いを測定し、そのポイントに応じて保険料が変動する商品「Vitality」を提供しています。加えてこの商品では「娯楽性」を活用して加入者の運動を促進させるため、現実世界のさまざまな場所を訪れてプレイするARゲーム「ポケモンGO」とコラボレーションしたイベントを発表しました※6

これらの例に共通しているのはV-tecのコンテンツ単体の提供・販売を行うのではなく、化粧品販売や保険など既存ビジネスとの融合を図っている点です。既存ビジネスに対するV-tecの価値提供は大きく3パターンに分けられます。

①既存ビジネスへの呼び水とする:既存ビジネスの集客・体験用コンテンツを提供する。コンテンツそのもので稼ぐのではなく、コンテンツによって大多数の人が気軽に仮想空間上で体験させることを既存ビジネスでの新規顧客獲得につなげる。

②既存ビジネスの利便性や付加価値向上に利用する:V-tecコンテンツを加えることで新しい商品・サービスとして提供する。既存ビジネスに娯楽性を追加するほか、V-tecによる遠隔でのサービス提供を行うことで利便性を向上させる。

③顧客データを蓄積するために利用する:V-tec利用者の行動をデータ化し蓄積することで、既存ビジネスだけでは取得できなかった体の動きや視線情報などの顧客データを分析し、業務改善やマーケティングにつなげる。

V-tecコンテンツを活用して「利便性」と「娯楽性」、「対価性」を提供することで既存ビジネスの顧客や見込み顧客に行動変容を起こし、既存ビジネスの収益向上につなげることがポイントになります。

パートナーを巻き込んだアジャイル開発によるローカライズが鍵

事業会社が既存ビジネスにV-tecを活用するためのポイントは、コンテンツを顧客に合わせてカスタマイズしていく「ローカライズ」です。その過程で、小刻みな工程を繰り返すことで、素早く柔軟に成果を得る「アジャイル開発」の体制構築に向けたパートナー戦略が重要となります。

冒頭で述べたとおり、V-tec要素技術はすでに実用段階に入りつつあります。比較的安価なハードウエアや簡便にコンテンツを開発できるプラットフォーム、それを操るエンジニアも増えており、さまざまなコンテンツが生み出されています。

一方で、既存ビジネス、特に非エンターテインメント分野においてV-tecを活用した事例はまだ数が少ないのが現状です。導入効果が見えにくく、代表的なビジネスモデルや導入事例が十分登場していないことや、既存ビジネスの事業会社にV-tecを実装するノウハウや人材がいないためと考えられます。

一般的なDX(デジタルトランスフォーメーション)と比較しても、V-tecは顧客がコンテンツを通じて得る体験を重視しているため、これまで以上に顧客からのフィードバックを受けながら個々の事例に合わせてローカライズしていくことが大切になります。自社での専門の人材育成や技術開発にコストをかけるよりも、ノウハウが蓄積されている専門の会社と組み、既存のツールやプラットフォームを最大限活用することで、迅速かつ高品質な実装が可能となります。

そうなれば顧客フィードバックを受けたPDCAサイクルが高速化され、素早い開発と検証のループを回すことが可能になります。その上で重要なのは、①組むべきパートナーを早期に戦略立てて、②既存ビジネスの知見を活かしてユーザーターゲットを絞り、③ターゲットの求める「利便性」「娯楽性」「対価性」を盛り込んだV-tecコンテンツを開発し、④早期に市場へ投入して顧客のフィードバックを得て、改善していくことです。

DXの多くの分野では大手IT企業を中心に画一化と低価格化が進んでおり、日本の個別企業では勝負ができない状況も多く発生しています。一方でV-tecは顧客に合わせてコンテンツを作りこんでいく必要があることから、画一化によるコストダウンがしにくく、大手IT企業のメリットを生かしにくい分野と言えます。そこで、個別企業がこれまでの事業で得た顧客への理解・知見を武器にして、V-tecに強みをもつベンチャーと組めば、大手とも対等に戦える可能性があります。社会実装のための基盤はできつつも事例がそろっていない今こそ、「V-tecファーストペンギン※7」になるチャンスと言えるでしょう。

※1:Microsoftリリース「トヨタ自動車が全国の GR Garage に HoloLens 2 を導入開始。自動車整備の働き方改革に Mixed Reality テクノロジを活用」(2020年10月6日)
https://news.microsoft.com/ja-jp/2020/10/06/201006-toyota-motor-started-introducing-hololens-2-in-gr-garage-nationwide/(閲覧日:2021年10月5日)

※2:開発元のフィンランド企業Varjoのサイト
https://varjo.com/(閲覧日:2021年10月5日)

※3:こうした技術の一例であるソニーの「空間再現ディスプレイ」のサイト
https://www.sony.jp/spatial-reality-display/(閲覧日:2021年10月5日)

※4:LiDAR(Light Detection And Ranging:光による検知と測距):離れた物体にレーザー光を照射し、跳ね返ってくるまでの時間を用いて物体までの距離を計測するセンサー技術。

※5:「資生堂GLOBAL FLAGSHIP STORE」のサイト
https://www.shiseido.co.jp/ginza/(閲覧日:2021年10月5日)

※6:住友生命の会員向け特典「『ポケモン GO』チャレンジ」のサイト
https://vitality.sumitomolife.co.jp/guide/partner/pokemongo/(閲覧日:2021年10月5日)

※7:ファーストペンギン:魚を求めて、天敵がいるかもしれない海に最初に飛び込むペンギンのこと。転じて、リスクを恐れず真っ先に行動する者を指す。

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